第15話 顧問の教師
期限が明日に迫ってきた週明けの月曜日――俺は自転車に乗りながら深く溜息を漏らしていた。
顧問は俺に任せてくれなんて豪語しておきながら、まさか動けるのが週明けになっちまうとは。
何故かって? タイミング悪く金曜日に顧問を頼もうとしていた教師が、家庭の事情で休みだったんだ。
「そういえば……あいつらは大丈夫なのか……?」
俺は誰に言うでもなく、ボソッと呟く。
金曜日に集まった時は、部員を確保する案がまだ思い付かなかったから、変に焦りだけが募る。
ちなみにだが、真央は六道達と会った朝の一件の以降、いつもの調子に戻っている。
来栖の件で大変な目にあった六道は、この数日で以前の様に元気になっている。いくらインキュバスの魅力に惑わされていたとはいえ、好意を持っていた相手に酷い事をされたことに変わりはない……元気になって本当に良かった。
ちなみにだが、来栖の正体の事については、先週の金曜日にちゃんと三人に話してある。それぞれ反応が違っていたが、来栖の正体にみんな驚きを隠せていなかった事だけは同じだった。
「……ん? あれは……」
学校に着いた俺の前には、思ってもみなかった光景が広がっていた。
「む、おはよう蒼!」
「……何してんだ?」
「見てわからぬか? 三人で部員募集のビラを配ってるのだ!」
何故か真央は、偉そうにドヤ顔で胸を張っている。見てわからないのかって聞かれたら、まあわかるけど。いつの間にこんなこと計画していたんだ?
「おはようございます」
「あ、おはよ~早乙女くん!」
俺に気づいたのか、六道と九条さんが挨拶をしながら歩み寄ってきた。
ついでに言うと、六道はしっぽをめっちゃ振っている……ように見える。幻覚だよな? しっぽなんて現世であるはずがないし。
「そんなに急いで走ったら転びますよ」
「うひゃあ!?」
「六道!?」
九条さんの忠告を合図にするように、六道は何故か自分の足に引っかかってしまい、盛大に前のめりになる。
それを反射的に俺が受け止めたのはよかったが、ビラは辺りに散乱してしまった。
「あわわ……ご、ごめんね~!」
「気にすんな。大丈夫か?」
「うんっ。あと……その……」
照れたように顔を赤らめる六道の視線の先は、彼女の胸元だった。
……さっきから手のひらに感じていたこの柔らかいのはまさか……?
「す、すまん! わざとじゃ……」
「あ、あうう……」
「こ、こんなところで何をしているのだ蒼! えっち! ヘンタイ!」
「偶然だ! 決してわざとじゃない! だからそんなに肩を掴んで揺らすな! 脳が揺れる! あとお前もビラを落としてるから!」
周りの男子共の妬む視線を受けつつ、真央に思い切り揺さぶられる俺は必死に抵抗する。
俺は悪くない! 偶然だ!
そんな中、急に俺の背筋は凍り付いた――九条さんからとんでもない殺気を感じたからだ。
これはまずい。早く逃げないと大変な事になる。そんな気がする。
「早乙女君? 私の前で友莉菜になにをしてるんですか?」
「だ、だからわざとじゃない!」
「言い訳は聞きません。勇者様なら変な事をしないと思ってましたが……見込み違いでしたね」
「人の話を聞け!!」
氷より冷たい無表情の九条さんが、パチンと指を鳴らす。すると、俺の後ろに黒いスーツを着た男性が現れた。
え、どこから出てきたんだこの人!?
「やりなさい」
「いだだだだだ!!? 上半身があああああ!!?」
スーツの男性はまさかのコブラツイストをかけてきた。その威力で俺の上半身が悲鳴を上げる。って! いだいいだい!! 肩やら腕やらなんやらが伸びまくって全部死ぬ!!
「反省しましたか?」
「した! 反省した!」
「もういいですよ」
九条さんがそう言うと、黒いスーツの男性は俺を開放してその場から消えた。
ゼー……ゼー……死ぬかと思った……さ、さっきの人は何だったんだ……。
俺が酷い目に合ってる間に、誰かが散乱したビラは回収したのか、周りは綺麗になっていた。
「次に友莉菜に変な事をしたら……わかってますね?」
「う、うっす……」
やだ……九条さん怖い……お嬢様怖い……。
「さ、早乙女くん。大丈夫……?」
「なんとか……んで……いつの間にこんな事を計画してたんだ?」
「えっと……日曜日に真央ちゃんのお家に集まって計画したんだよ! 待ってるよりもこっちから動いて部員を集めようって美月ちゃんが言ってくれたの!」
ほう、いつの間にそんな集会をしていたなんてな。俺は全く知らなかったが。
「それでね! その方向性で話してたら、まだビラ配りってしてないねって! 三人で作ったんだ〜! あっ、配って良いって許可はちゃんと取ってるよ!」
「俺、その話し合いにも今日のビラ配りにも呼ばれてないんだが?」
「あなたは顧問担当でしょう? 日曜に集まったのは部員を探すための会議でしたので……まさか、自分で言った事をもう忘れる程の情けない知能なのですか?」
微妙に棘のある言い方で言う九条さんに、俺は思わず苦笑いしてしまった。確かにその通りなんだけど……なんか仲間はずれにされたような気分だ。まあいいけど。
「蒼も手伝うのだ! 人手は多い方がいい!」
「はいはい。とりあえず自転車と荷物を置いてからな」
「五秒で戻って来るのだぞ!」
「そんな無茶言ったら駄目だよ真央ちゃん! 早乙女くん、ゆっくりで大丈夫だからね!」
そう言いながらニコッと笑って見せた六道は、改めてビラ配りに向かっていった。
あんな事があった後なのに、六道は優しいな。ワガママを言う真央と、言葉に棘のある九条さんと比べてしまうせいか、六道の優しさが一層際立つ。
「……あれって……?」
駐輪場に向かう途中、何気なく昇降口の方に視線を向けると、長い金髪の女子がこっちを見ていた。
だが、俺が見つけたのとほぼ同時に、校舎の中へと走り去ってしまった。
今の……一ノ瀬先輩か? あんな目立つ金髪の女子で、俺達をじっと見るなんて、彼女以外に思いつかない。
心配で見に来たのか、それとも問題を起こさないか見張ってるのか。真面目な一ノ瀬先輩ならどっちもありえそうだ。
っと、早く戻らないと真央がうるさいからな。さっさと自転車を置いてこないと。
その後、俺は真央達と一緒に朝のホームルームの時間までビラ配りをするのだった――
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同日の放課後、今朝と同様に真央達にビラ配りを任せた俺は、一人で職員室のドアの前に立っていた。
目的は勿論……顧問をお願いする教師と話をする為だ。
「失礼しまーす」
俺は適当に入室の挨拶をしながら、目的の教師がいるか探す。
数秒程探すと、自分の席についてパソコンをいじっている姿を見つけることが出来た。
「……ん? どうした早乙女。なんか用か」
俺達のクラスの担当教員である小林先生の元に行くと、先生はぶっきらぼうに俺に声をかけてきた。
「小林先生、ちょっといいっすか。お話したい事が」
「何の話か、大体想像はついてる。黒野と一緒に部活動を作るんだってな」
「あれ、知ってたんすか?」
「あれだけ校門前でビラ配りをしてりゃ嫌でも目につく。それに、以前顧問がどうこう聞いてきただろ。それだけ情報がありゃ想像もつくわな」
まあそりゃそうか。けど、小林先生がわかってくれているなら話が早くて助かる。
「ここだと周りの目もあるし、部屋を変えるぞ。ついてこい」
そう言うと、小林先生は鍵を一つ持って職員室を後にした。
俺は少し小走りであとを追いかけていくと、先生は理科室の隣にある準備室に入っていった。
何故理科室なのか? 理由は簡単。小林先生が理科を教えているからだ。
「んで? 俺はこの前やらないと言ったはずだが?」
小林先生は部屋の隅に置いてあったパイプ椅子を二つ出して窓際に広げると、その一つに腰を下ろす。
それに続いて、俺も出してくれたパイプ椅子に座った。
「それは覚えてますけど、それでも小林先生にお願いしたいんす」
「ほう。自分で言うのもあれだが、俺は面倒くさがりだ。去年も俺の授業を受けてたお前なら、それは分かってんだろ」
「もちろん」
「ならなぜ俺に頼む? 随分と笑えないギャグか何かか?」
小林先生はポケットから煙草を取り出して火をつけると、煙を一度外に向かって吐きながら俺に再度問う。
校内で煙草を吸うのはあれだけど、こういう先生の細かい所が、頼みたいって思った要因でもある。
「俺達は生徒の青春を助けるという目的を掲げてるっす。人助けの部活の顧問なら、細かい所に気づかいが出来る小林先生が適任と思ったんす」
「お前正気か? 気づかいとか俺に一番合ってない言葉だろ」
「それは先生が自分でそう思ってるだけっすよ。今だってわざわざ俺の椅子も出してくれたし、煙草の煙も全て外に出している」
真剣な声のトーンで俺が理由を言うと、先生もそれに応えるように低いトーンで「なるほど」と返してきた。
「それに先生ぐらいっすよ? テストの時に、生徒一人一人の解答用紙に一言コメントを書いてくれるのは。あれのおかげで、テストの後の復習が捗るって生徒間で評判なんすよ」
「別に、俺の評価を上げるためにしてるだけだ」
再度煙草をふかしながら、先生はそっぽをむいた。この人なりの照れ隠しなのかもしれない。
「どういう理由でも、先生が生徒の事を考えてるって評判なのは確かっすよ」
「……早乙女、こう言っちゃなんだが……お前は部活動に精を出すタイプじゃないだろ。なんでそこまで頑張ってんだ?」
わざと話を逸らすように、先生はもっともな事を俺に聞いてきた。
正直な話、俺も自分の事をそう思っているし、先生がそう思うのも無理はない。
「まあ成り行きっすね……色々あるんす」
「黒野とはずっと昔からの知り合いなんだろ。なんだ、あいつに惚れてんのか」
「勘弁してくださいよ……俺はあいつの事は嫌いっすよ。でも、俺とあいつは切っても切れない、世界一変な関係なのは確かっすね」
俺は先生の目を真っ直ぐ見てそう答えるも、先生も俺の目をじっと見つめて来た。
何秒か、それとも何十秒か……見つめあっていると、先生は急にニヤリと笑って見せた。
「……変わったな。入学したての時はもっと目が死んでいたが、多少は戻ったか」
「……?」
「そういやポスター見たんだが、依頼は来たのか?」
「一件こなしましたよ。うちのクラスの六道と九条さんが依頼人だったんすけど、依頼完了後に部活に入ってくれました」
「ほう……」
何か考えているのか、先生は腕を組みながら、椅子の背もたれに体を預ける。
少し待っていると、唐突に咥えていたタバコを持ち歩きができる灰皿に捨てながら、ゆっくりと立ち上がった。
「俺は頑張ってる奴は嫌いじゃない。それに、お前らが部室を手に入れればタバコを吸える場所が一つ増えるしな……いいだろう。お前らの作る部活の顧問、やってやる」
そう言うと、小林先生はヒラヒラと手を振りながら部屋を出ていってしまった。
一方、残された俺はただボーっとする事しか出来なかった。
どういう心境の変化があったのかはわからないけど……とりあえず顧問を引き受けてくれるって事……だよな?
その安心感からか、俺は肩の力を抜きながら、ホッと息を漏らすのだった――
ここまで読んでいただきありがとうございました。
次の更新は明日の朝に更新予定です。
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