第13話 俺達のしてしまった事
「な、なにすんだ!」
全く想定していなかった真央の行動に、不覚にも俺は声を荒げてしまっていた。労われる事はあっても、ビンタをされる筋合いはない。
「蒼の大バカ者! 元勇者のくせに、あんな男にボコボコにされるとは何事だ!」
「んだとこの野郎……! 人の苦労を知りもしないで、よくそんなことが言えたな……!」
頭に血が上っていた俺だったが、真央の顔を見て一気にクールダウンした。真央は嗚咽を漏らしながら、大粒の涙を流していたからだ。
俺の思っていた以上に、真央は俺の事を心配していたというのだろうか? あのワガママな元魔王が? いまいち信じられない。
やっぱり……何か企んでるとしか思えない。俺にいなくなられると困るから、演技で泣いて見せて、俺を上手く引き留めようとしているとか……流石に考えすぎか?
「……ぐすっ……蒼のバカァ……」
真央は俺にゆっくりとくっつくと、ポカポカと俺の胸を叩く。地味に痛いからやめて欲しい。
「でもよかったのだ……酷い怪我じゃなくて……」
「何らしくない事を言ってんだ。俺達は殺し合った仲なんだろ?」
「そ、それはそうなのだが……でも、今は一緒に部活をする仲間では無いか……居なくなられては困る……」
弱々しい声で答える真央からは、魔王の時のような威厳は感じられず、今にも消えてしまいそうなくらい儚かった。
それは置いとくとして。とりあえずわかったのは、俺はしょせん部活をする為の数合わせ。だからケガをして居なくなられては困るという事だ。
わかりやすい理由で俺としては助かる。部員がもっと増えれば、俺が抜けても文句を言われる事も無く、元の生活に戻れるという事だ。
さて、現状の真央の思惑がなんとなくわかったとはいえ、このままずっと落ち込まれてては、やや都合が悪い。
何故なら、元気のない状態でいつもの様に付きまとわれて、ネガティブな事を言われ続けるのはうっとうしいからだ。
それに、六道や九条さんに、真央を泣かせたのかと、後で色々と詮索されるのも面倒でもある。
「……馬鹿だな」
「あうっ」
俺は真央を少しだけ引き剥がすと、真央の眉間に軽くデコピンをお見舞いしてやった。
その衝撃でなのか、真央は涙で潤んでいた瞳をギュッと閉じながら、小さく悲鳴を上げていた。
「堂々としてろって言っただろ。しょぼくれてるのとか世界一似合わねぇんだよ」
「……顔に青アザがある状態で言われても、説得力が無いのだ……」
「え、マジ……いてっ」
真央につつかれた右頬に鈍い痛みが走り、思わず顔を歪めてしまった。来栖に殴られたのもあるけど、真央にビンタされたせいっていうのもある気がする。
「結果はあれだが、とりあえずは告白も終わったんだし、依頼は達成だ。お前としては喜ばしい事だろ」
「……そうなのだが、友莉菜が喜ぶ結果にしたかった……」
「……そうだな。六道は九条さんに任せているんだろ? なら、俺達に今出来る事は無い。後ろに乗っけてやるから、さっさと帰るぞ」
「うむ……」
俺は真央と一緒に、日が沈みかける外に出ると、まだ元気の戻らない真央を自転車の後ろに乗せる。
いつもより俺に強く抱きつく真央の体温を感じながら、俺は自転車のペダルを漕ぐのだった。
****
「……ただいま」
「おかえり~……って! おにぃその顔どうしたの!? 誰かに叩かれたの!?」
家に帰るや否や、黒髪のセミロングをサイドテールにした、まだ幼さが残る顔立ちの美少女に出迎えられた。
そして、当然のように彼女は俺の顔を見て目を丸くさせていた。
……よっぽど酷いのか? 後で鏡を見るのが怖いんだが……。
「瑠実、大げさだって。ちょっとぶつけただけだ」
「どんな勢いでぶつけたの!? 瑠実が氷持ってきてあげるから、おにぃは部屋で大人しくしてて!」
そう言うと、妹の瑠実は忙しなくキッチンの方へ向かって走っていった。
やれやれ、中三にもなって兄離れできていないというか、心配性というか。いずれは瑠実にも反抗期が来て……おにぃキモイとか死ねとか言われるのだろうか。
軽く想像しただけなんだが、思った以上にショックを受けている自分がいるのに驚きだ。
「とりあえず部屋に戻るか」
俺は適当に靴を脱ぎ捨て、二階にある自分の部屋のドアを開けると、ゲームや漫画が散乱している薄暗い部屋が俺を出迎えた。
「……はぁ」
俺は深くため息を吐くと、カバンを適当に放り投げてからうつ伏せでベッドに倒れ込む。その衝撃で顔や腹部に鈍い痛みが走った。
――俺達がやった事は、本当に正しかったんだろうか? もしかしたら、他に六道が幸せになれる良い方法があったかもしれない。
相手がインキュバスだったから、ハッピーエンドにはどう転んでもならなかったかもしれない。
けど、もっと上手くやれていれば、今回の結末よりはマシになってたのではと思ってしまう。あのやり方では、俺や六道は来栖から恨まれてもおかしくない。
――いや、俺の事なんかはどうでもいい。
奴に恨まれても構わないし、やり返されるってなら、なんとか対処してやる。
それよりも心配なのは六道と九条さんだ。
来栖が六道に逆恨みしてきたらどうする? 俺は彼女を助けられるのか? そこまでの責任を持てるのか? もし来栖が、六道の友達だからと九条さんに八つ当たりをしてきたら?
考えれば考えるほど悪い方向に向かう中、俺はハッとしたような目を大きく開いた。
「……俺、なんでこんなに他人の事なんて気にしてんだ?」
俺は寝返りをうって天井をボーっと見ながら、誰に言うでもなくボソッと呟く。
俺は他人が嫌いだ。どうなろうと知った事ではない。それは今でもそう言い切れるし、異世界で交流があったとはいえ、真央達だけが特別という訳でもない。
なら、なんで俺はこんなに気にしてるんだ?
真央にすねられたら面倒だから? 六道に泣かれたら面倒だから? 九条さんに毒舌を吐かれたら面倒だから?
どれも否定はできないが、だからといってそれが全てとはもちろん言い切れない。一体なんなんだこの気持ちは……?
「あーイライラする……なんなんだこれ」
「おにぃー氷持ってきたよーって……なにブツブツ言ってるの?」
「いや、何でもない」
「あ、瑠実が氷、ほっぺに当ててあげようか?」
「聞きながらあてるな」
氷が入ったビニール袋とタオルを手に持ちながら、瑠実はニヤリと笑ってみせる。こういう時の瑠実は、何か企んでいる時だ。
「自分で出来るから。それに瑠実の事だから、お礼にプリン買ってーとか、新作の乙女ゲー買ってーとか言うだろ」
「え、なんでバレてるの? おにぃ怖っ……ひょっとして瑠実のストーカー? 流石におにぃでもストーカーはイヤかな」
瑠実は自分の体を抱きしめるようにギュッとしながら、数歩後ずさりする。酷い言われ様でおにぃは悲しい。
「家の中でストーカーって斬新すぎだろ。尾行しても一発でバレるわ。いつも瑠実のおねだりの仕方がワンパターンだからだ。ったく、とりあえず氷くれ」
「……ねえおにぃ。何か辛い事でもあった?」
先程までの調子とは一転し、瑠実は氷を手渡しつつ、心配そうに俺の顔を見つめる。妹に心配されるなんて、おにぃ失格だな。
「顔にアザがあったら、普通なにかあったかって思うよな」
「それもあるけど……おにぃ、すごい怖い顔をしてたから……瑠実、心配で……」
「俺は大丈夫だ。けどちょっと疲れたから一人にしてくれるか?」
「うん、わかった……瑠実、リビングにいるから……何かあったら呼んでね」
「……悪いな」
そう言うと、瑠実は静かに俺の部屋を後にした。それを見送った俺は、再びベッドに倒れ込みながら、瑠実に持ってきてもらった氷を頬に当てた。タオル越しでも結構冷たいな。
「このイライラはなんなのかはわからないけど……明日、六道にちゃんと謝ろう」
俺は再度寝返りをしながら呟く。
この気持ちに決着はまだついていないけど、俺は来栖の悪評を知っていたのに、六道を止めなかった。その事はしっかりと謝りたい。
そう思った俺は、その後も何かする訳でもなく、うだうだと寝返りをうち続けるのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
次回の更新は明日の夜に更新予定です。
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