噂の主
「さ、寒いぃぃ」
「ラッカは砂漠育ちですものね」
「正確には6才からだけど出身も割と暖かい場所だったから初めてなの、こんなに……さ、寒いのぉおぉぉ」
それほど強い風ではないが、ここ数日で確かに冷たい風になってきた。
ハルティスの冬は突然やってくる。
それが地元民の言うハルティスの冬のイメージらしい。
「だからスモーク・ブリッジ・スパイダーのスモークシルクジャケットを着ればよかったぜ」
「嫌よ、あんな気持ち悪い魔物の糸が入った服なんて……寒いよぉ」
ピスタはスモーク・ブリッジ・スパイダーの残した煙糸『スモークシルク』を持ち帰った。
最初は、もちろん天気計に使えないかと試していたが難しかったようで別の利用方法を探るうちに思いついたのが防寒素材としての利用だ。
「これ凄いんだ! 糸自体が、ほんのり暖かいんだぜ」
ピスタはラパの職人装束のベストの部分を改造して『スモークシルク』を封入していた。
その見た目は日本でよく見たダウンベストのようだった。
赤髪の編み込みにダウンベスト、ラパの一旦太く裾を絞ったパンツ……ラッパーですか?
「な、アーモンも温かいぜ?」
「オーイエー! 俺の着る! ジャケット蜘蛛をKILL! 羽織れば知る! 温かいFEEL!」
「確かに、わたくしのも温かいですね」
「だろイドリー」
無視である。
俺、渾身の異世界ラップ無視である。
「ラッカの上着も充分に温かい素材なんですよー、です」
「……同じ……温かい」
ラッカとクコ、ペカンの着てるのはマフラーウルフから作られた毛皮のコートだ。
肩から首元へマフラーウルフの本体の顔、獰猛な狼の顔が付いている。
クコがショートコート、ペカンがロングベスト、ラッカがロングコート。
クコとラッカはコートの下に川の民の民族衣装、ピタッとした皮の服を着ているからだろうか?
ますます女王様感が高まってて、さっきから街の人々がコソコソ話てるんだが寒さで気がついてないようだった。
(まあ、言わない方がいいな! うん)
ギィ……
薄暗い路地を抜け古びた宿の地下に、その酒場はあった。
人気の少ない路地の割に店内は人で溢れていた。
「見られてますね」
「コソコソ話されるのは、もう慣れたけど……」
街で白い眼で見られるのとは違う胡散臭い雰囲気が漂っていた。
イドリーがカウンターの男に声を掛けようしたがピスタが制止した。
「アーモンとラッカが適任だぜ」
よく分からなかったが言われるまま声を掛けると……
「ひっ、いらっしゃいませ」
あーこれは……なるほどラッカに恐れているな。
正確には『女使い』の俺にもビビってるのかも知れないが、まあ良い、置いておこう。
「こちらの女王様が聞きたい事があるそうだ」
ボコッ!
「バカなの?」
「はっ! すいませんバカであります」
「何よ、それ!」
俺は直立不動だ。
「ちょ、ちょっと止めて下さい。ここで変な事を始めないで下さい。何でしょうか? 聞きたい事って」
「女王様は噂を流した者を探しておられる」
「もう何よ、その話し方……」
本当は情報の取引には対価が必要だが今回はタダで教えるから早く帰って欲しい。
遠回しに、そう言われた。
そして俺達は遂に敵の尻尾を掴んだ。
「痛った、た、た、何なんですか?」
「何なんですかだぁ? おいマテオさんよぉ」
噂の出所は『翡翠の爪』のポーター、マテオだった。
蜂の巣ダンジョンを出て来たところを捕まえて尋問中だ。
「本当か? マテオ」
「ヴァルトゼさん違うんですよ、情報を得るにも対価が必要なんで仕方なく……」
ヴァルトゼの症状に役立つ情報を集めていた。
その他にも今回のように想定を超えた階層主が出た余所のダンジョンは、ないか情報を集めていたのだと……
「だからって何で私が女王様になるのよ!」
「みんな金銭よりトラップ階層攻略の話を欲しがるんですよ、そりゃそうですよ全滅してて当然のクラスですし」
怒るのは分かるけど知られたくないっぽい部分は隠した。
そしたら変に伝わって奇妙な二つ名が付いてしまったのだと……
「はぁ、しょうがないけど、何かなぁ」
「そうだな、もう噂を覆すのは難しいだろう……だが」
ヴァルトゼとファンデラだ。
「マテオ! お前はトラブルを起こし過ぎだぞ」
そうだ元はと言えば『赤き熱風』を、からかって持ち上げたのもマテオ。
それがなければランタンラミーの一件も起きてないかも知れなかった。
「よし、お前には罰を与えよう」
「え、え、ちょっと待って下さいよヴァルトゼさーん」
ヴァルトゼとファンデラがマテオを木に吊るし始めたところでマテオが気になる事を言い始めた。
「アーモンさん達が泊まってる集落の情報がありますから許して下さい! す、凄い情報ですから」
それは本当に凄いと言うか奇妙で困った情報だった。
それと、その情報でマテオは許された。




