涙の数だけ
ついにラパを離れる日が来た。
それは、つまりマルテルとの別れを意味する。
今日で眺めるのが最後になる六角天気塔の長針と中針は、どちらも晴れ。
でも俺達の心は曇りっぱなしだ……
「じゃあ、行って来るぜ」
「お嬢! お気をつけて」
城の使用人達が、ズラッと並んで見送る様は、やっぱり前の世界の反社会的組織にしか見えない。
でも中には泣いているドワーフもいる。
なのだがピスタは、というと。
ドデカい荷物を背負って遠足にでも行くかのような雰囲気だ。
「何を入れてるの? それ」
「僕の道具だぜ、母ちゃんとこじゃ揃ってないからな」
ピスタは城から港へ行く路地でも次から次へと声を掛けられる。
港へ着くと工房街のドワーフ達も待っていた。
「ピスタ! 戻って来るの待ってるぞい」
「ええ金属を見つけて来いのぅ」
いつもの調子のドワーフ達だが、どこか寂しげだ。
「マルテル来てないね」
ラッカが見回して言うが予測出来ていた。
「王船に積むパンを徹夜で焼くって言ってたからな仕方ないさ」
「そうだね……」
その後はリザードキャメルの預かり所の主人達がアニキことイドリーとの別れに涙したり……
姉さんことメルカへ街の女達が贈り物を渡したり……
街の人々から感謝と別れを惜しむ挨拶を次々とされて出航の時が来た。
「ハリラタ王女御一行出航〜!」
大歓声で見送られる王船。
観衆に手を振るデスリエ王女は花の民だろう。
両手と、お尻を突き出して掌だけをクイクイっと振っている。
「やだぁ、寂しいぃキャッ!」
アイドルばりの振り方である。
防波堤付近まで来ると船内も落ち着き始めた。
「皆さんは、こちらの部屋へ」
と、案内されていると……
ブホォ〜!
何かを知らせる船の汽笛が鳴った。
「警戒! 一隻の船が接近、警戒」
「あらあら、ビアンコの船ね」
マルテルを乗せたビアンコの中型船だった。
イノウタへ頼んで船を止めてもらい梯子を下ろした。
「ゴメン、間に合わなくて、はぁはぁ」
「寝てないんだろ? 大丈夫か?」
「んぁ、マルテル」
「これ、僕が焼いた初めてのパンなんだ」
エブストーが徹夜で王船のパンを焼く手伝いをした後で自分のパンを焼かせて貰った。
出来は、まだまだだけど食べて欲しい……そう言う事だった。
「ありがと……マルテル元気でね」
「絶対に戻って来るからな、その時に……もう一度食べに来るからな」
ラッカも俺も、もう泣きそうで俯くしかなかった。
「うん、絶対だよ! 約束だ。僕も立派なパン職人になるから、お互い頑張ろう」
「ああ、分かった! 負けねぇぞ」
最後にメルカがマルテルを抱きしめてビアンコの中型船へと戻って行った。
女の人に抱きしめられる事までマルテルに先を越されたが、もういいよ。
「元気でな」
「みんなも元気でね〜」
ブホォ〜!
王船の汽笛がサヨナラを告げて俺達は遂に離れ離れになった。
見えなくなるまで手を振った。
マルテルも手を振っていた。
「せっかくマルテルが焼いてくれたパンです。食べましょう」
イドリーが声を掛けてくれて俺達はマルテルの初めて焼いたパンを食べた。
「んぁ、おいしぃ」
「そうだな、少し固いけど……おいしいよ」
「……」
涙で塩味になってしまって正直、味なんて分からなかった。
それでも一口一口しっかり味わうように噛んだ。
噛むたびにマルテルとの思い出が目の前に蘇ってくるようだった……
いや、実際に見えていた。
「んぁ、ぐすん」
カシューが涙を落とすたびに瞼が少し開き……
カシューの魔眼、過去視が漏れる。
俺も見えてるって事は金環も無意識のうちに発動してたようだ。
最近はコントロール出来ていたんだけど……
もう涙で、どうでもよかった。
修道院で魔眼暴走したマルテル。
砂掃除。
旧都での特訓。
ウロボロス戦の時のタイミング最悪な魔眼暴走。
砂漠の旅。
クリスタルカゲロウを見た夜。
カシューの涙が落ちるたびに思い出の景色が広がった。
俺達だけでなくデスリエ王女やイノウタ、従者の皆にまで船に乗っている全員に同じ景色が見えていたのだろう。
この後の船旅の間みんなに優しくされた。
カシューが、俺が、みんなが泣き止む頃には、すっかり周りの景色は海だけになっていた。
さらばラパ。
さらばバビロニーチ。
またなマルテル。
俺達は異国ハリラタへと旅立った。
ここまで読んで下さって、ありがとうございます。
これにて第二章『港湾都市ラパ編』終了です。
第三章も宜しくお願いします。




