動く鎖と動けぬ鎖
早朝のラパ港。
朝靄の中、ビアンコの中型船へ荷物が積み込まれていた。
「まだ荷が残ってたのか?」
「あ、すいません手違いで大物が残ってました」
「そうか、新人、気をつけろや」
そこで新人の船乗りは目を見開いた。
乗り込む予定の対象達が既に乗っていたのだ。
城内へ潜伏した仲間からの情報通りのローブ姿だ。
「お客もいるんすね?」
新人は古株の船員にカマをかけて聞いてみる。
「ああ、不法入国の手伝いでな見送りも何もなしって訳だ。内緒だぞ」
「はい」
間違いない。
予定通りだ。
まあ、見送りの兵が大勢いたとしても船が出た後なら問題ない予定だ。
サガラッソスは思案する。
『鎖編み』はスルーされた。
テーベでは、ないのか?
それとも無視されたのか?
(仲間外れにされたでやんす)
(否、否、否、別の組織だったでやんす)
(誰か来てくれないかと思ってるから鎖だなんて思うでやんす)
(それは否定出来ないでやんす)
赤髪の少女は解析眼。
紺髪の少女は魔力視。
金環の少年は魔眼の共有化。
幻眼での単独遂行との相性は最悪だ。
半分は観察前に動いてしまった自分の責任……
サガラッソス猫の観察の結果、判明した内容である。
(今回は単独での攻略は厳しいでやんす)
奇しくもウルゲの見立てと同じ結論を出していたサガラッソスであった。
もしや鎖の別勢力が来たのであれば協力する事も厭わないと思っていた。
(それでも、あの変人さえいなければ単独遂行は無理でも尾行は続けられたでやんす)
(あれは我らを遥かに超えてるでやんす)
一人二役が癖のサガラッソス。
一人で何人もの性格を持つデスリエ王女に驚愕したのだ。
そして、その魔眼の能力も観察の結果、気がついた。
けっして目を見られては、いけないと……
「今回は、あっしの負けでやんす」
城の外へ出たサガラッソスは久々に一人二役でなく独り言を呟いた。
一旦バビロニへ戻って報告をしよう。
その道すがら一人何役まで出来るか挑戦しようと心に誓うのであった。
帆を立て出港の時。
妙な緊張感があるが新人の船乗りにとっては初めての出港だ。
こんなものだろうと思った。
いや自分は別の事で緊張しているから感じるだけだと思っていた。
ラパ湾の防波堤を出た時が合図。
穏やかな風に押されビアンコの中型船は進んでゆく。
「おい新人、防波堤を出た瞬間は流れが変わるから気ぃ付けとけよ」
「はい」
気を付けるのは、お前らだよ。
と、新人の船乗りは内心笑っていた。
やがて船はラパ湾を、ゆっくりと出た。
「湾の外は気持ちいいですなぁ」
それが合図の言葉だった。
最後に積まれた大きな荷の中から刃先がズブリと突き出して、ゆっくり内側から切られてゆく。
切られた隙間からギョロリと覗いたのは男の目であった。
その目の見る先にいるのは新人の船乗りとして先に潜伏している仲間だ。
出て来ても大丈夫……決めていた合図を片手で出している。
一気に動いた。
中から4人の男、新人の船乗りの計5人が一斉に動く。
「風の槍ウインドランス」
修道院で使った弱めた風魔法ではない一撃で終わらせる風魔法である。
ヴゥシュルン!
船内に座っているローブ姿を次々に背中から襲う風魔法。
威力ゆえか? 声すらあげずにバタリバタリと倒れてゆく。
スバーン!
それでも防御魔法で凌いだ者もいた。
船員達にメルカと隣にいたアーモンだ。
しかし、その時には既に一番小さなローブ姿の少女は拉致され船から飛び降りて行ってしまった。
メルカとアーモンは追うことも出来ず他の船員を守るように立ち塞がるのが精一杯だ。
しかし対象を手に入れた男達は、もう用はないとばかりに次々と船を飛び降りていく。
「いいぞぉ出せぇ」
飛び降りた先には防波堤の外に待機していた小型船がいた。
ウルゲは嬉々として船出を促した。
今この手の中にいるのはバビロニーチ第一皇女カシューナ姫だ。
連れ去る一瞬、顔を確認したが前に修道院で見た顔だ。
「ばぁか! 油断してるからだぁ」
(さてさて姫様の怖がる顔を拝むとするかぁ)
そう思いウルゲが再度、顔を確認すると……
「ふがぁぁあ! 何だこりゃあぁぁ」
「どうしたんで? ウルゲの旦那!」
そこには精巧にカシューの顔が描かれたパンの顔があった。
いや、顔だけではない体も全部がパンで出来ていた。
「ふざけやがってぇ」
怒り狂ったウルゲはパンで出来たカシュー人形を叩きつけ何度も何度も踏みつけた。
とうとうパンの人形はパックリと割れてしまった。
「船を戻せぇ皆殺しだぁ」
「へ、へい!」
船の向きをビアンコの中型船へ戻すウルゲ達。
その時……
無残にも割れたカシュー人形の中から何かがシュルシュルと伸び始めた。
「うぉっ!」
「な、何だぁ」
ウルゲ達は、あっと言う間に緑色の触手に絡められ身動きひとつ取れなくなってしまった……
「すごい! さすがデスリエ王女のくれた種だ」
「あらあら、面白いわ」




