鎖編み
「出来そうでしょうか?」
「ああ、大きさと穴なら問題ねぇ見た目はマルテルの頑張りしだいかのぉ」
「大丈夫だよ、まかせて」
とある、お願いをしにエブストーのパン工房へ来ている。
ラパを離れる日も近づいているのでマルテルに会えるのも今日を入れて数回だろう。
「明日の朝までなら時間もあるし食べておいきよ」
エブストーの奥さんに誘われて昼ごはんを食べながら、とある計画を相談している。
上手くいくかどうかはエブストーとマルテルに頼んだ特殊なパンの出来栄えしだいだ。
大きなパンなので代金もさぞかし高いかと思ったら鯨宴パン発案のお礼だと無料にしてくれた。
「せっかく引き受けてくれたのに申し訳ない」
「いやいや、むしろ安心してらぁ」
イドリーはビアンコに船が必要なくなったと伝えていた。
不法入国の手伝いなんて本当はしたくなかったらしくホッとしてる様子だった。
近々ビアンコは海に出てしまうそうだがエブストーとは喧嘩にならない。
「気ぃ付けて行ってこい」
「ああ、離島の荷運びだけだ5日で帰るよ」
マルテルがパン工房を継ぐから喧嘩にならないのではないそうだ。
あの日、スカルフェイスツノシャチとの海上戦へ封印していた船の操舵を解禁してまで駆けつけた事でエブストーもビアンコも何かが吹っ切れたようだった。
何のことはない、お互い意固地になっていただけだったのだろう。
あの日以来ビアンコもパン工房の手伝いをするようになったそうだ。
エブストーの焼くパンのように、ふっくらとした暖かさを感じた楽しい食事だった。
「ウルゲの旦那! 掴みやしたぜ奴ら近々、ラパを出るみてぇです」
「おう、そうかぁ今度こそ見てろよぉ」
何代か前に狐系獣人の血が入ったミックスのウルゲ。
ただでさえ少し前に出た鼻と口を、さらに尖らせて興奮している。
「よし、お前とお前はだなぁ……」
魔法も戦術も巧妙なウルゲ。
抜かりなくカシューナ皇女をさらう為、念入りに部下へと戦術の説明をする。
アーモン達がラパを離れる噂は、あっという間にラパ中に広がった。
早朝に離島行きの中型船で出航すると……
「準備は出来ましたか?」
「ええ、目立たないようにローブを揃えました。フードも被れますし」
城内でイドリーとピーリーが旅に出るための荷を選定している。
城への入城検査は厳しくピリピリしているが城内は落ち着いていた。
「船の手配は?」
「ビアンコの中型船で明日の早朝に出航します」
「おい、お前! この荷物を港へ運ぶんだ」
「は、はい」
数日前に使用人が飲み過ぎて体調を崩したので新しい使用人を雇った。
何をやらせても上手くこなす器用な獣人だったので気に入られたようだ。
(いつも通りだ、俺に任せりゃどんな組織も大抵は、すぐに気に入ってくれる)
とは言え新参者ゆえハリラタから来ているというデスリエ王女には流石に近づけない。
まあ今回の任務はバビロニーチ第一皇女の拉致でハリラタの王女は関係ないから問題ない。
それでも遠目にハリラタの王女を見かける事は出来た。
想像よりも若く見え驚いていると従者の女が近寄って来た。
赤髪の綺麗な女だ。
(任務がなけりゃ口説きてぇな)
なんて考えてると王女が怖い顔で見ていたのでゾッとした。
荷物を港へと運ぶと積み込みは船員が代わってくれた。
「おい、お前、この船だ! この船に俺が積むから任せろ」
船員は城の新しい使用人と目が合った。
ビアンコお抱えの船員が一人ほど数日前に飲み過ぎて体調を崩したので新しい船員を雇った。
力の強い獣人だったので気に入られたようで早くも積荷を任されていた。
「ああ、この船ですね。助かります」
サガラッソス猫は気がついた。
別の手の者が城内に入った事を。
テーベなのかは分からない。
何せ城には今回の対象とは関係のないハリラタの王女までいるのだ。
別の何らかの組織が潜伏という事もあるうるだろう。
(それでも一応は鎖の掟通りに動いておくでやんす)
(ああ、それが良い同士討ちなんて面倒でやんすから)
一人二役は頭の中でも続いている。
「ウルゲの旦那、潜伏してる奴の所へ鎖編みが置いてあったそうです。どうしやす?」
「俺らと気づいたんじゃねぇさぁ、一応置いてみただけだろぉ、ほっとけぇ」
テーベの鎖内部の掟。
手違いで別々のテーベの鎖が出くわした場合に備えての連絡方法の一つ。
『鎖編み』
その時々で植物や動物の毛などを、ゆるく鎖編みしたものを置いておく。
知らない人間からすればゴミ程度の認識で払い落としてしまうものだが鎖の人間なら間違いなく気付くものだ。




