海の民
蜘蛛の巣に絡められ虜になる……
まんざらホラ話でもないかも知れない。
宴会の間にデスリエ王女は我々のそばへ何度となく近づいては違う性格を見せた。
結果、どれかしらの性格の王女を。みんな好きになっていた。
カシューとメルカは花の民と。
イドリーは草原の民と。
ラッカは丘の民と呼ばれる魔法民族と意気投合し魔法を教えてもらう約束までしていた。
俺は正直どの性格の王女も同じだった。
「お前は珍しい少年だな。このような事は初めてだ」
と、イノウタが驚いていた。
「やだぁ、何か初めてでドキドキするぅ」
と、デスリエ王女はクネクネしていた。
「さすがアーモンだぜ」
と、ピスタは喜んでいた。
初めてデスリエ王女に会う者は、どれかしらの性格に魅了されるそうだ。
どの王女も嫌いではない。
どちらかといえば好きだろう。
好印象だ。
「俺も同じですよ。ただ、どの王女も同じくらい素敵と言いますか……」
それが普通ではないらしい。
どれかの性格を好きになり、どれかの性格を嫌いになると……
俺が嫌いな王女の性格が、なかったのと同じなのか?
「やだぁ、気に入った」
「興味深い」
「おもしろそうな奴だ」
「魔法を見てみたい」
「その首輪が武器だと言うのは本当か」
どの性格の王女も俺に興味を持ち、気に入ってくれたらしい。
あ、ただ山の民の王女からは一つ釘を刺された事がある。
「お前の魔眼は分かった。皆の前で私の魔眼を逆に使わせるでない」
自分の中を覗かせるな。
そういう事だろう。
翌日の昼過ぎ。
城の前庭にて丘の民モードのデスリエ王女から魔法の訓練を受けた。
「魔素、魔力、変換、増幅、イメージ、基本はコレなんです」
「丘の民の時は親切ですが調子に乗って甘え過ぎぬ様に願います」
イノウタから釘を刺される。
このイノウタは何名かの従者と共に片時も王女から離れない。
ただ娘というだけでなく側近のような存在なのだろう。
「いいですか? 撃ちますよ」
バシュン!
切り裂くような鋭い音。
見れば庭にクッキリと穴が開いていた。
穏やかな喋り方からは想像も出来ないエゲツない魔法を撃つ。
「あらあら、無詠唱かしら」
「いえ、省略と速読みと声消しを併用しています」
「実戦を想定しての事でしょうか?」
イドリーの質問に笑顔で答える丘の民モードのデスリエ王女は素朴な田舎娘のようだ。
小さな庭の生垣に咲く小薔薇。
そんな印象だ。
「はい、訓練された戦士は詠唱から魔法を読み取り対策をしてきますので」
「ラッカさん、威力を高めたい気持ちは分かりますが焦らず順を追ってやりましょう」
時々、黄緑色の瞳を輝かせては適切なアドバイスをくれる。
理想的な魔法の先生である。
「さて、アーモン君あなたが問題ですね」
「はぁ」
どうしてかは分からないが俺は混合魔法を放つような発動をしているらしい。
混合魔法は例えば水属性と火属性を同時に放って水蒸気爆発を起こすようなタイプ。
上級魔法らしく俺のような魔法が苦手な者が本来は放てるものではないが……
「一番難しいところが出来てるので、もしかしたら出来るかも知れません」
との事だ。
お手本を見せたいが城内では難しいらしくハリラタ行きの船に乗った時に海か空へ向けて撃ちましょうとなった。
基本的な魔法訓練を受ける日が3日続いたところでピーリーが隠れるように見ている事に気がついた。
夜はカタロニと昼は俺達の魔法訓練。
それ以外にも謁見があったり、会議があったり。
どうやらピーリーと過ごす時間が取れていない事に気がついた。
「母ちゃんに甘える年齢でもないぜ、ピーリー男だし」
ピスタは、そう言うが、果たしてそうだろうか?
王女の滞在中、城の警護を指揮する。
ピーリーに課せられた任務は大きい。
チオ家の跡目。
仕方のない事だろうが、めったに会えない母親と話もせずに終わらせるのは世話になった俺達としては申し訳ない気がした。
「おぅ、そいつは気が付かなかったわい。お客人に気を使わせてすまねぇ」
カタロニに相談すると。
警護の指揮を交代して時間を作ってくれる事になった。
「立派になりましたねピーリー」
「まだまだです。王女様」
「今は、あなたの母として来てますよ」
覗きはダメだ。
そう言ったのにピスタが面白がって台無しにしそうだったので仕方なく着いて来た。
あくまでピスタの監視だ。
「緊張してるぜ、ピーリーも母ちゃんも…」
もう少し小さな声で話せとピスタを注意する。
やはり着いて来て正解だった。
デスリエ王女は丘の民モードのようだ。
優しい感じで会いたいのだろう……
が、どうにも親子感が薄い。
「んぁ、ふぁあ」
カシュー眠いならナゼ着いて来たのか?
欠伸のせいで涙が出てるよ。
「んぁ、アーモン金環なの」
「どうして?」
「んぁ、涙出た時に少し見えたなの」
カシューの魔眼、過去視が発動したらしい。
(なるほど……それなら)
俺は金環を発動した。
瞳の金の輪が輝く。
広がる光景は城の中。
従者に見守られながら遊んでいる幼いピーリーとデスリエ王女。
王女の雰囲気は今回見ていないものだ。
柔らかで穏やか薔薇のポプリのように優しく香るよう……
見ているこっちまで母に抱かれた赤子のような気持ちになってくる。
「海の民だぜ」
突然の光景に驚いていたピーリーとデスリエ王女だったが。
すぐに把握したようで呆れていた。
それでも懐かしい光景に、いつの間にか緊張は、ほぐれていた。
「懐かしいわねぇ」
「ええ、恥ずかしいです」
港でデスリエ王女を見送る幼いピーリーが泣き喚いていた。
王女も涙を流していた。
仕舞いには王船を追いかけて海へとピーリーは飛び込んでしまった。
カタロニが飛び込んで助けたが皆、困り顔で……それでも少し笑顔だった。
そこまでしてくれた息子を見て王女が嬉しそうにしていたからだ。
ここで実物のデスリエ王女も海の民モードに変わってる事に気がついた。
きっと海の民だけは家族にしか見せないのだろう。
母と息子の久々の対面だ。
「ここまでな」
俺は金環を閉じた。




