イドリーの失態
「イドリー!」
ざわつく港でラッカが突然大きな声をあげた。
見るとカシューが小さな女の子と手を繋いで話をしていたのだ。
カシューとて同い年くらいの子と話すのは久々であろう。
微笑ましいと思える光景に、ほっこりしたのはイドリーも同じようだったが……
「魔力が、おかしいのよ! その娘」
「アーモン金環はダメだぜ! 人が多すぎる」
一瞬の出来事だった。
カシューと手を繋いだ娘はニヤリと笑うとカシューを引っ張った。
そしてカシューも、その娘も別の男の子に姿を変えて雑踏へと消えてしまった。
鯨宴のフィナーレ見物で港には同じような子供が溢れている。
カシューが、さらわれた……
理解に数秒かかってしまった。
「くそっ、どこだ?」
ヒューマンの種族スキル、クイックを発動するも見失って動きようがない。
それに速く動こうにも人が多過ぎる。
イドリーは様子が変で動かない。
メルカもだ。
「アーモン! こっち!」
走り出していたラッカの声を頼りに人混みをかき分けて駆けつける。
そこにはカシューを抱きかかえたピスタがいた。
「すまねぇ逃げられたぜ」
「謝るなよ、ありがとう」
よく助けてくれた。
謝る事なんてない。
「まだよ! アーモン警戒して、まだ居るかも知れないわ」
そこで、やっとイドリーとメルカが駆けつけた。
マルテルが声をかけ続けて正気に戻ったようだった。
俺は何が起こったのか分からなかった。
「このままカシューを囲んだまま城へ戻るわ私とピスタの指示に従って! ピスタそれで良い?」
「ああ、もちろんだぜ」
そんな騒動に周りは気付きもしない。
産まれた鯨についての、にわか評論家があちこちで湧いていた。
「良い事と悪い事が両方あるんだ」
「相殺されて普通の年になるぞ」
「白鯨がラパの未来で斑が世界の未来だろうて」
真実なんて分からない。
ただ我々には、すでに悪い事と良い事が起きたと言う事だった……
無事に城へ着くと。
「すいません、わたくしとした事が……」
「私もです……」
イドリーの落ち込み様は酷い。
メルカもロップイヤーが寂しげに垂れている。
「いや、あれはしょうがないぜ」
「そうよ、私は魔力視で区別がついたしピスタは解析眼で区別がついたから追えたんだから」
確かにカシューが男の子に姿を変えたように見えた。
それはラッカとピスタにも同じだったそうだ。
「わたくしにはカシューが笑顔で話し続けている様子が見え続けていたんです……」
「私も同じです……」
イドリーとメルカが動かなかった理由だ。
俺達と違う景色が見えていた事になる。
「幻惑とか幻影とか、そんな感じの魔眼でしょうね」
ピスタの兄ピーリーだ。
「きっと、そうだぜ」
珍しく強力な魔眼だがラパでは過去にも何度か被害が出てるそうだ。
被害とは言っても今回みたいな人さらいでなく詐欺のようなものらしい。
加工拠点であるラパには腕の良い職人が多い。
そういう名工が作った武器や道具は高額で取引される。
それを幻惑や幻影で騙し取る被害が過去に起きていた。
「んぁ、最後おじさんになったなの」
「コロポックで魔眼持ち……鎖でしょうね」
遂に追っ手が来た。
単独の刺客は想定していたがコロポックとは思いもよらなかったとイドリーは悔やんでいた。
だが無理もない、コロポックに戦闘タイプは少ない。
そんな種族が単独で皇女をさらいに来るなんて誰が想定出来ようか?
「何にしても、ありがとうございました」
イドリーがラッカとピスタに深々と頭を下げた。
「城へは子供もコロポックも当面入れませんので安心して下さい王船の乗組員にもコロポックは居なかったはずです」
ピーリーは、そう言うと城の使用人達へ指示を出していた。
将来カタロニの跡目を継いでも大丈夫と思わせる器量を感じさせていた。
六角天気塔の長針は曇り中針は雨を指していた。
そして雨が降り始めると鯨達は空から海へと戻った。
雨が止む頃にはラパ湾のそばから虹鯨達の姿は見えなくなっていた……
「お嬢、王船が寄港されやした」




