忘眼
「この素晴らしき出会いを忘却させん事を許せ子らよ、我の存在は理より外れしもの仕方なき事である、さらば」
ベハイムの口上が終わるとヘーゼルは黒き翼を広げ海側へと踵を返した。
ところが……
「ちょっと待ってよ! どういう事よ?」
驚愕の表情で振り向くベハイム。
と言っても振り向いたのは無表情のヘーゼルである。
ベハイムは小脇に抱えられているだけだ。
「えぇぇ! 何で? ヘーゼルたん! 忘眼が効かないとか初めてなんだけど」
ラッカの呼び止めにベハイムが驚いているとヘーゼルは一瞬で移動した。
俺の目の前に……
(ち、近い)
もう、アレですか? キスとかしようとしてます?
そんな距離まで顔が近づいた。
目の前の小さな顔、初めて間近で見るアメジスト色の瞳。
この瞳は魔族特有のものだろうか?
「面白い目ね」
とヘーゼル。
「君の方こそ綺麗な目だね」
と思わず言ってしまった。
「……」
あれ、もしかして顔赤くなった?
「ふんっ、こいつの目のせいみたいよベハイムどうする?」
「ヘーゼルたん、どうなってんの? この今見えてる魔力とかと関係してる感じ?」
「でしょうね……失敗するとか死ねばいいのに」
「えぇ、酷くね?」
金環のせいでベハイムの魔眼が効かなかったようだ。
言ってる内容からすると忘れさせる系の魔眼なのは明白だ。
「皆で忘却の魔眼を発動したのなら、お互いに記憶を消し合うのでは?」
イドリーの疑問は確かにそうだ。
「その魔眼は共有化のような効力という事ね……ふんっ」
「発動主には効力がない……全員が発動主となった事で忘却しなかったって事だぜ、きっと」
解析となるとさすがのピスタだ。
さてさて、そうなると記憶がダメなら存在そのものを消す……とかなりそうな気がするがどうなのだろう?
そうとうヤバい状況なのだがベハイムの、ふざけた態度から危機感が募らずにいた。
「ならば、しかたあるまい帰ろう帰ろう」
「え、いーの?」
「いいのよ、このバカっ首が魔眼を使いたいだけなんだから」
「バカっ首とか酷くね?」
「いいから帰るわよ」
その時、視界の端に魔力のうねりが見えた。
「ベハイム慟哭が来るわ」
ヴゥヴァァァー!
死に損ないのスカルフェイスツノシャチだった。
銛が刺さっているから最初のツノシャチだろう。
仕留めきれていなかったようだ。
メルカの防御魔法が間に合ったものの強度が落ちてるようで皆そこそこのダメージを負った。
「慟哭と言うのか……あの黒色の魔力は」
ヘーゼルはスカルフェイスの攻撃を知っていた。
今後の為に、もっと聞かなければ……しかし今は、それどころではなかった。
何より問題なのは船だ。
「浸水してる」
だがダメージを負わなかった者もいる。
ヘーゼルは翼で身体を覆って、かすり傷一つなく平然としていた。
そして一撃でスカルフェイスツノシャチを絶命させた。
正直、何をしたのかさえ把握出来なかった。
そして何も言わず飛び立って行った。
「助けねぇの? 溺れるんじゃね?」
何も言わないのはヘーゼルだけでベハイムは何か言っていたが……
その飛行速度の速さで直ぐに聞こえなくなった。
「浸水速度が速すぎて土魔法でも塞げないです」
さすがのイドリーも焦っている。
もうダメかと思った、その時……
「おーい、みんな〜」
マルテルの声がした。
エブストーの操る小型船に乗っている。
チオ家の使用人やピーリーもいた。
「助かった」
「あらあら死ぬかと思いました、はぁはぁ」
ホッとして気が抜けた、その時、銀色の銛は姿を変えて首へと戻って来た。
砂を撒き散らしながら。




