ツノシャチ
その晩、城での事。
ドワーフ達は、まあ呑む。
危機だ緊急事態だの言う割には毎晩酒盛りなのには呆れる。
その酒の席での事。
「ダメです」
「危険過ぎます」
鯨は潜る。
そして予期せぬ場所へ浮上する。
それが一番の危険だ。
もちろん巨体な事も危険の要因だが当たらなければ良いだけだ。
「俺達なら出来そうなんだけど」
ラッカの魔力視と俺の金環、ピスタの解析眼を合わせれば海中の鯨の動きが読める。
そう言ったのだがイドリーとメルカが猛反対している。
イドリーとメルカだけじゃない、チオ家の頭であるカタロニもだ。
「お客人、見えたところで湾から出す方法がなけりゃ同じですぜ」
確かに、そう言われると返す言葉もない。
「そうじゃないぜ! 鯨は何かに怯えてるぜ、その何かを倒す為の連携だぜ」
ただでさえ大きな胸を張ってピスタが言う。
「騎士でも冒険者でもねぇお前ぇが倒すってぇのか?」
確かに、そう言われると返す言葉もない。
別に頭にビビってる訳ではない……きっと。
「か、頭ぁ! てぇへんです。」
「何でぇ」
鯨の怯える原因が分かったようだ。
夜目と遠目の使える獣人が突き止めたそうだ。
ツノシャチだ。
「はぐれじゃあるまいし群れの鯨がツノシャチに怯える訳がねえ」
「それが顔だけが骸骨のツノシャチだってぇ事で」
魔物なのだろうが誰も知らなかった。
港湾都市ラパの男が誰も知らない海の魔物……そんな魔物いるはずない。
と、その時。
「海では聞いた事がありませんが……陸ではスカルフェイスと呼ばれる魔物がいます」
イドリーだった。
「ただ伝説上の魔物で見た者は、いないと言われています」
「魔素の濁りが要因になる……でしたか?」
メルカも知っていると言う事はテーベで何かしら伝わる話なのだろう。
「決まりだ! そのスカルフェイスってツノシャチのタマとりゃいいんたぜ」
「お嬢の言う通りだ!」
「野郎ども! 覚悟は、えーか!」
「チ王に!」
「ラパに!」
「乾杯~!」
(あ~あ、酔った勢いで決めちゃって)
翌朝も、いきり立ったドワーフ達の勢いは静まることはなく港まで来てしまった。
そこで見たのは驚きの光景だった。
数頭の鯨が空に浮いていた。
まるで海中を泳ぐかのように優雅に空中を漂っていた。
海で背中しか見えなかった時でも大きく見えた巨体は空中では全体が見渡せ更に大きく見えていた。
「こんなに大きいのか!」
「まさか生まれるのか?」
「いや、こりゃあ、いつもの出産とは違うような気がすらぁ」
「だいたい早すぎるぜ」
虹鯨の出産つまり鯨宴は空中での出産で鯨達の鳴き声が空に鳴り響いてフィナーレを迎えるそうだ。
集まった多くの大人の鯨が浮上する光景は圧巻の見応えだそう。
その時の浮上とは様子が違うらしかった。
出産でもないのに空中浮上の力を使ってしまう。
それは出産に影響してしまう事を意味していた。
「頭、湾に入ってやすが、どういたしやしょう?」
「子鯨だけなら、ほっておけや」
湾の中にも入ってはいたが子供の鯨だったので船に衝突せずに済んでいるように見える。
「あれか?」
鯨とは違う体型の生き物が素早く泳ぎ回っているのが見えた。
報告の通り顔だけが骸骨状態のシャチ。
その目は虚空のごとく見えた。
「アーモン見て」
見てはいけない物でも見たかのように口を両手で塞いでラッカが言った。
ラッカの言う見てとは金環を使って自分と同じ景色を見て……
魔力視の景色を見てと言う事だ。
「なっ!」
そのスカルフェイスのツノシャチの周りには禍々しい魔力が渦巻いていた。
その色は魔力色と呼ぶには適当でない気がした。
あえて言うとすれば魔力濁り……とでも言うべきか!
「こいつぁヤバいぜ」
「確かに、こりゃ普通じゃないな」
と、その時ツノシャチが一気に鯨の中を湾に向かって突っ切った。
が、一頭の鯨が体当たりをして湾への道を塞いだのだ。
傷を追う大人の赤鯨。
「臆病な虹鯨が体当たりだぁ?」
港の男達が驚いていた。
それだけ虹鯨は臆病な生き物らしい。
「子鯨が狙いだぜ」
「ああ、そうに違いねぇ」
「湾へツノシャチを入れるなぁ!」
こうしてスカルフェイスのツノシャチとラパの戦いは始まった。




