ラパの宝
六角天気塔の指す針は長針も中針も晴れ。
どこまでも見渡せる程の快晴。
エブストーとビアンコは店先で海を眺めていた。
防波堤で囲まれたラパ湾。
その外で泳いでいる虹鯨の群れ。
その中の一頭が湾の中へ入りかけては出る動作を繰り返していた。
「こんな事たぁ今まで無かっただろ?」
「あぁ、どうなってやがる?」
「悪りぃが俺ぁ港へ行く、小さな船だけでも揚げねぇとな」
「あぁ、行って来い、気ぃ付けてな」
あれだけ海や船の話をすると喧嘩になってたのに今日はどうした事か?
いや、それだけ大変な事が起きかけているのだろう。
湾の中に虹鯨が入れば船に衝突しかねないのは明白だ。
そうでなくても海へ出ない船で渋滞している。
「お嬢ぉ!」
「いるぜ」
「頭が戻られやして若衆を集めておられやす」
チオ家でも動きがあったようでマルテル以外はピスタと共に城へ帰る事になった。
それにしても何か話し方が怖いんですけど……
城の大広間に集まった面々がチオ家の主要人物なのだろう。
畳でもないのに皆、床へ直に胡座をかいて向かい合うように座っている。
その主要人物の後ろへ子分……じゃなかった使用人達が立って並んでいる様は益々、前世で見たヤ○ザ映画のような光景だ。
中央正面に皆を睨み付けるように座っているのが頭と呼ばれる男なのだろう。
(うわぁピスタさん真ん中歩くんすか?)
そしてピスタは頭の次の次の席へ座った。
(えーっと、俺らは後ろに並ぶのかなぁ?)
「お客人も、良ければ聞いて下せい。適当に座って」
この男がチオ家の頭でピスタの父親だ。
名をカタロニと言う。
いかにも親分といった雰囲気の貫禄ある男。
ピスタはドワーフベースのミックスだがカタロニは純血ドワーフのようだ。
母親が別の種族のハーフかクオーターもしくはミックスなのだろう。
「はぁ」
こうして俺達はピスタの後ろへ座り話を聞く事になった。
「もう、分かってるたぁ思うが鯨んとこの若ぇのがウチのシマぁ荒らそうとしてやがる」
「へいっ!」
(そんな、よその組と事構えるみたいな言い方しなくても)
「どうしてもやるってんなら鯨んとこのタマとるしかねぇ覚悟しとけ」
(タマって……あれですよね? 命的な?)
どうやら湾の中へ虹鯨が入るなら殺すしかない。
そう言う話のようだ。
頭の言葉が絶対なのは記憶の中のヤ○ザ映画と一緒だ。
と思ったら……
「そりぁ親父マズいぜ」
ピスタの反論に場が凍りついた。
「てめぇ考えがあって言ってんだろぉなぁおい!」
「偉大な天気計が出来たのは良い色の鯨が生まれた年だぜ。ラパと鯨は敵じゃないぜ」
「ピスタそんな、きれい事言ってる場合じゃないですよ」
ピスタと頭の間に座っている男が話に割って入った。
ピスタの兄ピーリー、ピスタと同様にドワーフベースのミックスだろう。
この人は普通の話し方で安心する。
「船がやられればラパの、しのぎは相当な打撃を受ける。大勢の若衆だって養っていかなきゃならないんですよ」
(これは経済ヤ○ザ的な?)
「船も鯨もラパの宝だ、そんな事たぁわかってらぁ、しかしな……」
結局この後、ドスを持ち出したピスタが……何て事はなく話は平行線のまま様子を見ようとなって今日のところは、お開きとなった。
「アーモン、ラッカ手伝ってくれだぜ」
何か考えがあるらしくピスタは頼み込んで来た。
防波堤の上まで来ると強めの海風に乗って海の香りが強くなった。
「近くで見ると大きいな鯨」
「ここまで近づく事は今までないぜ」
「あらあら、キレイな目」
俺の単独行動は許さないとばかりメルカが着いて来た。
同じようにカシューからイドリーは離れない。
この辺は小箱と鳥籠の役割のままの様だ。
「じゃあ、お願いするぜ」
ピスタの合図でラッカの魔力視が発動。
それに合わせて俺の金環も発動した。
カラフルな鯨達だが魔力色は皆、同じ薄紫色だった。
「魔力色があるって事は魔物なの? 虹鯨」
「何言ってんの、アーモンだって魔物じゃないけど魔力色あるでしょ」
「あ、そうか」
虹鯨達の魔力を見ると揺らぎが大きい事が分かった。
修道院の回廊で見たダメージを受けたサンドアーマー兵の魔力の揺らぎに似ている気がする。
「怯えてるような雰囲気ね」
「やっぱりか! 何かから逃げて来たから時期が早かったのかもだぜ」
港ではビアンコ達、船乗りや港で働く男達が小型船を陸へ揚げていた。
そのお陰で渋滞していた湾の中も少しは余裕が見え始めた。
かと言って鯨が入れば大型船への被害は免れられないだろう。
「ピスタ! あなたも手伝いなさい」
ピスタの兄ピーリーが大勢の若衆を引き連れ何やら運んで来た。
「投石機なんて必要ないぜ」
数台の投石機の後ろからは何本もの銛を運んでいる。
「お嬢すまねぇ、仕方のねぇ事で」
唇を噛むピスタに何か言葉を掛けたいが適当な言葉が見つからない。
ピスタは意地でもピーリー達を手伝いたくないらしくビアンコ達を手伝い始めた。
「すまんな、親父のパン工房も手伝ってもらってんのに」
「いえいえマルテルはパンを作るのが夢だったので喜んでやってるんですよ」
そんな話をしつつも作業は続く。
何度もビアンコに話しかける老いたドワーフがいた。
「もう引退だ、使ってくれ」
「だから無理だって、大切にしてた船だろうよ」
「皆のためじゃ、それに、そんな芸当やれるのは、お前さんだけだぞ」
どうやら爺さんの船で鯨が湾に入らない様に牽制しようと言う事らしい。
その時、沖の方で何かが跳ねた。




