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エブストーのパン工房

 城のバルコニーからラパ湾が見渡せる。

 湾の外で優雅に泳ぐ虹鯨の群れも同様だ。


 鯨が吹き上げる潮のせいではないだろうが、ここまで潮の香りがする。


(日本で行った海沿いの道の駅を思い出すな)


「ふふ、何だか修道院の塔の上を思い出すね」


「そ、そうだな! 晴れだしな」


 ラッカの言葉に合わせたが嘘をついた訳ではない。

 六角天気塔を眺めながらなので目を見られなくて良かった。

 鯨より目が泳いでたのは言うまでもない。


「アーモンは行かなくて良かったの?」


「パン屋行ってもな、それより魔眼の訓練したり魔法の練習したりするよ」


 あれから宿を引き上げて城へ滞在させてもらっている。

 だがピスタは城に居るのが退屈らしくマルテルの行きたがっていたエブストーのパン工房へ連れ立って行ってしまった。


「外す訓練もだね」


「そうな」


 ピスタが解析眼でウロボロスを見た結果だが……


 こんなの見た事ない。

 宝具の性質で魔剣の様な構造で生き物じみた配列なんだとか……

 まぁ聞いても理解不能だったのだが。


「条件が揃えば外れるはずだったか?」


 確かにピスタは、そう言った。

 変化が起きたら、また見るぜ、とも……






「何が船だ! そんなに死にたきゃ海でも何でも行きやがれ」


「あぁ、だから海で生きるつってんだろうが!」


「アハハ、まだ喧嘩してるぜ」


「あのぉパンは? パンは焼かないの?」


 エブストーのパン工房は休業中だ。


「後を継ぐ代わりに船乗りを少しだけやらせてくれって言う約束だったのに船長になるだなんてねぇ」


 エブストーの奥さんも困り顔だ。


「ビアンコ! そうやって、お前の親父も死んだんだぞ何で分からねんだ」


「海で死ねりゃ本望なんだよ」


 エブストーとビアンコの喧嘩は5日も続いている。

 本当なら昨日で終わるはずだったのが鯨宴のせいで船が出ず今日も喧嘩だ。






「マルテルそれ取ってくれだぜ」


「はい、ピスタ」


 喧嘩を眺めるのも飽きたのかパン釜の整備を始めたピスタ。

 手伝いを、させられているマルテルだが……


「マルテル飲み込みが早いぜ」


 エブストーの日頃の手入れの良さもあるがマルテルの働きもあり予想より早く整備が終わってしまった。


「おやっさん、整備終わったぜ」


「何だ、やけに早いじゃねぇか」


「こいつ頑張ったんだ、だから焼いてやれだぜ」


「おう、ピスタの嬢ちゃんに整備させて、そう言われたんじゃ焼くしかねぇな」


 明日の朝にエブストーはパンを焼いてくれる事になった。


「おんや、こりゃお礼しなくちゃね。腕を振るうから泊まっていきなよ」


 エブストーの奥さんに言われピスタとマルテルは城へ戻らず泊まる事になった。


 俺より先に女の子と外泊なんてマルテル……ちっくしょー!





 この街にいると自然に六角天気塔へ視線を運んでしまう。

 今日は曇りで中針が指す半日先の予報は雨になっている。


「お客人(きゃくじん)、お嬢からエブストーのパン工房へ、お連れするように言われて来やした」


 ピスタの子分……じゃなかった使用人が迎えに来た。

 俺達はエブストーのパン工房へ、やって来た。


「おんや、まあ、遠慮なく食べとくれ」


 パン釜整備後の初焼きは売り物にはしない。

 それはエブストーの(こだわ)りらしく試食会へ招待されたのだ。


「んぁ、美味しい」


「あらあら、ふっくらですね」


「香りも良いですね」


「でしょ! 焼き色も最高なんだよ」


 自分が焼いたかのように自慢気なマルテル。

 だが、その気持ちも分かるくらい美味しかった。

 どっしり重みのある生地、それでいてふっくら、外は適度にパリっとしてる。

 確かに魚貝類のスープなんかに()ませると合いそうなパンだった。


「さすが半分をムダにしてるだけあるぜ」


 ピスタの言葉にエブストーとマルテルの顔が(かげ)る。


 何でもエブストーのパン工房は港から遠い高台にあるせいで普通のパンでは買いに来て貰えないらしい。

 その為に釜の外側のパンを犠牲にして飛び抜けて美味いパンを焼いているのだと。

 人気のパンだが儲けは中々上がらない事もあって義理の息子のビアンコは継ごうとしないのだと……


「これが、その犠牲のパンですか?」


「ああ固くて中に空洞が出来ちまうんだ」


「食べてみて良いですか?」


「ああ、ええが固てぇぞ」


 確かに固かったが、不味くはなかった。

 普通のパンだ。

 それでも普通のパンなら、こんな高台まで来なくても家の近くで買ってしまうから売れないそうだ。


「海に捨ててるんだって、魚は喜ぶだろうけどパンが可哀想で……」


 エブストーがマルテルの頭をグシャグシャと撫でた。

 鍛治班修道士に気に入られた時と同じく職人に気に入られるのはマルテルの特技だろう。






 イドリーが息子のビアンコが船乗りだと聞いた後から乗船したいと話し出した事で雰囲気が悪くなったので試食会はお開きとなった。


(イドリーが、こんなに空気読めないとは……いや、任務に忠実なだけか)


 それは置いといて俺は久々に(ひらめ)いたのだ。

 オマモリ以来の神社育ちを生かすアイデア降臨。


 そのアイデアと共に予報通り雨も降臨した。
















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