宣言
「……助けがないのは……辛過ぎる」
同じ様に一族が迫害を受けた歴史のあるクコが真っ先に口を開いた。
丘の民に助けられた自分達の民族と重ねて見てしまったのだろう。
「……でも魔眼を奪う……必要ない」
(そうだ確かに悲しい歴史、悲しい過去だが皆の魔眼を奪う権利なんてない)
「そうだ! だからと言って魔眼を奪ったり石化させたりする権利なんてないだろ」
「ふふ、お前達に同情して欲しくてコレを見せたと?」
「皇帝陛下は、そのような低俗な考えで事を進めておられるのではない」
皇帝シュメーに続いて口を開いたのは片眼鏡のカルタゴだ。
ここまでの事もシュメーだけでなくカルタゴも把握していると言う事なのだろう。
「だったら何で、こんな事するんだぜ?」
クコが一族の歴史から動揺している様子を汲み取ったピスタが、いつの間にか一歩前へと歩み出ていた。
肩にはスカルホーンハンマーを担いでおり、いつでも慟哭を放つ準備は万端だ。
(魔眼が使えない今、咄嗟の守りはクコの防御魔法……それが間に合わないかもと心配したのか……)
熱くなっていた自分が、また皆に守られていた。
その事実に気付けたのは魔眼を失ったからかも知れない。
いつの頃からか自分の魔眼で波及させる効力が皆の攻めと守りの要だと、どこかで思ってしまっていた。
金眼の一族の悲しい歴史を見た事と、今のピスタの動きを見たお陰で少し冷静になれたアーモンだった。
「だったら何の為なんだ? 話してくれれば協力だって出来たかも知れないだろ」
喧嘩腰の口調を改めてシュメーへ問い掛けたが……
「おこがまし事を! お前などに皇帝陛下の何が分かる? これから陛下がなさるのは世界を変革させる大義なるぞ」
「ふふ、まあ良いカルタゴ。友にも聞かせてやろう」
錬成された玉座から立ち上がり皇帝シュメーは高らかに宣言した。
「これより、すべての貴族を殲滅する」
国を治める者として、ただの虐殺では民の支持が得られぬ。
しかし金眼の奴隷の過去を見た後ではどうだ?
多くの者は、仕方ないと思うだろう。
コレは、この後に皇都バビロニで行う為の予行練習なのだと……
シュメーの宣言に続いてカルタゴが説明した。
(確かに、あの残虐非道な過去を見た後では……仕方ないと思ってしまう自分もいる?)
この世界に来てから貴族との接点もなく生きて来たアーモンにとってはピンと来ない話しだったが、それでも何かが間違っていると直感的に感じているのも、また事実であった。
そして、その直感を裏付ける事が、その後に起きたのだった。
いや皇帝が起こしたのだ。
「ふふっ、例の者を連れて来い」
「お任せ下さいな、シュメー様」
マヤが、そう答えると配下の者が動き大聖堂の奥から何やら運び込まれて来た。
それは目を疑うモノだった。
魔眼帯にも似た目隠しと猿ぐつわをされた男。
身なりの良さから貴族なのかもと予感が皆の頭をよぎる。
「さあさ、外しておやりよ」
マヤの言葉により外された目隠しの下から現れた、その顔に予感が的中した事を知った。
「ティムガット!」
かつて、ここ魔眼修道院で共に育った唯一の貴族ティムガットだった。
アーモンを目の敵に何度となく嫌がらせをして来た、あのティムガットだ。
「……よくも、貴族である俺に、こんな事をしてくれたな……許さんぞ! 皇帝だろうと絶対に許さん」
縛られながらも気の強さ気位の高さは相変わらずの男だった。
しかし、その強気が、かえって仇となった。
「皇帝陛下に向かって何という口のきき方……躾をしてやろう」
カルタゴがティムガットに何かしようとした時……
「ふふっ、待てカルタゴ。余が教えてやろう」
「その魔眼は……なるほど陛下」
皇帝シュメー自らがティムガットに躾を行う。
それは予想を超えたものだった。
「お前の魔眼……薄汚い貴族にピッタリの魔眼だな。その自分の魔眼で貴族の愚かさを思い知るがいい! 恐眼」
皇帝はティムガットの魔眼『恐眼』をも奪っていた。
皇帝の首へ現れた恐眼が輝くと……
「んがぁあぁぁ、止めろ俺を独りにしないでくれ! また捨てないでくれぇ」
かつてアーモンも経験した恐眼の効果。
ティムガットは自分の魔眼により恐慌状態に陥ってしまっていた。
「止めろシュメー! 確かに、そいつは嫌なヤツだが、これはやり過ぎだ」
「ふふっ、友よ。こんなのは序の口だぞ氷結眼!」
序の口……皇帝の言った言葉は嘘ではなかった。
ティムガットは氷結眼に始まり打眼で何度も僕打され縛眼で縛られたまま地面を引きずり回された。
それはティムガットの性格の悪さを知る者ですら目を覆いたくなる程に酷い仕打ちであった。
修道院での仲の悪さから助ける事に躊躇していたアーモンだが皇帝が最後に使おうとした魔眼により目が覚めた。
「ふふっ、もう飽きた死ね。炎眼」
「クイック」
一瞬で燃え上がる炎。
その炎が消えた場にティムガットの亡骸は無かった。
「焼き過ぎてしまったか?」
「陛下ぁ! 後ろですぅ」
ウルゲが叫んだ瞬間。
皇帝シュメーは吹っ飛び転がった。
アーモンは振り向いたシュメーを殴り飛ばしていた。
片手にティムガットを抱えていたので威力はないが怒りの籠もった拳が皇帝の美しい顔をグニャリと歪ませた。
「その炎眼で人を殺す? ふざけんな! その炎眼はマルテルがパンを焼く為の大切な魔眼だ」
「貴様ぁ、皇帝に手をあげて、ただで済むと思うなよ!」
「そっちこそ、一発で済むなんて思うんじゃないわよ」
転がった皇帝を一番に起こしたのはマヤでもウルゲでもなくヘーゼルだった。
そして……
「うっ!」
ヘーゼルの裏ビンタによって再度、皇帝は転がった。
場は正に凍り付いた。




