金眼の奴隷
「くそっ、天眼を使いやがった」
「あらあら、これはカシューの魔眼かしら」
巨大な魔眼修道院を覆い尽くす程の天眼が空へ無数に現れていた。
その規模は元々の天眼の持ち主であるポイテインガーですら驚愕するほどの多さと広さであった。
「止まって!」
「……景色が……戻る」
「エラトスとの合流前に厄介な」
ラッカ、クコ、フラマウの元へも天眼と金環による過去視の波及は広がっていた。
「こりゃ、なんじゃあね?」
「カシューちゃんが、さらわれた原因が過去視の魔眼だったそうですよ」
「何で、この班に入れられたよー、です」
マテオの身を案じたアーモンが戦闘が出来、経験もあり、治癒も出来るペカンを着いて行かせたのは当然の成り行きだった。
そのマテオ、アルワル、ペカンの元へも催眠眼によって無理矢理に発動させられた過去視は届いていた。
猛烈な勢いで巻き戻されたような白黒の景色は、やがてピタリと止まり……
そして始まった。
「卑しい一族のくせに金眼などと生意気な」
「ひっ、お許し下さい。ご主人様」
「黙れ!」
そこにはカシューやシュメーに似た雰囲気の男女が跪かされていた。
見下ろすのは下卑た笑みを浮かべるブクブクに肥えた男。
その下卑た人相とは対照的な身なりの良さや屋敷の豪華さから男が貴族である事は容易に想像出来た。
涙を流し必死に許しを請う男女の姿は事情を知らずとも痛々しく気の毒に思えるほどだった。
「お父様、嘘ではありません。僕は見たんだ、この2人がお父様の葉巻をくすねるのを!」
「おぼっちゃまは、きっと、ご主人の言いつけで葉巻を取りに参った私共を見たのです」
「おい、我が息子が間違いを犯したと?」
「ひっ、滅相もございません」
「やっちゃってよ。お父様」
そこからは目を覆いたくなる光景だった。
男性の奴隷だけを殴る蹴るに始まり家畜用の鞭で嬲るわ元々が粗末な衣服すら着けていないにも関わらず、それさえも無残に引き裂かれ家畜小屋の糞尿の中へ裸同然で蹴り転がされ……
「うがぁあぁぁぁ……」
最後には糞尿に、まみれてさえも美しさを失わない金色の瞳に葉巻を押し付けたのだ。
「生意気な目だ!」
だが……本当に酷いのは、ここからだった。
早送りが始まり夜の地下室に場面が移ると昼間の肥えた男は更に下卑たニヤケ顔で女の奴隷を見下ろしていた。
カシューを大人にしたような美しい金眼の顔が恐怖に歪むのを見ているのは辛い以外の何ものでもなかった。
「お前は、そこで見ていろグシュフッ」
涎を垂らさんかの如く肥えた、その男はガウンの下からタプタプの腹を揺らしながら女に迫る。
片目を焼かれた男は縛られ床に転がされていた。
2人は奴隷ゆえ婚姻すら認められていなかったが事実上の夫婦であった。
その夫の目の前で悪夢は毎夜繰り返された。
いくつもの早送りや巻き戻しを繰り返し別の時代の光景が映し出された。
どの時代でも金眼の奴隷達は美しい顔立ちだったが、その運命は呪われているかと思う程に悲惨なものだった。
ある時代では男女の区別なく夜の慰み者として使い捨てられ……
ある時代では大人子供の区別なく重労働に従事させられ……
ある時代では飼い犬の玩具として何人も何人もが儚い命を散らしていった。
それでも、その美しい容姿から需要は尽きず、奴隷商人達によって一族が絶えてしまわぬ様に管理されていた。
これだけ長い時代に渡り奴隷として買われ続ければ良い貴族に当たりそうなものだが残念ながら、そうはならなかった。
「それではない。別の奴隷にしてくれ」
過去視なので言葉は聞こえないが身振り手振りから、そんな会話が聞こえて来るようだった。
金眼の奴隷を買うのは下卑た貴族……良識ある貴族の間で、ひっそりと噂が広がっていたのだ。
そうなれば助けてやりたい貴族も動くに動けなかった。
買えば自分の家も、その手の貴族と同類と見られるからだ。
それでも買う貴族……
そうだ一部の下卑た下卑た貴族専用の奴隷となっていた。
そうなる事で一族には、さらなる暗闇が襲った。
下卑た貴族達でさえ表立って金眼の奴隷を買う事を嫌った為に……
奴隷の闇市場
ここが金眼の奴隷一族が辿り着いた終着駅であった。
美しい容姿を呪うしかない一族は、やがて
魔眼を発動する者が現れ始めた。
その魔眼は、いつも決まって女性が……
『過去視』
男性が……
『共鳴眼』
大抵は度の過ぎた慰み者にされていた女性が現実から目を逸らしたいがゆえに獲得した過去視かも知れない。
そして目の前で繰り返される非道から目を逸らしながらも共にありたいと願う男性が得たのが過去視と共鳴する魔眼だったのかも知れない。
金環と違うのは共鳴するのは過去視のみな点だろう。
そして最後に致命的な悲しい事実を知る光景が広がった。
男性の共鳴眼は片目にだけ発動するのだ。
最古の過去に起きた葉巻の件が原因かは分からない。
分かっているのは片目で現実逃避している妻や母、姉妹の見ている過去視の楽しげな光景を見ながらも、もう片方の目では目の前の極悪非道な行為を見続けなければならない事だ。
(これは現実に起きた事なのか?)
過去視に支配されるように動けずにいた頭が、そう考えた時……
「これは現実に起きた事だ」
まるで心の声に答えるように皇帝シュメーの言葉が聞こえて来た。
それと同時に白黒の景色は現実の色をジワリと戻していき過去視は終了した。
ただ戻った現実世界の色は、どの色も滲んでいた。
白銀のスランバーも石化された修道士達も皆一様に涙を流していた。




