兵法『二兎』
「もう2、3体消すぞ!」
「馬王待って! もう海上よ、今消せば誰か溺れるわ」
「ちっ」
一体消すごとに速度を増す閃馬であるが、それで追い付いたとして人数が減り過ぎていればスカルフェイスダークを倒せる可能性が下がってしまう。
今の人数がギリギリか既に足りない可能性もある。
いやマテオは陸で降ろしても良かっただろう。
「それに、これ以上人数が減れば勝てなくなります!」
だからマテオよ、お前が言うな。
「スカルフェイスツノシャチもさ、白鯨を追ってたじゃん?」
「確かにそうだぜ」
スカルフェイス出現は摩素の濁りが原因だと以前メルカが言っていた気がするが、はたしてそれだけだろうか?
考えたところで答えなど出ないのだが何かモヤモヤとした気持ちで前方の海上をニュルニュルジャバジャバと進むスカルフェイスダークを見下ろす。
「慟哭とか、あの大蛇って確かに濁った魔素に似てるわ」
ラッカの魔環に見える景色によればイーズのチカラから派生した黒湯気とも色こそ似ているものの、全くの別物、ヘーゼルやプトレマの闇属性魔法とも、また違う類いのモノだとの事だった。
「ハルティスの魔法研究で呪いの放つ色も黒っぽいって聞いた事あるよー、です」
「そう言えば昔、ラパに持ち込まれた武器に呪いを帯びたのがあったぜ、解析眼じゃ何も解んなかったけどな」
「私は呪いを見た事ないから何とも言えないけど執着みたいな波動は感じるわね」
執着……その執着が起こる原因と魔素の濁りが何らかの働きによってスカルフェイスを生み出すのだろうか?
そんな事を考えつつスカルフェイスダークを追っていると……
「風の臭いが変わり申した」
「ああ、乾いた砂の臭いがすらぁね」
獣人である戦闘将ヘレフォーとアルワルがいち早く変化に気付いた。
「砂漠が見えたよー、もう少しです」
皆の目には未だ海しか見えないのだがペカンが千里眼を発動し少し先を見たところ砂の大地が見えた様だ。
それから程なくして海岸線が現れた。
「……普通なら……上がれない」
それは切り立った崖のような海岸線で普通なら上陸はおろか船を係留する事すら難しい場所だった。
「だからラパが港湾都市として栄えたんだぜ」
バビロニーチとハリラタの間の海域は多くが、ここと同じ様なリアス式海岸でラパの様な港湾都市は少ないのだった。
「チャンスだ間合いを詰めるぞ」
馬王の言うチャンスとは、スカルフェイスダークが崖を垂直に登り始めた事だ。
「確かに! 奴が登る間に空中のこっちは詰めれます。皆さん急いで」
だから、マテオが仕切るなよ。
気が付けば戦闘将を追い越してマテオの乗る閃馬が先頭を切って進んでいた。
「行けそうだぁね!」
スカルフェイスダークが崖を登り切ると同時にマテオ、ヘレフォー、アルワルの乗る3体の閃馬が追い付いた。
左からヘレフォー右からアルワルそして中央にマテオだ。
今まさに切っ先が届く!
その瞬間……
ヴァヴァアァァ!
こちらに気付きもしてないかの様な素振りを見せていたスカルフェイスダークだったが甘かった。
頭上で小さくなっていた頭髪の蛇が3体、突如大きくなって慟哭を放ったのだ。
「マテオ!」
「アルワル!」
「ヘレフォー!」
アルワルとヘレフォーは直撃した。
閃馬が立髪防御を瞬時に発動したのがギリ見えた気もするが大丈夫だろうか?
それよりも……
「間に合えぇ!」
マテオが海へと真っ逆さまに落下した。
すぐさま救助へ閃馬を操り急行したが間に合うか?
もっと沖ならまだしも岸壁へ波が打ち付けているような場所だ、海面の下には波の間に岩が見えている。
「うっ!」
「よかった、さすがアーモン」
「大丈夫か! マテオ」
「だ、大丈夫っす。アーモンありがとう」
(直撃しなくて落ちたから逆にダメージがなくて良かった)
そう思った時に俺の乗っている閃馬が口を開いた。
「良くやったヨモギの、お陰で一矢報いれたぞ」
「ん?」
上空に戻りつつスカルフェイスダークの方を見た時に、その言葉の意味を理解した。
マテオの乗っていた閃馬の立髪がスカルフェイスダークの体を穿いていたのだ。
「わざと落ちたのか!」
「へへへ、兵法ですよポイ家の」
死ぬかも知れなかったと言うのに、まるで悪戯でもバレたかのように、はにかむ表情をするマテオに呆れるしかなかった。
瞬時で避けれぬ攻撃は二手に別れ撹乱する。
幼い頃より教わるヨモギに伝わるポイの兵法の一つ。
『二兎』
現に今、マテオ達に向けられた慟哭は二手に別れたマテオと閃馬のどちらも捉える事が出来ず空中に放たれたのだ。
「はぁ」
二兎を追う者は一兎をも得ず。
前の世界にも伝わる同じ考え方だが……
(二兎ったってお前さんら……馬とリャマじゃねえか!)




