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帰還

 ガタンゴトン、ガタンゴトン……


 始めは湖と言うだけあって息苦しい感覚と水圧に押されるような感覚と共に目の前が濃い青色から黒色へ変化して行き……


(何も見えなくなったなぁ)


 と思った瞬間!


(眩しっ!)


 とても眩しい光を感じ、そして聞いた事のある音が聞こえて来た。


 プシュー


「……この電車には優先席が有ります。

 優先席を必要とされているお客様がいらっしゃいましたら席をお譲り下さい。

 お客様のご協力をお願いいたします」


「プハっ! え、え、え? 電車?」





 一面真っ白にホワイトアウトした眩しい景色から徐々に色が戻って目にした景色は懐かしい元の世界だった。


「どうなってんだ、これ?」


「私の時とは別の世界ね、ちょっと驚く乗り物ねコレ」


「うおっ!」


 横にはヘーゼルが立っていた。

 電車の中で普通に魔族の少女が蝙蝠状の翼を隠しもせずに立っている姿は異様だった。


「何驚いてんのよ?」


「いや、その、シーちゃんは? あと他のみんなは?」


 乗客は魔族の少女に驚きもせず平然と座っている。

 シーちゃんは、どうなったか分からない。だけど、みんなは……


「そうか……みんなが一緒って訳じゃないのか」


「そうよ、むしろ私と、あんたが一緒にいる事自体あり得ない状況なのよ」


 本来であれば皆が、それぞれ別々の状況で、それぞれが対処して戻るのが魔湖なのだそうだ。

 シーちゃんが咥えてた事で一緒に来てしまったのかも知れない。


(元の世界って事は……俺の頭の中を具現化する様な仕組みなのかな?)


「ん? ヘーゼルが前に潜った時の世界ってどんなだった?」


「水棲人ってのが居たわ」


 それは、今の世界でも居ない種族だ。

 そしてヘーゼルは、その時に初めて出会った生き物で(えん)所縁(ゆかり)ももなかったとの事だった。


「つまり記憶とは関係ない訳か……」


「ちょっと何ブツブツ言ってんのよ? 気持ち悪い」


 べハイムだと、ここで「死ねばいいのに」と言われるのだろう。

 そんな事を考えながら電車の揺れを懐かしんでいると、おかしな乗客がいる事に気が付いた。


「なあヘーゼル、あれ、どう思う?」


「いたわね……ふぅ、何度見てもシンドイ、けど殺るわよ! ほら」


「え? えぇ!」


 下を向いてブツブツ言っている男が座っている。

 そして男の頭の周りには薄っすらと黒色の何かが、まとわりついていた。

 まるで生き物のように蠢く、その黒色を俺もヘーゼルも良く知っていた。


「ちょっと、あんた、顔上げなさいよ」


 ズカズカと歩み寄りヘーゼルは平然と声を掛けた。

 そして声を掛けられた男は、ゆっくりと顔を上げ……見えたのは、やはり……




「スカルフェイスか!」




 まだ半分近く残る肉や唇、耳、それでも瞳は、かつてのツノシャチと同じ虚空だった。


「キャー!」


 その異様な顔を目にした他の乗客が悲鳴をあげた。


「どう言う事だよ? これって俺達も見えてる訳?」


「当たり前でしょ! 来るわよ」




 ヴゥヴァァァー!




 残っていた肉も唇も削ぎ落としながら黒色魔力の慟哭が口から放たれた。

 避ければ他の乗客に当たる。

 ドワーフの種族スキル、ガードを発動しウロボロスを剣モードで構え受けきるつもりで構えた。


 ヴゥバン!


「バカなの! あんた、そんな事で防げる訳ないでしょ」


 背後から抱きかかえる様に蝙蝠状の翼でヘーゼルが守ってくれていた。

 かつてラパの船上でスカルフェイスツノシャチの慟哭から自らの身とべハイムを守っていたのと同じ方法だ。


「ありがと」


「今のあんたなら避けれたはずよ」


「避けたら他の人に当たるし……」


「こんな他の世界のヒューマンどうだって良いじゃない……」


 そう吐き捨てたヘーゼルだったが言い終わる頃には顔色が変わっていた。


「悪かったわ」


 ヘーゼルが何を思ったかは分からないが自身の一族と何かしら重なったのかも知れない。

 電車の中では乗客が前後の車両へ逃げ惑いパニック状態になっていた。


「闇深き爪ダークネスネイル」


 初めて見るヘーゼルの闇属性魔法により電車の天井に裂け目が出来、ビュウビュウと風が吹き込んで来た。


「上へ連れて行くわよ!」


「お、おう」


 狭い電車内ながら二手に別れ、俺の方にスカルフェイスが気を取られた瞬間、ヘーゼルが後ろからスカルフェイスを抱え一気に裂け目から連れ出し、屋根の上に落とした。

 人間が落ちただけにしては重過ぎる重量感で屋根がひしゃげていた。

 俺も習得したての足裏発動を使い電車の屋根へと飛び上がった。


「あんたの宝具なら殺れるんでしょ、次の慟哭が来るのも時間の問題よ」


 さっさと殺れとばかりに囃すヘーゼルだが……問題が起きた。


「それじゃ人殺しになる……」


「へ?」


 目の前にいるのは魔物でもなければ獣人や魔族でもない前の世界の人間だ。

 もちろん今はスカルフェイスだが、さっきまでは普通の人間だった。

 もちろん今の世界、異世界で生き延びる為には人だって殺さなきゃ、ならない場面はいつか来るのは覚悟しているし仲間を守る為に今迄だって敵を殺すつもりで戦ってたはずだ……

 でも、この世界、日本の電車で戦うのとは訳が違う。

 転生して以来、当たり前だったはずの常識が、この景色のせいで吹き飛んてしまった。


「何言ってのよ! スカルフェイスなのよ、人じゃな……い……わよ」


「どうにか出来ないかな?」


「……」


 それをヘーゼルに聞くのは罪だ。


「ゴメン、俺が考える」


 その時、次の駅が見えた。

 よりによって大きな駅で大勢の人が持ってる様子が見て取れた。


 男は、スカルフェイスは虚空の瞳を一瞬、駅に向けたかと思ったら四つん這いになり顔を駅に向かって上げ始めた。


「くそっ、くそ、駄目だ、待て!」





 ヒューマンの種族スキル、クイック……何度も自分と仲間を守って来たはずの便利な能力、それを今は呪うしかなかった。

 使い慣れた、その種族スキルを反射的に発動し同じ様に無意識レベルで展開出来る程に馴染んだウロボロスの剣モード……


「はぁ、はぁ」


 気付くと俺は……

 スカルフェイスの首を切り落としていた。


「ゴメン……」


 スカルフェイスに謝ったのか? ヘーゼルに謝ったのか? 正直自分でも分からなかった。

 もしかしたら人を殺したのかも知れない感覚が自分や、この世界のどこかに居るはずの親に向けて謝ったのかも……


(放っておけば駅にいた多くの人が死んでいた)


 そう思うのは事実だが、言い訳のような気がしてモヤモヤとした。




 見上げた空は今の世界も、この元の世界も同じ……

 そう気を紛らわした瞬間、空の青色は濃くなって行き、あの魔石と同じ碧になり……


「さすがアーモン、一番乗りじゃあね」


 魔湖から帰還していた。


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