シュメー
城の外壁へと張り付くドラゴンであるイーズ……
鱗式光学迷彩で見えないが映画か何かで見たようなダイナミックな光景なのだろう。
「カシュー」
バルコニーへ直接降り立った俺は遂にカシューへと声を掛けた。
ハリラタのホールマウンテンで助けられなかった、あの日以来だ……
「何者! どこから入ったのですか? 侵入者です衛兵!」
俺の知っているカシューとは違う姫様らしい、しっかりした喋り方に驚いた。
姫様らしいのは喋り方だけでなく身に纏ったドレスも上質かつ華やかで、いかにも皇女といった雰囲気である。
「姫様その者は大丈夫なのじゃ」
「んぁ、そ、そうでしたか……」
衛兵に大丈夫と言われ困惑しつつも納得するカシュー。
この辺の警戒心の薄さや天然っぷりは変わりないらしい。
衛兵は、もちろん憑眼により憑依したイーズである。
「カシュー覚えてないのか? 俺だアーモンだ」
「すいません……わたくしは、つい先日まで攫われていたので記憶が曖昧なのです」
「そうじゃないんだカシュー! 攫われてるのは今なんだ」
「どう言う事ですか? うっ、ううぅ」
思い出せず苦しそうなカシューを見ているのは辛かった。
その時、部屋の奥から声がした。
「誰と話してるんだい? カシューナ」
しまった、まだ他にも誰かいたようだ。
このままカシューを連れて逃げ去るか?
いや、今の状態のカシューでは騒いでしまうだろう。
「兄様」
あっという内に部屋からバルコニーへと一人の男が現れた。
その男はカシューに、ソックリだった。
美しいプラチナ色の長い髪。
背はカシューよりも、随分高い。
年も、だいぶ上だろう。
そして瞳の色はカシューと同じ……
『金眼』だった。
「皇帝陛下、この者は大丈夫なのじゃ」
「そうですか。あなたは大丈夫ではない様ですね、ふふ」
そうだカシューの兄なら皇帝だ。
イーズの機転で何とかなるかと思われたが、どうやらイーズの憑依も見抜かれている様だ。
よりによって皇帝と出くわすなんて!
どうする?
逃げるしかないのか?
「まあ良いでしょう。少し話しませんか?」
「……」
すぐにでも大勢の兵が呼ばれると思ったが皇帝は意外な事を言い出した。
何かの企みなのかと何も答えられずにいると……
「それとも他の者を呼んだ方が良いですか? いや失礼、不遜な言い方でしたね。あなた方が何者か大方の察しは付いています。そこで聞きたい事があるのです」
「……分かりました」
バビロニーチ皇国、現皇帝バビロ31世は想像と違っていた。
カシューを少し年上の男性にしたような見た目のせいもあるのか柔らかな表情に緊張の糸が解けていく……
「なるほど、では、あなたはカシューナと共に旅をしていたのですね」
「はい」
「カシューナは、どんな様子でしたか?」
俺は警戒しつつもカシューが楽しそうに過ごしていた事を話した。
もちろんラパやハリラタに迷惑をかけないよう地名や人名は伏せたままだ。
「ふふ、自分の話だと言うのにカシューナは寝てしまいましたね」
その寝ぼけたカシューの表情は俺の知るカシューのままだった。
皇帝がそっとベッドへ運び上質そうな上掛けを掛けてやる素振りは優しい兄そのものだった。
その時、部屋の外から声が掛かった。
「陛下まだ戻られませんか?」
「カシューナが寝たところだ中へ入る事は許さん」
先程までの温和な雰囲気とは打って変わり威厳のある声と言い方だった。
「ふふ、食べても良いですよ」
「本当か? では遠慮なく戴くのじゃ」
「こ、こら!」
カシューの為に用意されていたであろうスイーツのような物をイーズ……が憑依した衛兵が物欲しそうに見ていた為、皇帝が勧めてしまった。
「はふ、はふ」
その後も俺と皇帝は遅くまでカシューの事について話した。
その間イーズは遅くまで食べ続けていた。
憑依が解けた後の衛兵が心配である。
ホールマウンテンでの事を話した後に皇帝は表情を変えた。
「そうでしたか、教えてくれてありがとう」
「いえ、俺はカシューに助けを求められたのに助けてやれなかったので……」
「こちらが聞いている話もしたいところですが今夜は遅い、明日の夜もう一度来れませんか?」
罠なのではないか?
一瞬そう思ったが、そもそも罠など掛けずとも今すぐ人を呼べば良いのだ。
仮に今、人を呼ばれて戦闘になり逃げるのも明日の夜に罠から逃げるのも変わりはしないだろう。
俺は明日の夜も来る事にした。
「分かりました。ただ、こちらも命がけです。様子が変であれば引き返します。それに本当はこのままカシューを連れて行くつもりでしたが……今夜は、このまま引き上げます」
「ふふ、そうですね。では、もしもに備えてコレを渡しておきましょう」
そう言うと皇帝は城へ入る事の出来る紋章の書かれたコイン状の金属をくれた。
そして翌日の夜、翌々日の夜と続けて城へ忍び込んでは皇帝と話をした。
その間イーズは食べてばかりだった。
毎日、憑依されていた衛兵は少し太ったように見えた。
「カシューナが薬草の勉強を?」
「ええ、熱心過ぎて薬草を試す為にダンジョンで怪我をしろ! なんて事もあったんですよ」
「ふふ、それは酷い」
他愛のない話からシリアスな話まで沢山の話をした。
まるで以前から友達だったかのように皇帝と俺は笑い合い頷きあい話した。
そして皇帝が受けているカシューについての報告を俺に教えてくれた。
それは俺にとって衝撃的な内容だった。
「現時点で分かるのは君が見た事以外は君も余も知っている事は誰かから聞いた話でしかないと言う事ですね」
「確かに……」
「それでも君が見たというカシューの隷属、これについては余が厳正に対処する事を約束しよう」
一つ分かったのは皇帝がカシューを、とても大切にしていると言う事……
「明日の昼過ぎに城へ来てくれれば対処の結果を見せよう。もちろん心配なら今日までと同じ方法で中に入っても良いですが、その時には中々の手練れも揃いますから心配です」
「どうやって入るかは少し考えさせて下さい。皇帝が護衛も呼ばずに連日連夜話を聞いてくれたんですから信用するのが礼義とは思いますが……」
「ふふ、皇帝でなくシュメーと呼んでくれて良いですよ。あなたとは何か近いものを感じます眼の色のせいかも知れませんね」
「この眼についても何か知っていますか?」
「ええ、ですが交換条件を飲んで下されば他の者へは黙っておきましょう」
「何でしょう?」
「名前を教えてくれないかい?」
「それが交換条件?」
「そうだよ、ふふ」
「アーモンです」
「ふふ、ではアーモンまた明日」
「分かりましたシュメー……」




