馬眼
一人奮戦している戦闘将のヘレフォーに近づこうと考えたのは俺だけじゃなかった。
「炎の壁ファイヤーウォール」
ヴァシュ!
「炎の壁ファイヤーウォール」
ヴァシュ!
「炎の壁ファイヤーウォール」
ヴァルトゼである……
「ヴァルトゼさん、魔力量とか大丈夫?」
「ハハハ、死ねば残しても意味ないからな」
もっともだが、めちゃくちゃな戦い方だ。
それに一応は討伐隊の隊長なのだ、真っ先に魔力切れを起こしたら後はどうするのだろう?
ただ、ヴァルトゼのファイヤーウォールの、お陰でヘレフォーさんの近くへ辿り着けた。
「お二人、助太刀感謝いたす」
「いえ、一人で闘わしてしまって申し訳ないです」
「そなたはイーズ殿の仲間であったな、イーズ殿はどちらへ?」
「魔王に会いに行ってます」
「それは結構」
闘いながらの会話……
戦闘将ヘレフォーは余裕そうだが、こちらは正直、余裕なくて話とか後にして欲しい。
やっとヘレフォーへ近づきヴァルトゼと共に3人で攻撃出来ると思った矢先、キューキュービーは更に上空へと高度を上げてしまった。
こうなると空中を蹴って行けるヘレフォーしか直接攻撃でダメージを与えられる者は、いなくなってしまう。
だが高度を上げれば遠距離魔法の良い的だ。
「遠距離魔法放て!」
ヴゥヴァン!
もうもうと立ち込める爆煙。
先程の三方向からの魔法攻撃と同じく防ぎきれなかったはず……と思ったが甘かった。
「なっ!」
ハニカム状の防御魔法と同じ形をした盾のような物が無数に天井や壁から突き出していたのだ。
「やだー魔蜜の飴と同じだー」
カイの言う通り先程まで、こちらへの攻撃やキューキュービー自身の回復に使用されていた魔蜜を固めて防御盾としているような雰囲気だった。
「ハニカムシールドとでも申すべきか?」
その無数のハニカムシールドの隙間から気味悪く笑うキューキュービーの顔が見えている。
「くそ、笑ってやがる」
「青光輪だ、氷結攻撃!」
ヴァルトゼの言う通り光輪が広がるのが見えたが、こちらへ撃って来るような角度ではなかった。
「避けられよ!」
「うおっ」
ヘレフォーが体当たりしてくれたお陰で助かった。
「何で横から氷が来るんだよ」
「ハニカムシールドに当て反射させた様ですな」
それからはハニカムシールドの奥で浮遊しつつスナイパーの如くキューキュービーは反射攻撃を乱発した。
その乱発反射攻撃は俯眼で見渡していても避け辛いものだった。
「右後ろ!」
ドン!
「うわっ」
避けたとしても味方同士が衝突してしまう事も多く討伐隊はみるみる内にボロボロになっていった。
「ホースステップ」
確かに空中を蹴って移動出来るヘレフォーは機動力が高い。
だが攻撃を避けれるのと、それは別のはずだ!
「ヘレフォーさん、どうやって避けてるんですか?」
ヒューマンの種族スキル、クイックでも避けれずにクイックを閉じたところで俺は聞いてみた。
「某の魔眼である『馬眼』を使っておる」
馬は視界が広いとは前の世界でも聞いた事がある。
この世界の獣人が前の世界の動物と同じ能力を必ずしも持っている訳ではないが馬系獣人であるヘレフォーは馬並の視界を持っているのだろうか?
「さっき俯眼を波及させたように、その馬眼を借りても良いでしょうか?」
「構わぬが慣れぬと目が回りますぞ」
「ありがとうございます」
目が回るかもしれない。
その忠告を受け、まずは自分にだけ馬眼を波及させてみる。
「金環を重ねて発動」
俺はゴールドリングアイを再度輝かせた。
ぐわぁん……
なるほど確かに慣れないと、これは堪えるかも知れない。
見えている情報に頭の中の処理が追いつかないのだ。
クコの俯眼で全体を見渡せるのとは明らかに違う。
クコの俯眼は大きな地図を広げて全体を把握するような感覚だがヘレフォーの馬眼はストリートビューを何場面も同時に見ているような感覚だ。
「うぉっ」
迫り来る爆炎が見えたので避けようとしたら別の角度から氷結が迫り来るのが見えた。
両方を避ける事が出来る方法を考えているうちに両方被弾してしまった。
「アーモン! ヘレフォー殿の魔眼を俺にも使わせてくれ」
流石にファイヤーウォールを撃ち過ぎたヴァルトゼは被弾し過ぎてボロボロだ。
ヘレフォーの馬眼で回避しようと思ったらしい。
「良いですが難しいですよ」
「構わん、構わん、ダメならファンデラと交代する」
馬眼を波及させたヴァルトゼは最初こそ二、三度被弾したものの、その後はヘレフォーと同じように回避し始めた。
(くそっ、俺の魔眼でヴァルトゼが適応したのに俺が使いこなせないとか悔し過ぎる)
とは言え魔力量の残り少ないヴァルトゼでは回避したところで上空のキューキュービーに攻撃を加える事は出来ず諦めたのかファンデラ達の元へと戻って行った。
「アーモン、俺にもヘレフォー殿の魔眼を頼む」
「やだー、わたすも使わせてー」
「ヴァルトゼに聞いたんだが一周見えるらしいじゃねぇか?」
ファンデラ 、カイ、ココン、プトレマ、ミュラーに回復して貰って元気になったヴァルトゼが皆を引き連れて俺の近くへとやって来た。
感覚派の脳筋ヴァルトゼが簡単に使いこなせたもんだから皆が使えると思ってるようだが混乱しなければ良いが……
(どうして、こうなった?)
ヴァルトゼ同様にファンデラもカイもココン、プトレマ、ミュラー皆がヘレフォーの馬眼を使いこなせた、それどころか……
「便利よー、です」
「あらあら、便利ね」
「……あらあら……です」
ペカンとメルカ、クコも使いこなせた。
そして防御と回復、攻撃手段の増えた近距離組は圧倒的に優位となった。
「頼もしい助太刀、感謝いたす」
空中で一人で奮戦していたヘレフォーだが、下の様子に気付き加勢組との連携を模索し始め、あっと言う間にモノにしてしまった。
「いざ、落としまする」
下の人がキューキュービーの注意を引きスナイパーさせておいてヘレフォーがホースステップで空中へ上って行きハニカムシールドを落とす。
出来た隙間から攻撃を加える。
それを繰り返し遂にハニカムシールドの殆どを落としてしまったのだ。
「やーだ、飛び回るの鬱陶しーい」
そして最後の悪あがきの如く飛び回るキューキュービーを山の民達が何本もの魔蒸ザイルで拘束し行動不能に追い込んだ。
「ヴァルトゼさんトドメを!」
「任せろ!」
ヴァシュゥウゥゥ!
「クゴォゲァアァァ」
最後はマテオによるヴァルトゼへの接待で終わった……
ヘレフォーの魔眼『馬眼』のお陰で一気に形成逆転した終盤、トドメを刺した時にはマテオの太鼓持ちっぷりとヴァルトゼの脳筋っぷりに皆が失笑を通り越して爆笑が巻き起こった。
こうして春まで待った蜂の巣ダンジョン討伐は幕を閉じた。
「……」
そしてヘレフォーの魔眼を使いこなせず終盤見守るしかなかった俺とラッカとピスタにとっては苦難の幕開けとなった。




