憑眼
紫髪の美人は、やはりホーリードラゴンの化身らしかった。
その話を聞けたのは黒湯気のコマちゃんとシーちゃんが霧散した後に山の民の居住エリアに着いた後だった。
正確には単独で古道を通ってラッカ達に会いに戻ろうとした俺とイシドール達が散々揉めた後にカシューの事を含めた今回の騒動を中心に会議が行われた後だった。
「では、あなたがホーリードラゴンで間違いないのですね?」
「うむ、間違いないのじゃ」
「名前は、ありますか?」
「イーズなのじゃ、正確にはソイビー・ダ・イーズなのじゃ」
普段から面倒な人の、お守りに慣れているからかイノウタは、この意味不明な人物に動じる事もなく淡々と質問を消化していく。
その事務的なやり取りを眺めている間に、頭の中の整理がつき始めて来た。
「あの籠の男に操られて私達を攻撃したのですね?」
「うむ、そうなのじゃ」
モヘンジョの隷属眼に操られていたのなら責める事は出来ない。
むしろ、この人も被害者だろう。
一旦は全てが、こいつのせいだと思ってしまっていた自分がいた。
自分の不甲斐なさを棚に上げて人のせいにするなんて最低だ。
「はぁ」
漏れるのは溜め息ばかりだ……
「なんじゃ我が夫よ、新婚そうそう溜め息はないのじゃ」
「何だよ夫って」
「妾との子を作っておいて、何だは、ないのじゃ」
「アーモン! どういう事だぜ?」
「いや、訳が分からないんだけど」
「犬っころなのじゃ」
「コマちゃんとシーちゃんの事か!」
「おぉ、名前まで付いておるのか! 二人で決めたかったが……まあ、良いのじゃ」
黒湯気のコマちゃんとシーちゃんはホーリードラゴンのチカラから産まれたのだとイーズは言い出した。
黒湯気こそがホーリードラゴンのチカラの一部なのだと……
「では順を追って質問するので答えて下さいね」
「良いのじゃ」
イーズは、とある事情で大昔にホールマウンテンに封印されたホーリードラゴンである。
そもそも封印した時に出来た穴のせいで、この山がホールマウンテンと呼ばれるようになったそうだ。
封印を解く条件はホーリードラゴンの天使のような翼の羽の数と体の鱗の数と同じだけの約束がホールマウンテンで守られる事。
最後の約束が俺によって守られた事から翼の羽が蘇った……との事だった。
「山の民がルールや約束に拘る理由も、もしかしてイーズさんのチカラなのでしょうか?」
「半分なのじゃ」
もう半分はイーズを封印した者のチカラによるものだそうだ。
「とある事情ってのを聞かせろよ」
「うっ! 聞かれたくないのじゃ……がダーリンが言うのであれば仕方ないのじゃ」
大昔に仲良しだった司祭とヘラジカ肉で一緒にパーティーをする約束をしたのだが腹が減って一人で食べ尽くしてしまった。
その約束破りは初めてではなく、いつもの事だと許してくれると思ったが司祭は怒り呆れ、山へ封印されてしまったのだと……
「人との約束を守る事の大切さを学ぶまで、そこにおれ」
それが司祭が残した言葉だったそうだ。
それから長い長い年月、人が約束やルールを守る様子を封印された場所で嫌という程に眺めて来たのだそうだ。
あの古道の岩山で現れた司祭とヘラジカはイーズの記憶だったりチカラの影響だったりするのだろう。
イノウタの質問は続いていたが、とある人の登場によりイーズの様子が変わった。
イーズの復活により山の民はルールに対する拘りが薄らいだらしくストラボと山の民が話し合いレイースは解放されたのだが、そのレイースを見たとたんイーズが狼狽え始めたのだ。
「何か……見た事がある気がするな」
イレースはイーズを見た事があると言う。
「き、気のせいなのじゃ」
「何か……こう、湯気の中から……あ、思い出した!」
岩屋の備蓄食糧が忽然と消えた夜に湯気の中から現れたのがイーズだったと言うのだ。
「うぅ、すまなかったのじゃ。悪気はなかったのじゃ」
「どういう事なのか説明しろ」
「うぅ、ダーリンが言うのなら仕方ないのじゃ」
約束の数が揃うにつれチカラが蘇りつつあったイーズは身体の復活は出来ずとも自身のチカラの一部である湯気を媒介に意識を移動出来るまでになっていた。
そしてイーズの元々の能力の一つである魔眼『憑眼』つまり憑依する事の出来る魔眼を発動しイレースに憑依した。
そして岩屋の備蓄食糧を一晩で全部平らげてしまったのだと……
「要するに勝手にヘラジカを食って封印されたのに、また勝手に人の物を食ったんだな」
「うぅ、すまなかったのじゃ」
「まあまあ、もう良いであろうよ、この冬はミヤァに置いてもらえる事にもなったであろうよ」
ストラボを含めた山の民逹は、さぞかし怒るだろうと思ったがニコニコと笑っていた。
自分たちが大切にして生きてきたルール……
イーズは、そのルールの根源なのだ。
つまりは神のようなものなのだから腹は立たないのだと……
「イレース兄も、それで良いんだぜ?」
「ああ、疑いさえ晴れれば構わない。それよりピスタなぜハリラタに居る?」
それからはレイース、ピスタ、イノウタ、アナクシ、デスリエ王女は積もる家族の話があるようでイーズから離れて行ってしまった。
アーモンには逆らわないようなので頼みますね……とイノウタが言い残して行った。
ここで動いたのはイシドールだった。
「さて儂も聞かねばならん事がある。アーモンそなた古道のレアアイテムを持ち帰ったのに、なぜ老いてしまわない」
なるほどイシドールは古道でレアアイテムを隠し持ち黒湯気の掌を出せる能力と引き換えに寿命を吸い取られたのだ。
黒湯気のコマちゃんとシーちゃんを出せる俺もレアアイテムを持ち帰ったと思うのは当然と言えば当然。
だが俺は、もちろん持ち帰っていない。
「俺は持ち帰っていませんよ」
「あらあら、最後の日のレアアイテムはウロボロスと同じ金属だったからかしら」
「そうだレアアイテムを持ち帰ったら古道の外でも黒湯気能力が身につくんなら元々同じ金属を持っていた俺が黒湯気能力を身につけた可能性はあるよね」
「寿命については何とする?」
「ルールを破って持ち帰ると寿命を取られるんじゃない?」
ここでイーズが口を挟んだ。
「それは多分この山が元々持っていた仕組みなのじゃ、きっとアルケミネラルの根が張っておるのじゃ」
黒湯気はイーズのチカラ。
その黒湯気のチカラをアルケミネラルが利用して寿命を吸っている。
もしかしたらアルケミネラルもルールや約束の呪縛にかかっているのかも知れないと……
「じゃ、最初からミスリルとか持って行けば黒湯気のチカラを手に入れれるんだね!」
「……マテオ……待てお」
さすがクコである。
ふざけながらも的を突いた言葉である。
「もう山に散らばっていた妾のチカラは、ほぼほぼ戻っておるのじゃ」
「えっ、つまりもう古道に入っても黒湯気は出せないと?」
「そうなのじゃ」
呪われた古道……その正体は山域全体にまで波及していたホールマウンテンに封印されたホーリードラゴンことイーズのチカラの影響によるものだった。
これにて第五章『呪われた古道編』終了です。
第六章も、よろしくお願いします。




