犬っころ
4人の片翼の獣人によって空中に浮いているモヘンジョとカシューを乗せた籠。
その籠へドラゴンブレスが放たれた。
ヴゥワァッフン!
皆の抵抗で一気に色々な魔法が放たれ、モウモウと爆煙が上る中、呆然と見守るしかなかった。
あんな威力の魔力渦が当たれば耐えられる人間などいないだろう。
皆の落胆の声が響く……
ただ俺には妙な確信と手応えがあった。
その手応えが何のか分かったのは爆煙が収まった後だった……
「コマちゃん、シーちゃん!」
そこには呪われた古道で発現した狛犬のコマちゃんと獅子のシーちゃんがいた。
もちろん古道の時と同じく巨大な黒湯気だ。
そして何より驚いたのは……
「妾のブレスを吸収しおったのか? この犬っころは……」
そうだホーリードラゴンのドラゴンブレスをコマちゃんとシーちゃんは飲み込んでいた。
カシューの乗っている籠を守るように!
確信と手応えはこれだったのだ。
「ええい、仕方ないドラゴンの隷属は次回だ! 飛べお前達」
「はっ!」
濁り目のモヘンジョ、その状況判断は早かった。
やばい、またしてもカシューが連れ去られてしまう。
ホーリードラゴンが思い通りにならないと分かったモヘンジョはカシューを連れたまま飛び去ろうとし始めた。
「待て、カシューを返せ!」
「んぁ、降りるなのぉぉお」
「あっ、このバカめが!」
俺もメルカもカシューの名を叫んだ、その時、カシューは籠から飛び降りてしまった。
間に合うのか!
コマちゃんを使うか?
いや、当たった瞬間にダメージを負うかもしれない。
混成魔法で砂嵐を起こしてクッションにするか?
今まで攻撃にしか使って来てないんだ! あまりにも無謀過ぎる。
やはり受け止めるしかない!
「絶対にぃぃ受け止めるぅぅ」
デスリエ王女も併走し何かしら受け止めようとしている様子が横目に見て取れた。
が……
ヴァサァアァァ!
一瞬だった。
鷹が獲物を狩るように落ちて来るカシューを2人の獣人が空中で掴み飛び去って行った。
届かない空の出来事……
いや届いたとしても、あの速度に対応出来たかも怪しかった。
何も出来ず、目の前でカシューをさらわれた。
助けを求められたのにカシューを助けてやれなかった。
アフロの老人ティワナクを運んでいった片翼の獣人、あのチェッカーフラッグの様な色合いのスカラとカラルだと気付いたのは既に飛び去って行った後だった。
「くっそぉ! くそっくそっくそっ!」
悔しくて何度も地面に拳を打ち付けた。
ピスタが、クコが、メルカが止めてくれても俺は地面を叩くのを止めれなかった。
だが次の瞬間に起きた驚きから、やっと地面を叩くのを止める事が出来た。
「この犬っころは、お前のか?」
そこには紫がかった髪色の女性が立っていた。
スラリとした長身で長髪…キレイなストレートをツインテールにした美人。
艶のある軽鎧…ん、これは前の世界で見慣れた例の鎧ではないか!
(ビ、ビキ二アーマー……)
いや、そんな事に浮かれる気分じゃないんだ。
普段であれば飛び上がる気分だったであろう。
今は、カシューを目の前で連れさられた無力感で、それどころではなかった。
「そなた、先程のホーリードラゴンなのか?」
「……」
「あらあら、そうみたいね」
デスリエ王女が質問し紫髪の美人が無視をする。
しかたがないのでメルカがフォローしたようだ。
「のう、犬っころは、お前のかと聞いておるのじゃ」
「……」
「……そう……アーモンの」
紫髪の美人が質問し俺が無視をする。
しかたがないのでクコがフォローしたようだ。
「そ、そうか触ってもよいかの?」
「お前のせいだ、触りたければ触って死ね」
「酷いのじゃ、まあ良い。おーよしよし」
紫髪の美人はコマちゃんとシーちゃんにダメージを負う事もなく意図もたやすく触ると何と、撫で回し始めた。
その頃には事態が収まったのを見てイノウタとイシドール逹が近寄って来ていた。
「こやつがホーリードラゴンなのか?」
「小童に、こやつなどと呼ばれる覚えはないのじゃ」
コマちゃんとシーちゃんを撫で回しながら紫髪の美人はイシドールの言葉に噛みついた。
「何を偉そうに! お前のせいで皆の命が危険に晒されたのだぞ」
ヴォオン!
仲間を危うく殺されかけたイシドールが怒り、攻撃態勢になるのは当然だ。
イシドールは黒湯気の掌を発動していた。
「ん? 小童よ、それは何だ?」
「やかましい、 黒湯気の掌だ! お前など握りつぶしてくれよう」
「まあ、待て。なんじゃ犬っころと同じではないか?」
紫髪の美人はコマちゃん逹と同じようにイシドールの黒湯気の掌にも事も無げに触ってみせた。
唖然とするイシドールの後ろからイノウタが話しかける。
「失礼します! 私はイノウタと申します。ハリラタ国代表デスリエ王女の娘であり今回の旅団の団長を務めておる者です。色々とまとめさせて下さい。」
(イノウタ……旅団の団長だったのか……)
この場にいた興奮状態の者と比べれば冷静さを保っているイノウタが話す事で、これ以上は拗れずに済みそうだ。
色々と分からない事が多すぎて頭が混乱しそうだが、その全てが俺にとってはどうでも良かった。
カシューを守れなかった。
ただ、それだけだ……




