ルール
「はあはあ、余りにも早く煙が見えたので何かあったのかと急いで参りました」
「さすがアナクシです。ストラボが倒れていたのです」
あれから、ずっと山の民モードで少し怖いデスリエ王女が急いで駆けつけたアナクシに、そう言うとアナクシも雰囲気が変わった。
「そうですか……父程の男が倒れるとは何者かの仕業なのであれば許せません」
アナクシまでが山の民モードのような話し方である。
ストラボが目を覚ましたのは翌朝の事だった。
「アナまで居るのか? デスリエも世話をかけて済まない」
「いえ、まずは食事をとり落ち着いたら話をして下さい。今優先すべきルールはそれだけです」
「ルール……我々らが大切にしておる言葉だ……が」
「ま、今は食事にしましょう」
場の雰囲気を変えようとしたのか? 山の民モードのデスリエ王女がルール通りにならない時に恐ろしくなるのを避ける為か? イノウタは急いでストラボに食事をさせようとしているようだ。
食事担当の谷の民達が作る食事はミヤァで食材を補充した事でレベルが上がっていた。
その、美味しい食事を食べ終えたストラボが話し始めた。
「山では食事も厳しく管理されている」
山の民は分け隔てなく同量の食材を分配しているそうだ。
(今は、そんな事どうでも良いのだが……)
と思っていると……
「そんな事と思うかも知れないが、まずは聞いてくれ」
(あれ? 口に出してしまった? いや、出してない。ストラボさんもデスリエ王女と同じように心を読むのか?)
たった1人の身勝手な行動で全滅する。
それが山の厳しさなのだとストラボはコンコンと語った。
それは山の民が皆同じく共有している山で生きてゆく上での譲れぬルールなのだと……
「それが著しく破られレイースが犯人として捕らえられているのが現状だ」
守ろとした自分までも山の民のルールを破ったとして山長を降ろされてしまったのだとストラボはデスリエ王女に頭を下げた。
「守り切れず、すまぬ」
地面に頭を擦り付け謝っている様は見ていて痛々しい。
「頭を上げて下さい。親が子を守るのは当然! 謝るのは死ぬまで戦ってそれでも果たせぬ時の最後です。それ以外は許しません」
「なっ!」
いくらデスリエ王女でも言い過ぎだろう。
「そ、そうだな……」
「待って下さい。いくら何でも言い過ぎでしょう!」
「ア、アーモンさん、ダメです山の民モードのデスリエ王女に逆らっては!」
イノウタが血相を変えて俺を止めるが……
「そんなの知った事か! 男が頭まで擦り付けて謝ってんだぞ他の言い方があるだろ」
皆、騒然としている……
山の民モードのデスリエ王女とは、それほど恐ろしい存在なのだろう。
「お前は謝れば大切な人を失っても許せるのか?」
「そう言う事じゃないでしょう! 山長まで務めた男の尊厳ってもんがあるって話ですよ」
「いや、いいんだ少年……大切な人の息子一人守れずに尊厳も何も言えた義理ではなかろうよ」
「分からん」
そう言うとデスリエ王女はストラボの顔を覗き込んだ。
俺に対して怒ると思っていたが拍子抜けだ。
(なぜストラボさんの顔を覗き込んだのだろう?)
「分からんだろなデスリエよ、儂とて半月前までは分からなかったであろうよ」
「それは、どんなルールにもとずいて考えている?」
「ルールではない……感情であろうよデスリエ」
「……」
山の民モードのデスリエ王女が黙る……
それはイノウタに言わせれば想定外の出来事であるらしい。
ただ一つ確かな事は既に俺の事など眼中にない状態って事だろう。
ストラボがレイースの捕らわれた事の顛末を細かく話す間、デスリエ王女は黙ったままだった。
「越冬の保存食を納めている岩屋の中が空になった」
その晩の見張りがレイースだった。
隠したのではないか?
食べたのではないか?
外から仲間を引き入れ盗んだのではないか?
疑いが晴らせなければ責任を取るのが山の民のルールである。
そして……
「山の民にとってルールは絶対である。本来なら儂が裁かねばならん立場であった」
それがルールを無視して感情でレイースを守り、ルール通り裁かなかった為に山長を降ろされたのだと言う事だった。
「お前は山の民のルールを破ったのか?」
山の民モードのデスリエ王女は読み取れない複雑な表情でストラボに問うた。
「……そうなる……のだろう」
「わかりました。では話を進める為に私も一つルールを破らせて下さい」
「分かっている今さら儂が、そのルールを守れとは言えぬであろうよ」
山の民モードのデスリエ王女が破ると言ったのは、かつてストラボと決めた事。
ストラボの前では山の民モードでいる。
それだけだ。
ただ天幕の中へ入ったデスリエ王女は一向に出て来る気配がなかった。
中の様子を見に行こうかイノウタが迷っている。
山の民モードのデスリエ王女が逆らわれた。
ルールを自ら破る。
かつてない状況にイノウタでさえ恐れているのだろうか?
そして呼ばれた。
「アーモンちょっと入って来てくれ」
これは、ヤバイかも知れない……




