波動太鼓
「では叩く!」
「さい!」
ドドーン!
バフバフバフゥバフゥゥゥ
ぅわんぅわんぅわぁん
それは大きな太鼓だった。
元々は谷の民が冬の終わりに地中の栄養や魔素へ春の準備を呼びかける為の物らしい。
実りに感謝する日本の秋祭りの逆のような行事だが祭に太鼓という点では共通していると言える。
「ちょっと! アナクシ、やり過ぎよ」
「う、うん山の民……怒ったかな?」
谷の民が山へ入る時は1番手前の台形の山へ太鼓の波動をぶつけて合図するのが昔からの習わしらしい。
が、この太鼓が、なかなかの威力なので……
「ついでに雪を吹き飛ばすとか言い出すからよ、知らないからね」
「えー、イノウタだって賛成したじゃん」
そう、雪を太鼓の波動で吹き飛ばしたのだが威力が凄まじ過ぎた。
「すげぇぜ、木と皮で作ってんのに、あんな威力が出るんだぜ」
「でしょ! ピスタさすが義姉妹分かってるわ」
賭事の様子を見ているのには毅然とした怖い人に見えたアナクシも別の事をする時には普通の可愛い女性のようだ。
特に腹違いの姉妹であるピスタやイノウタと話す時には素が出るように見える。
と言うより、わざと素を見せているようだ。
山の民が台形の山に丁度いたとしたら激怒しているのは間違いないだろう。
何しろ太鼓の波動が通った所は見事に雪が吹き飛び、道になるほどの威力で道は波動が通り抜けただけで、こうなのだ台形の山は、もろに波動を受けたはずだ。
「では世話になったなアナクシ、今回ズルをして私に勝った事は許してやろう、さらばだ」
「母上! 山の民モードの振りを花の民モードでしてもダメですからバレバレです」
「やだぁ、アナクシがイジメるぅ」
こうして我々旅団は呆れて溜息を漏らすイノウタを慰めつつアナクシ達ミヤァの谷の民へ別れを告げて山の民エリアへと旅立った。
「そこの、めっちゃ強そうな人」
「やめて下さい」
「そこのヴァルトゼみたいな人」
「言わない約束です」
「そこのヴァルトゼの服を勝手に着てるアルパカさん」
「もう! イジメないでください、リャマです」
これくらいで許してやろう。
ミヤァで賭けに負け続け、ほぼ丸裸だったマテオは翡翠の爪のポーターとして、たまたま持っていたヴァルトゼの荷物を勝手に装備している。
何でも言う事を聞くからヴァルトゼに絶対内緒にしてくれと言っているが、この人数だ絶対にバレると思う。
それに服がダブダブ過ぎる。
雪がないお陰で台形の山の登りは意外にスムーズだったが頂上付近で倒れた人を見つけた事で事態は急変した。
「誰か倒れてるぞ!」
「波動太鼓のせいでしょうか?」
その時デスリエ王女が猛烈な勢いで倒れている人に駆け寄った。
「ストラボ!」
「ストラボ……では山長のストラボ殿なのですか!」
イノウタも驚き駆け寄った。
山長と言う事はデスリエ王女の山の民エリアでの夫と言う事になるだろう。
そもそもは屈強そうな雰囲気のストラボと呼ばれた男は憔悴しきっており波動太鼓でダメージを負った訳ではなさそうだった。
「う、うぅデスリエなのか?」
「そうです。お前程の男が、いったいどうしたと言うのですか?」
「レ、レイースが大変なんだ……それに先程すごい衝撃でな……」
やはり波動太鼓の被害者がいたようだ。
話を聞くにも、まずは休ませなければどうにもなりそうになかった。
頂上より手前にあった岩が重なり風の凌げそうな場所まで戻り野営する事となった。
「ストラボさんは、どんな様子ですか?」
「まだ寝ておられます」
「イシドール殿は、どう思われますか?」
「そうじゃな山長のストラボと言えば強く厳しく人望も厚いと噂に聞く男じゃ、ただ事ではなかろう」
助けられたストラボは灰色の髪の毛に顔には両目それぞれに菱形の入墨が入っていた。
「灰色の髪……」
「……アナクシと……同じ」
そうだアナクシは山の民とデスリエ王女の子だと言っていた。
「あらあらミヤァへ行こうとしてたのかしら」
そこへ王女の天幕からイノウタが出て来て皆へと通達した。
「まだ事情は分かりませんが一応、追っ手の警戒をしておいて下さい」
ストラボを憔悴させた何者かが追って来る事を警戒する。
その方針で旅団の皆が一致した、その時に起きたのは反対方向からの来訪を知らせるものだった。
ドドーン!
ぅわんぅわんぅわぁん
ミヤァから再び波動太鼓が鳴り響いた。




