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狛犬と獅子

 初詣の人波も落ち着き始めると神社の隅々を見て回るのは祖父の代からの恒例だ。

 一部の歴史マニアに支持される『日隠(ひがくし)神社』だが日頃は、それほど訪れる人が多くない、どこにでもある地域の氏神様である。

 その為、初詣のように多くの人が参ってくれた後は神木も鳥居も()()きとしているかのように見える。

 中でも狛犬(こまいぬ)は、じゃれついてくるように活き活きとして見えた。

 この時期の狛犬は宿(やど)り感が違う。

 参道を、鎮守(ちんじゅ)の森を、嬉しそうに駆け回る一対の狛犬が見える……


(懐かしい……)





「アーモン……おいアーモン!」


「ん? ふぁあ眠い」


「寝てる場合じゃないぜ!」


 ピスタに起こされて外を見た時には愕然とした。

 イシドールが黒湯気と呼んだ現象……その現象だらけになっていた。

 そして、そこにアイツはいた。

 そう……


「こ、狛犬だ!」


 人間程度の大きさの黒湯気が多い中、一際大きな黒湯気の狛犬がいた。

 正確には狛犬と獅子(しし)だ。

 その2体セットが狛犬と呼ばれる神社の守護聖獣だ。

 他にも何体か大きな黒湯気が見えるが、さっきまで夢で見ていた狛犬から目が離せなかった。


「……夢で見た……スカイトラウト……いる」


「あらあら、私の夢の、うたた寝アザラシもいるわ」


「僕の夢の白鯨もいるぜ」


 みんなの夢が具現化して黒湯気として、そこら中にいた。


「皆さん無事ですか?」


 最後に起き出して来たマテオも周りを見回している。

 その頃には周りも起き出して来て大騒ぎになってしまった。





「今夜は避難するにしても黒湯気の数が多過ぎて危険ですね」


「イシドールの掌にしても昨日欠片から守ったヘラジカにしても触れればケガでは済まない威力だったからな」


 それに、それぞれの黒湯気が好き勝手に動き回ってる中を移動するのは一人二人ならまだしも、この大人数では混乱の元だ。

 ここまで避難を誘導して来たイノウタ達、旅団の先導役も指示出来ずに戸惑っているのが遠目に見てとれる。


「このライオンみたいなのも大きいですが、あっちの大きいのは桁が違いますね」


「羊かな?」


「あらあら、秘密なのに困ったわね」


「ベジタブルラムだぜ」


 本来は枝に羊が実るベジタブルラムだが、そこに居るのは羊に枝が生えてツノのようになっている黒湯気だった。


「きっとデスリエ王女だろうな」


「……上に……何かいる」


 よく見ると、その巨大なベジタブルラムの上に人型の黒湯気が見える。


「す、すいません。あれボクの夢だと思います」


 マテオだった。

 マテオは、そもそも草原の民出身ながら戦闘の才能に恵まれなかった事から丘の民へと鞍替えした移民らしく……


「子供の頃に憧れた草原の民の戦闘将(せんとうしょう)なんです」


「……乗りこなして……(あお)ってる」


 黒湯気の戦闘将はベジタブルラムに(また)がり周りの黒湯気達をなぎ倒しつつ暴れている。

 抵抗を諦める黒湯気もいて従えられていっている。

 その勢力は、みるみるうちに大きくなっていく。


「あの人達危ないぜ」


 戦闘将の率いる黒湯気軍が向かう先に食事担当の谷の民達がいる。

 ここままでは黒湯気軍と衝突してしまうだろう。

 黒湯気軍ばかりか周りには併合されていない黒湯気も好き勝手に動き回っている状態で逃げようにも逃げようがないように見えた。

 そして逃げようがないのは俺達も同じだった。





「……俯眼……発動」


「その手があったか! ナイスだクコ」


 俺は瞳のゴールドリングを輝かせ金環を発動した。

 混乱を避ける為、効果範囲は……まずは俺達だけ。


 同じ目線で見ていた無数の黒湯気は隙間なんてない様に見えたがクコの魔眼である俯眼で上空から見渡すとムラがあり隙間を縫っていけば避難出来そうであった。


「マテオ! 俺達が先導するから他の人達に着いて来るように言ってくれ」


「分かりました! 任せて下さい」


 黒湯気が無数に(うごめ)く野営地から少し先の高台へと一団を誘導して避難を目指す。

 最初は上手く隙間を縫って誘導出来ていたのだが……


「ヤバイ来たぜ!」


 戦闘将の黒湯気軍が迫って来た。

 こちらの人数が増えた事で敵と見なされたのだろうか?

 マテオの夢の戦闘将さえ居なければ、ここまで厄介な事にはならなかったものを……

 最近は仲良くなって来ていたが、やっぱりあのアルパカじゃなかったリャマはトラブルメーカーだ。


「……リバー……シールド」


 ヴァヴァン!


 クコの防御魔法でも人数が多過ぎで守りきれない。


「分け(へだ)てなく抱き癒やしたまえヒールレイン」


 メルカは防御魔法を使わずに回復魔法を()く事に徹する姿勢だ。

 これも防御魔法が得意なクコが居ればこそであろう。

 ただ……


「アーモンさん、また迫ってます!」


 統率のとれた黒湯気は厄介過ぎる。

 接触そのものが攻撃のようなものだ。

 自分達だけなら何とかなるが俯眼の影響下にない他の人達を誘導するには限界がある。


「マテオ! 金環で俯眼広げるから慌てないように他の人達に説明してくれ」


「分かりました」


 着いて来ている人達まで金環で俯眼の効果範囲を一気に広げた。


「おおぉ!」


「何だ!」


 最初は戸惑った人達も命懸けだ、すぐに対応し始めた。

 だが……


「た、助けてくれー!」


 完全に囲まれて逆に逃げ場がない事を把握した人達がいた。

 デスリエ王女が向かっているのが見えるが……


「あれじゃ、母ちゃんでも間に合わないぜ」


「くそっ! 何かないか?」


 銛ウロボロス? いや届かない。

 矢ウロボロス? ペカンがいなけりゃ射れない。

 遠過ぎる。


 その時……

 俯眼で見える黒湯気の中で動かず微動だにしない2つの大きな存在が目に留まる。

 俺の夢の狛犬……子供の頃から大好きだった狛犬のコマちゃんと獅子のシーちゃんだ。

 彼と彼女が誰も傷付けてないだけでも良かった。

 いっその事、助けてくれれば良いのだが……

 そんな事すら頭をよぎるのは追い詰められているからだろう。


「ん?」


 完全に停止していた狛犬達に動きがあった。

 ゆっくり動き始めたかと思ったら軽やかに先程の囲まれた人達に元へ迫って行く!


「や、()めてくれコマちゃん! シーちゃん!」


「どうしたんだぜ、もしかしてアーモンの夢に言ってんのか?」


 ピスタに、そうなんだと説明していると……


「あらあら、本当に止まったわよ」


 もしかして気持ちを()んでくれるのか?

 黒湯気なのに?

 もう考えてる猶予はない、やるしかない!


「コマちゃん、シーちゃん、その人達を助けてくれ!」


 (わら)にもすがる気持ちで呟いた……

 どの道、黒湯気軍の餌食になるしか猶予のない人達を救う最後の手段としては、あまりにも頼りないものだ……


「……速い……そして……少し可愛い」


 軽やかに素早く2体の黒湯気狛犬は他の黒湯気を乗り越え囲まれた人達の両脇へと降り立った。

 そして迫り来る黒湯気軍と正面から衝突した。


「シーちゃん……」


 獅子のシーちゃんが戦闘将の乗るベジタブルラムを蹴散らし……


「コマちゃん!」


 残りの黒湯気軍を狛犬のコマちゃんが取りこぼしなく蹴散らしてゆく……

 守りきった、その時にデスリエ王女とイシドールが、たどり着き囲まれていた人達を守りつつ誘導して無事に全員が高台へと避難した。




「居てくれて良かったアーモン……」


 イノウタは、このセリフばかり言ってるな。


「この状況は想定を超えていた。君の魔眼がなければ大変な事になっていた感謝する」


「あ、いやクコの魔眼なんですよ」


 初めて話すイシドールに俯眼はクコの魔眼だと説明していると空が白み始め……

 差し込んで来た朝日が当たる場所から黒湯気が霧散していった。

 そして、あの後から停止しているコマちゃんとシーちゃんも同じように霧散していった。


「ありがとうコマちゃん、シーちゃん……」


 だが、これが只の霧散でない事は分かっている。

 既に解析眼を発動しているピスタの元へと聞きに行くと……


「ア、アーモン……今日の粉はウロボロスと同じだぜ」


 耳に囁かれた言葉は驚愕と言うより他なかった。









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