湯気ヘラジカと湯気司祭
昨夜の出来事が嘘のように清々しい朝を迎えデスリエ王女旅団一行は旅の歩を進めている。
時折、現れる低級魔物を丘の民や花の民が魔法で倒す以外は平和な歩き旅だ。
「皆さんは昨夜の出来事どう思います?」
「3D映画みたいで面白かったぞ」
「何ですか?そのスリージーって」
「……」
(ああ、ここでツッコミを入れてくれるラッカに会いたい)
俺早くもホームシックである。
いやラッカシックだろうか?
「マテオは何か情報掴んでないのかよ?」
「知りたいですか?」
(ウザァ!)
「別に知らなくていいぜ」
(おお、さすがピスタ分かってるぅ)
「えぇっ! 教えますよ、ちゃんと教えますから」
呪われた古道で何が起きるのか情報がない……と言うのはハルティスのエルフによる情報操作らしい。
本当は毎回、何かしらの摩訶不思議な事が今までも起きているのだ。
長命のエルフが知らないなんて不自然だとは思っていたんだ。
「ただ、毎回違うそうなんですよ不思議な出来事ってのが」
「でも呪われてるアイテムがドロップするのは同じだと?」
「そうなんですが何かしら隠してるっぽいんすよねぇ」
「そこが探れない所がマテオが情報屋になれない理由だろうな」
「ぐぬぬ」
あんまり、からかい過ぎるのもイジメになってしまうので冗談だと言っておいた。
すると意気揚々と引き上げて行ったので、やらかさなきゃいいがなぁと思った……
……ら、案の定やらかした!
「いい加減にしろ! この方をどなたと心得ておる」
「水戸黄門かよ」
「ヘカタ様の側近中の側近であらせられるぞ」
「あ、いや、そんな怒らなくても……」
デスリエ王女の近くにいたエルフにしては年配の男性に何度も話を聞いていたマテオが、その男性の配下の男に叱られている。
しつこ過ぎたのだろう。
「何だぜ? ありゃ」
マテオに激昂していた配下の男からユラユラと何かが湯気のごとく立ち上がり……
ヘラジカとなったのだ!
「昨夜のヘラジカか!」
その場に居合わせた者は皆、目を見開いて驚きを隠せなかった。
ただ、昨夜のヘラジカと比べると、とても小さかった。
角の高さが配下の男と同じ背丈程度の大きさだ。
「や、やるのか!」
さすがに危険を感じたのかマテオが攻撃姿勢をとった。
すると今度はマテオの背後へ湯気のようなものが立ち上がり司祭が登場した。
「これまた小さいぜ」
「あらあら、アルパカさんと同じくらいね」
「……リャマ……です」
こんな時でも冗談を言えるクコって大物なのかも知れない。
これは誰か止めないと……
そう思ってたら救世主が現れた。
ヘカタ代表の側近と呼ばれていた年配のエルフだ。
両者の間に入った年配エルフは両方の出現したモノを見比べていた。
これで喧嘩が止まると思った時!
「やってみろよ! ほら、面白そうだから使ってみせろ」
デスリエ王女だ。
ニヤニヤと上目遣いって事は谷の民だろう。
「困ります、デスリエ殿」
「やだぁ、またイシドールがカタイ事言うぅ固いのは名前だけにして」
イノウタが駆けつけて一瞬で花の民モードに変化したデスリエ王女を引っ張って行った。
さてイシドールと呼ばれた年配エルフはどうするのか?
ボソボソと配下の者と話しているが聞こえない。
するとイシドールの両手から湯気のようなモノが立ち上がった。
そして大きな掌になりヘラジカも司祭も握り潰してしまった。
「で、しばらく俺達のそば居させてくれと?」
「はい……どこに居ても近寄るなって言われるんです」
「そりゃそうだぜ、ククク」
あれから何度も湯気司祭を出そうとマテオは挑戦したそうだが出ないらしい。
結局、喧嘩した相手であるイシドールの配下の男とは話すようになり湯気ヘラジカの事を聞いてみたが、あちらも出ないそうだった。
「……イシドールさん……湯気の手……聞けた?」
「それは本人からは教えて貰えなかったんですが……」
前回の古道通行時にイシドールが身につけたモノだと分かったそうだ。
「その情報は、どうやって手に入れたんだよ?」
「それが他の同行者から近づかない代わりに情報くれって言うと、皆さん無料で情報くれるんすよ」
この獣人ほんとに厄介な性格をしてる……
毎回、何が起こるかわからない呪われた古道だが……
湯気っぽい現象は毎回、共通してるのかも知れない。
その答えが分かったのは翌日の事だった。




