司祭とヘラジカ
「これが古道?」
「でしょうね」
意外な幕開けだ。
いや、本当に幕開けなのだよ。
「……何で……布?」
「これはカーテンだ」
「何だぜカーテって?」
(ラッカが居ないと普通に日本ワードを説明しなきゃならなくなるな……)
「あらあら、アーモンの、いつものヤツね」
(助かったメルカありがとう)
石の柱。
黒い蔦の下に布……
と言うか幕?
ビロードのような、それを捲って入って行く。
そこが古道の入口だった。
「これじゃ全然普通に入れるぜ」
「普段は強力な魔法障壁が何重にも展開されているんですよ。今回はデスリエ王女の為、特別に解除されてます」
「そか」
「あ、何か冷たくないですか?」
「マテオと絡むとトラブルになるからな」
こいつは確かに情報通だが所詮はポーターだ。
情報を話したくて仕方ないらしい。
「なあなあマテオ、もしかして本当は情報屋になりたかったのか?」
「うっ、どうしてそれを!」
「価格交渉する前に話しちゃうから商売にならなかったんだぜ?」
「うっ、どうしてそれを!」
「……仕方なく……ポーターしながら……真似事」
「うっ、どうしてそれを!」
「あらあら、可愛いわアルパカさん」
「リャマです」
こんなバカバカしいやり取りが出来るくらい布の向こう側は、しばらく何でもない道だった。
ここまでは街の中も細道も雪で覆われていたが古道に入ると、まったく雪は見られなかった。
それどころか……
「あ、暑いな」
「あらあら、上着を脱ぎましょう」
聞いていた通り快適な温度になっているようでスモークシルクを封入した上着やマフラーウルフの毛皮を着ていると暑かった。
『呪われた古道』と聞いていたので構えていたが初日は何事もなく過ぎていった。
壁画のある岩山が並んだ場所が今夜の宿泊地だ。
かつてイドリーが砂漠で天幕を張ってくれていたのを思い起こしながら布を張ってみるが最初は上手くいかなかった。
「アーモン手伝うぜ」
「……こっち……押さえてる」
「あらあら、こうかしら」
そうだ1人で何でも、やろうとしても無理だ。
今はまだ……
頼って良い事は、ちゃんと頼ろう。
「それにしても何だぜ? この絵」
「昔の絵なんだろうね、凄いや」
見上げる程大きな切り立った岩山。
その岩山の壁面へ描かれていたのは平たい角の生えたヘラジカのような生き物だった。
毛が長いので前の世界のヘラジカそのものではない、こちら独特の鹿である。
そして我々を含めた旅の一団を挟んで反対側の岩山の壁面には司祭のような絵が描かれていた。
どちらも黒一色で消えかかっており不気味な印象だ。
「こういう大切な場面では説明に来ないんだよなマテオ……」
雇われた中から夜の見張りを順番にするそうだが特別に許可され同行してるだけの俺達に、その義務はない。
まあ、報酬もないのだから気にする必要もない。
だが、そろそろアイツらって何? 的な見方をする人が出て来てもおかしくないだろう。
(イドリーなら上手く切り抜けるんだろうな、どうするかな……)
いざ離れてみるとイドリーとラッカの存在は想像以上に大きかった。
事件は夜に起きた。
ピー!
緊急を知らせる笛の音である。
すでにガヤガヤと騒がしくなっている天幕の外へ起き出してみると……
「……鹿……出てる」
壁面からヘラジカが出て来る最中であった。
体の半分以上が露出している、ゆっくりジワジワ出て来ている。
「あらあら、ここは危ないわ」
「そ、そうだ離れよう!」
俺達の話を合図のように周りにいた人々も一斉に動きだした。
パニック状態だ!
このままじゃ身動きが取れなくなって共倒れの可能性が高い。
その時、空に轟音と稲光が走った!
と、同時に、すっと耳へ声が届いた。
「我先にと動く者は許しません。二列に整えて来た道を戻る。それだけが今現在のルールです。守れぬ者は先ほど空へ放った雷撃を個別に落とします」
威圧的でありながら荒げぬ声。
命令的でありながら包むようなニュアンス。
山の民モードのデスリエ王女である。
「あらあら、さすがデスだわ」
「ああ、さすが母ちゃんだパニック収まったぜ」
ヘラジカの全身が出る頃には旅団全員が安全な場所まで移動していた。
すると今度は司祭の目が光り絵から出始めた。
ゆっくりジワジワと、やがて全身が出ると手に持つベルを鳴らした。
「これは闘ってるのかな?」
「……踊り……かも」
荒ぶるヘラジカを司祭が諫めるような仕草。
司祭の服が動く度に揺れ、ヘラジカの地面へ届く程の長い毛も、また揺れる。
独特のリズムのそれは儀式のようでもある。
あえて呼ぶなら闘舞であろうか……
いつしか一団の皆は、その摩訶不思議な光景に見入っていた。
だんだん速度が上がっていく司祭とヘラジカの闘いのような舞のような、それは、とうとうヘラジカの首を司祭が落としてクライマックスになった。
「霧散した?」
「いや、何か降ってるぜ」
消えゆく司祭とヘラジカの代わりに何かしらの粉が舞い落ちていた。
「えー、皆さん、何かしらのレアアイテムかと思われますが決して持ち帰らぬようにお願いします」
イノウタの注意事項が伝えられた後、天幕へと戻ったが……
赤い瞳を輝かせ解析眼を発動したピスタが驚く事を言い出した。
「ミスリルの粉だぜ」
「なっ!」
「ピスタもう言わないでな、周りに聞かれてないよな」
「あらあら、誰も聞いてなかったわ」
超絶貴重な金属であるミスリル。
それが粉とはいえ我々の宿場に降り積もっている。
集めたい衝動と、さっき見た光景の衝撃とで中々、寝付けない夜となった。




