商人イドリー
皇都バビロニの、とある一室……
「以上が調査対象の報告であります」
「そうか気づかれぬ様に今後も探りを続けてくれ」
商人イドリーとは仮の姿である。
とある組織の調査員として砂漠の修道院へ定期的に通っている。
皇都からラマーニ修道院までは相当な距離があるが書面報告は絶対に使わない。
口頭での報告のみを続けている。
「さて休む間もなく戻りますかね……」
砂漠の西と東を行き来しているだけの商人として振る舞う為に大急ぎで戻るのだ。
この華やかな皇都で羽根を伸ばす事もなく。
ドーベルマンに似た犬型の獣人。
ただでさえ良く効く鼻に砂漠の周辺では味わえない料理の匂いが滞在を誘惑する。
「あまり休ませてやれず、すみませんね」
そう言って馬の首を一撫ですると跨がった。
無理に砂漠の匂いを思い出すとラクダを預けた街まで馬を走らす。
「さぁ出発だ。はいやぁ!」
歴史上唯一のサークル初代皇帝バビロ1世が治めた国バビロニーチの皇都バビロニは華やかなだけでなく堅牢な街づくりで知られている。
これだけの国を皇族の末裔が一族統治で治め続けている事は、この世界の歴史上においても極めて稀である。
その国の中心都市の何者かから監視を続けられるラマーニ修道院、通称、魔眼修道院には、それだけの大きな秘密がある。
それは修道院でも一部の者のみが知る秘密である。
やはり出たのは毒針の尾が二本あるサソリ型の魔物ダブルスコーピオ。
アーモンのスキルを利用した攻撃とラッカの魔法攻撃はシングルバット戦で鍛えた連携で様になって来ていた。
それでも慣れないダブルスコーピオには苦戦していた。
「うぁ、さ、刺されたぁ」
「はい、解毒薬」
シングルバットの魔石を生成して作られた解毒薬の効果はバツグンだった。
「慣れては来たけど毒針が二本あるのが面倒だよなぁ」
近付こうとすると毒針で威嚇してくる。
警戒しつつクイックで攻撃しようにも二本目の毒針が待っている。
どうしても毒針ばかり気にして鋏のような手に挟まれて結局は刺される。
この繰り返しになっていた。
遠隔攻撃の手段が、ラッカの魔法しかないのが厳しかった。
「ここで、鍛えたら早く魔眼帯外せるよね。そしたら僕パンを焼くんだぁ」
深夜の横穴へ連れて行く事を解毒薬生成の条件にされたので、あれ以来しかたなくマルテルを連れて来ていた。
「鍛えたらって、ほとんど何も倒してないじゃないマルテル」
ラッカが呆れて言う。
「だって僕は杖もないし、アーモンみたいにスキルも上手に使えないから……」
いじけドワーフのマルテルを横目に、って横目も見えてないんだけど
「スコーピオホイ○イとか殺虫スプレーとか作れねぇかな?」
なんて冗談を俺が口に出来るって事は、俺逹それなりに余裕は出始めてるのだろう。
「何それ? アーモンって時々知らない事言い出すよね」
こんな夜を何度も繰り返していたが、これから数日後マルテルのせいで、しばらく近づけなくなってしまうのだった……




