1-8 突然始まる、異世界の旅
「おっさん、商売すんじゃねぇのか?」
「ん? ああ、ここでは売るものがないからな」
「売るものがない?」
「おう。村長が欲しいものを俺は持ってないからな」
ああ、あの話しに行った時に一緒に聞いてたのか。
「ふーん、じゃあおっさんはこの村では商売しないってことか」
「いやいや、売るものはないが、買うことはできるからな」
「なに? あの中にまだ入るのか?」
俺は親指でもうずいぶん村の中を歩いたので見えなくなった馬車のある方を指した。
中を全部見たわけじゃないが、あれは詰まってる。
「入る入る。まだ……そうだな半分ってとこだな」
「そうか?」
どうみても限界な気がしなくもないが。
まあおっさんが入るってんだから大丈夫か。
「それで兄さん、どこへ行くんだ?」
「別に。初めて来た場所だしなぁ。……そうそう、うまいもんがないか探そうとしてたんだった」
そこで初めて村の中へ注意して目を向けた。
……どれがなんの家なのか全くわからない。
外見は茶色い枯れた茎みたいな細い葉っぱで全体を作った家だ。全部。扉もついてはいるが同じような草と切り出した木材のようなものでできていて代わりばえしない。
一つもそれ以外の家がないのだ。
全部民家なんじゃないか?
「うまいもんって食い物だよな? ならこっちにあるぜ」
おっさんが右の方に突然歩き始めたので仕方がなくついていく。
家の間を抜けると、少し開けた場所に出た。
草を編んだ変な敷物の上に外国のくだものが並んだ光景が、目に飛び込んでくる。
色とりどりのくだものだ。
ピンクっぽいスイカのような大きさの三ヶ所にヘタが付いたリンゴみたいな形の物や、黒いイチゴみたいなものまである。
まあ、食えりゃあなんでもいいか。
敷物が何ヵ所かあって、品揃えも以外に違う。
ただ、肉は売っていない。
くだもの食っても腹にたまらねぇからな。
「兄さん、今日は品が多い方だぜ」
「ふーん。これで多いのか。しかしくだものばっかだな」
「ん? 別の食い物を探してるのか? 例えばなんだ? 粉とかか?」
「ちげぇよ。肉だよ肉。肉を食いたくなったんだよ」
「おいおい、贅沢を言うなよ。肉なんかそうそう手に入るわけないだろ?」
贅沢って肉が?
まあ、それなりに高いものもあるかもしれないが、そんな良い肉が欲しいわけじゃない。
金持ちが好きそうなうまいもんなんかは食ってなかったしな。
「おっさん、持ってたじゃねぇか。干し肉。干してないのが食いたかったんだよ」
「はぁ……だから高いっていっただろ? 肉は。肉は手に入れるのが大変なんだよ。それに干してない肉だ? そんなもん、俺もここ数年見てねぇっての」
「あ? なんでだよ。そのあたりに肉なんていくらでも…………ん?」
……ここへ来るまで数日経ったが、まだ一度も動物を見ていない。
鳥すらいない。虫の声も聞こえない。
いや、一つ動物を見てはいる。
おっさんの乗り物に使われてる変な六本足の犬みたいな生き物だ。
後はポーンとかいう溶ける液体を出す生き物かどうかも怪しいやつだ。
あれは多分食えないし、そもそもが肉じゃない。
「う、嘘だろ? 肉、ないの?」
「どんな楽園からきたんだ兄さん。魔物はいないっていってたし、まあ肉は諦めるんだな」
まあ肉ぐらい多分俺のMPとかいうのが回復すれば手に入るはずだからいいか。
当分はMPを飯に使うことになりそうだな。
「まあ肉はいいや。どれどれ、一つくだものを食ってみるか……おい、店員これをくれ」
敷物の向こうにいる店員らしき痩せた男に声をかけた。
いや、めちゃくちゃ痩せてんな! 飯ちゃんと食ってんのか?
痩せすぎてて年齢もどれぐらいかわからない。
俺の指差した手のひらサイズのキウイみたいな毛が沢山ついた紫色のくだものを掴むとこちらに差し出す。
「小銅貨一枚……だよ」
「あ? 小……銅貨? なんじゃそれ」
「おい兄さん、金がないのか?」
そういえば金がねぇんだったな。
サイフがあれば日本円をだせたんだが、携帯もサイフも胸ポケットに入れてたガムもなにもない。
変な歩き方のメモに変わりやがった。
「か……買ってくれ……頼む! こ、これも付けるから!」
店員の男が何を勘違いしたのか身を乗り出してくだものを俺に押し付けてくる。
「ああ、いやいやすまねぇな。金がねぇんだよ。忘れてたわ」
「嘘……なんだろ? 値段が……高いんで金がないって事にしたんだろ? じゃ……じゃあもう一個、これつけるから、なぁ、小銅貨一枚でこれ、買ってくれよ」
「あ? 何言ってんだ? 金がねぇんだよ本当にな」
「……」
男が下を向いて固まってしまった。
いや、なんか悪いことをしたような気がしてくる。
人に飯を売る前に自分でそれ食っちまったほうが良いんじゃねぇのか?
「あーあ、金がねぇからなんもできねぇなこりゃ」
「兄さん、真面目な話、これからどうすんだい」
「あ? まあ、なるようにしかならねぇからな。とにかく日本に……そうだ! ここの村長、日本の事を知らねぇかな? ちょっと聞いてくるわ」
「まてまて、もう聞いてるよ。兄さんの事を説明するときに一緒にな。やっぱりニホンとかいう地名や国は聞いたことがないそうだ」
「そうか……」
どうしようか。
というか、本当に俺がどうやって外国に来たのかが気になる。
バカどもに殴られた傷が無かったから、裏路地の最後の記憶からはいくらか時間が経ってるんだと思うが、全く思い出せない。
金がないので仕方なくくだもの市場を後にした。