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恋愛興味なし令嬢と、恋愛至上主義の御曹司

作者: Aki

昔から恋愛事にはイマイチ興味はなかった。


それよりも世界中を旅行したり、本を読んだり、歌劇を観たりするのが好きで、恋愛よりもそういった事に時間を費やしていた。友人達と過ごすのも面白いが、相手の都合を聞いて時間を合わせるのが面倒になってしまい、気づけばおひとり様行動が大好き人間と化していたということは言わずもがなであろう。でもそれが寂しいなんて微塵も思わなかったし、むしろ気楽で万歳といったところだった。


「あれぇ、ユリーも今年結婚みたいねえ」


仲のいい友人の一人、ユリーから届いた手紙をペラリと母親と父親に見せると、母親が渋い顔をした。


「またあなたの友人がご結婚を…。それで?あなたはいつ相手を見つけて来てくれるのかしらね?」

「さあ?それは私が知りたい。って言うか、別に生涯独身でも私はいいし」


齢二十九。あと一年で三十台となる。私の友人たちは比較的独身の子達が多かったが、ここ一二年の間に次々と結婚&出産というのが続いている。類は友を呼ぶとはよく言ったもので、友人たちは私と同じように好きな事を好きなだけしている子ばかりだったのに、年貢の納め時と言わんばかりに結婚ラッシュだ。目出度いことは目出度いし、私は生涯独身でもいいとは思っているが、でも最近は思うところもあるわけで。


部屋に戻り、ベッドに身を投げる。ごろりと寝返り、天井を眺めて目を閉じ、自分の半生を振り返る。


我が国・ベーラカルトは元々王制国家だったが、王位継承者が戦死したことでその血が途絶えた。加えて時代の流れもあったのだろう、力のある政治家たちの台頭で、数十年前に共和制へと変わった。


私がまだ子供の頃だった。王さまはもういません、政治体制が変わりますと学園で発表があった。加えて貴族、平民といった身分もなくなります、税金は皆が納めるものです、奴隷たちは解放令が出されましたといった「お知らせ」が矢継ぎ早にもたらされ、皆混乱の中にあったものだった。うちも男爵とは言え貴族の身分だったのだから、突然貴族ではなくなりますという知らせを受けた時、父や母は困惑していたようだった。


けれど私はちょっと違った。


子供だったということもあろうが、ワクワクしたのだ。「新しい時代の幕開け」だと胸を躍らせ、さらに新政府が掲げた「女性の社会進出」という言葉に喜びを隠せないでいた。


私の祖母や母は、親の決めた相手のところに嫁いだ。それは貴族社会では当たり前のことなのだが、「自由恋愛ができるならしてみたかった」と祖母は言っていたし、母も「働くってどんな感覚なのかしらねえ…ちょっとだけやってみたいけれど、貴族令嬢がそんな事するものじゃないしね」と言っていた。半分冗談かもしれないが、祖母や母の言葉を聞いていた私は、結婚というものに対して憧れを抱かない子供となっていたわけである…。


学校を卒業すると同時に、私は運よく仕事に就けた。女で、しかも元貴族が仕事をするなんてと言われた時期もあったが、どうやら私には仕事の才能があったようだ。めきめきと職場で成果を出し、トントンと出世をして、いなくてはならない人!とまで周りから言われるようになった。それは私にとって嬉しくもあり、自分の居場所と生き甲斐を見つけたと感じた瞬間だった。加えてお給金も良かったので、家計のプラスになるのと同時に個人的に使えるお小遣いも増えて大満足!ここぞとばかりに旅行をしたり遊んだりしたわけだ。


という流れがあり、恋とか恋愛とかに全く興味の持てない女子となってしまった。それはそれで私自身の選んだ道なので不満は全くなかったが、嘆いたのは親や親戚の人たち。そして職場のおじさんたちにも「早く結婚しろよ」と言われる始末。もうね、余計なお世話だし煩いよ!って心の底から思う。私が何をしようと勝手だし、恋愛事には興味ないって言っているのに!


けれどこの前、おじさんが真面目な顔をして言ってきた。


「今はそれで良くてもね、いずれ結婚したい、子供を持ちたいって思った時に相手がいないんじゃ困るのはアリーナだよ?だから相手を見つけておきなさい。そして誰からも祝福される幸せな結婚をしなさい」


それを聞いた時は本気で切れそうになった。だからほっておけって!結婚することが女の全てなのか!結婚していない女はそんなに蔑まれなくちゃいけないのか!私は自分自身に誇りを持っている。今の自分に満足もしている!仕事も楽しい!何がダメなの!?一々煩いよ!って。本当にそう思った。


しかししばらく時間が経って、周りの友人たちの結婚&出産が続くと流石に色々考えるようになった。


やっぱり結婚して子供を産むことが女の最大の幸せなのだろうか?少なくとも私は仕事をバリバリやって、世間に名前を広めたいという願望があるのだけれど…。世の中の女性陣達はそうではないということなのかと思わず溜息が出てしまった。女の在り方という固定概念はどうしても消せないものだし、それと比べられてああだこうだと言われるのも仕方ないということなのだろうな。



***



金髪の髪をきゅっと高く結わいあげて、シンプルな仕事用のドレスを身に着ける。ヒールは高くないものを選んだ。舐められないように、最近は眼鏡を着用しているわけだが、密かにこれはマイブーム。


「我が商会をご利用頂きありがとうございます。ブレストグルグ商会より遣わされました、アリーナと申します、初めまして。本日はよいお話し合いができることを期待しておりますわ」


くいっと眼鏡を指で持ち上げて顎を少し斜めにするだけで、「できる女」と言われる。チョロいもんだ。でも見かけだけじゃないんだぞ、と心の中で一人ごちる。


「ようこそ、アリーナ殿。やり手の女性だと噂は伺っておりますよ。こちらへどうぞ」


面と向かって言われるとついつい苦笑が洩れる。


今回、我が商会と取引をしたいと連絡をしていきたのは元貴族のファウスト家。貴族の身分であった時より貿易業で財産を増やしたとのことだが、共和制になってからは商人として隣国で活躍していると聞く。


目の前にいるのはまだ若そうな青年。名前を聞くと「アルジャン・ファウスト」と名乗られた。成程、ファウスト家の息子さんか。品の良さそうな感じだし、なかなか整った顔立ちだし、モテそうだな。黒い髪はさらりとしていて綺麗だし、清潔感もバッチリだ。痩せても太っていないところも評価は高いだろうなあ。


と考えるのはここまでにしてっと。


「早速ですが、ファウスト家からは何の商品を取引したのです?」

「絹織物ですね。隣国ではなかなかいい値段で売れるので、是非こっちでも仕入れたいと思いまして」

「ですが絹は高級品ですので…」

「勿論、お金がかかることは分かっておりますよ。そこは話し合いで」


座った途端にすぐ仕事の話を始める。


アルジャンさんは穏やかで優しげな話し方だが、的確な答えを即座にくれるのでとてもやりやすい。上手くいけば、なかなかいい取引相手となってくれそうだ。


ああだこうだと長い事議論をし合って、気付けば二時間半経っていた。一段落ついた所で、私もアルジャンさんもふうと息を吐いた。


「アリーナ殿、ありがとうございます。有意義な話し合いができました」

「そうですか、それは良かったです。また今後もどうぞよろしくお願い致しますね」


話もまとまったし、お暇しようと頭を下げて立ち上がれば


「ああ、折角なのでお茶でもどうぞ。ゆっくりしていかれて下さい」


とお菓子とお茶が出された。おお…これはなかなか絶品と有名なお菓子ではないか!お腹も好いたし、遠慮することなく席に着いた。


「ところでアリーナ殿。私とあなたは、実は昔に少しだけ会っているのですよ」

「え?」


お菓子を口に入れたまま思わず答えてしまった。いけないけない…。と、口を押させて首を傾げた。私とアルジャンさんは昔に会った事があるって?でもそんな記憶全然残っていませんがっ!アルジャンさんは私の反応を苦笑して見ていた。


「やはり覚えておられませんでしたか…。あなたは男並みに働いていましたからね。私など、全然気付かなかったのも無理はない」

「…失礼ですが、それはいつのお話ですか?」

「あなたが去年、隣国に来た時ですよ。いらしていたでしょ?」

「………ああ…。取引で港町に行った時ですかしら?でもそこまで長居はしておりませんよ」

「はい、ですから。その一瞬の時に」


一瞬ならば覚えてないっつーのと突っ込みたくなる。何か重要な話をしたのだったならまだしも。道端を歩いている人を全員覚えろって言われても無理な話に等しい。


「実は…その時からあなたの姿が忘れられずにいまして」

「………へ?」

「あなたのような美しい女性が、テキパキと仕事をしているのが新鮮でして」

「……はあ、どうも…」

「私は常々、尊敬する女生とお付き合いをして、ゆくゆくは結婚を…と考えていましてね」

「…………ふうん…?」

「そんな時にあなたを見つけました」

「………はぁ…」

「あなたのような女性は、きっともうご結婚されていると…。私など足元にも及ばない旦那さんを見つけているのだろうと思っておりましたが」

「………」

「調べてみて、まだご結婚どころかご婚約もされていないと耳にしまして」

「………はい…まあ…そうですね」

「これは神が私に与えてくれたチャンスだと思いました。だからこそ、私はあなたのところと取引ができるように頑張りまして」

「……………」

「アリーナ殿、改めて申し込みます」

「いえ、お断りを」

「私と、どうか結婚を前提にお付き合い下さい」


その瞬間、私は立ち上がって部屋の外へと飛び出して行った。




***



私はきっと「変わっている」女なんだろう。男の人から告白をされて「はあ?まじで言っているのこの人。なんで私?いやいや、私は結婚なんてごめんだから!」なんて考えてしまい聞いて逃げてしまうなんて。長年培われたモノはそう簡単に変えることはできないようだ。やっぱり私は一人で生きて行きたい女なようだが…。


「アリーナ殿!こんにちは!ご機嫌いかがですか」

「………また来た…」

「はい、また来させて頂きました!」


アルジャンは凝りなかった。(もうアルジャン‘さん’呼ばわりはしない。呼び捨てで十分だ)


あれからというもの、我が家に花束を持ってやって来るようになった。うちの母親達は大喜びで、早く結婚しなさい攻撃が始まり、ここ最近私は随分とうんざりしている。


母親が有難くない気を利かせてか、アルジャンを私の部屋へと上げて「ごゆっくり~なんなら既成事実をつくってしまっても良くてよ!」とか爆弾発言まで残して行く始末。


「アリーナ殿、私と恋を育てて行く為に!時間を共有しましょう」

「………」


見かけはかっこいい方だろうに、アルジャンはつくづく残念な男だと思う。なんでこいつの頭の中は花畑なんだろう…。ああもう、こういう理解不能相手にはビシッと言わなくちゃ駄目みたいだな。


「ねえアルジャン。私なんか止めておきなよ?あなたはカッコいいし、お金持ちなんだし。もっといい女性がいるよ?」

「いえ、私の恋人はアリーナ殿と決めております」

「…勝手に決められても困るんだけれど」

「他に誰か想い人でもいるのですか?」

「いや…いないけれど…。でもそういう問題じゃなくて…」

「でしたらいいではありませんか。私を選んでみてはいかがです?」


アプローチされるのは…正直悪い気はしないよ。気に入られるのはね…。でもその気もないのにぐいぐい押されると、段々辛くなってくる。


「アリーナ殿。私は自分にふさわしい女性を選び、その女性と結婚をして幸せな家庭を築いていきたいと思っています。是非一緒に人生を歩んでみませんか?」

「………だから…。そこが私とあなたの違いなのよ…」


アルジャンは首を傾げた。溜息をつきながら、私は彼に向き合う。


「アルジャンは、愛する女性と結婚式を上げたいのよね?」

「はい、それは盛大に。親戚一同、友人にまであなたを紹介したいですよ」

「そして子供も欲しいと」

「はい、それはもう。五人くらいは欲しいですね」

「そうするのがあなたと私の幸せだと?」

「きっとそうなるでしょう。女性たるもの、ふさわしい夫を選んで、かわいい子供たちに囲まれる以上の幸せがありましょうか」

「……でも私はそんなの望んでないのよ」


アルジャンの目が私を真っ直ぐに見つめる。私も彼をそうした。


「私は今の自分に満足しているのよ。仕事を持ち、お給金も頂けて、好きな時に好きなことだけをできる今の生活が凄く好きなの。自己中心的と両親には批判されもするけれど…でも何より自由を愛する女なのよ私って」


アルジャンは何も言わない。だから私は続けた。


「結婚式なんてやる意味あるの?ドレス着て友人を招待して。おめでとーなんて言ってもらって。いえ、やる意味はあるかもしれないわね。一つのけじめとして。でも私は面倒だしやりたくない。式をするまでの手間と時間とお金を考えたら、やる意味も意義も私の中ではないの」

「………」

「子供も可愛いわ。私も嫌いじゃない。姉に子供がいるからね、甥っ子はとっても可愛いわ。でも自分が欲しいかと問われたら…いらないかなって答えてしまうの。だって妊娠して出産して育児って、どれだけ自分の時間がとられると思う?仕事もできないわ。たった数年のことだけかもしれないけれど…でも数年なのよ!耐えられないと思うの、私は…」

「………」

「周りの友人たちも結婚して出産して…凄く幸せそうよ。うちの親も、早く結婚して孫の顔を見せろって言うわ。でも私は反発しか覚えなくて…。今のままの私は駄目なの?、そんなに結婚して子供を産むのが裏いの?って思うの」

「………」

「分かる?私って、自分の事や自分の時間が大切なのよ。結婚はそれを奪うためのものだとしか…今は思えない。最低だと思う?」

「………」

「がっかりしたでしょ?私ってこういう奴だよ。恋愛とか、全く興味沸かないの。今の私にとって、結婚なんて重荷でしかない」

「………では、もし…ですよ。生涯独身のままで、年老いた時に寂しくなったらどうします?あの時、誰かと一緒になっておけば良かったなと感じたとしたら」

「その時はその時でしょう?でも自分がそうなるなんて想像できないわ。きっと年をとっても、好き勝手な事をして楽しんでいるかもしれないわ。私って大抵の事は楽しめる性質だし」

「身体を壊して働けなくなったりしたらどうします?面倒を看てくれる子供がいた方がいいかもしれないのでは?」

「……それこそ論点ずれてない?子供は自分の保険の為に産むものじゃないでしょう?自分の尻くらい自分で拭けるようになるっていうのが私の人生目標よ」

「……はは。そうですね」


アルジャンはしばし口を閉じた。がっかりさせてしまったかなと思いきや、彼の顔は清々しいと言わんばかりの色。なぜそんな表情になっているのか不思議だが…。


「アリーナ殿」

「はい」

「私の家の事をお話ししても?」


アルジャンの家のこと…。唐突だったが、私は頷いて先を促した。


「私の母と父は、愛のない結婚をしてね…。父も母も、他に愛人がいた。けれど親同士が決めた婚約者だったからね。嫌々結婚したというわけだよ」

「…貴族社会ではよくあることですね」

「まあね。でも私はそれを見て育ち、心に傷を負った子供だった…。親の喧嘩する姿というもの程、子供にとって嫌なものはない」

「………」

「だからこそ私は幸せな家庭を築くことを夢見ていた。親とは違う家庭にしたいと…心からそう思っていたのですよ」

「………」

「その為には‘愛’が必要だと思った。お互いに愛がなければ駄目だと。故に、私は自分の好きになった女性を妻にしたいとずっと思っていたんですよ。とは言え、そう思っているせいだからでしょうか…?なかなか人を好きになれなかったんです。頭であれこれ考えている間は、本気で恋に落ちるなんてことはできないものですよ」

「………そうなんですね」

「でも私はあなたを見つけたんです。女性なのにそこら辺の男以上の実力があって、テキパキと仕事をしているあなたの姿が…新鮮で眩しかったんです」

「………」

「あなたを尊敬しました。単純に凄い人がいるなって思って…。それからです。気付けばあなたのことを考えていて、あなたに会いたくて仕方なかったんです」

「………」

「恋に落ちるのって不思議ですね。自分でもどうしてだろうって思います。正直に言えば、あなたより女性らしい考え方の人の方が私には合っていると思います。私は…自分で言うのも恥ずかしいのですが、男にしてはロマンチストな考えの持ち主らしいので」

「………そうですね…。ロマンチストかもしれませんね…」


アルジャンはですよね、と言って笑った。


「そんな私ですから、私と同じようなロマンチストな考え方を持つ女性の方が絶対に上手く行くのは分かっていますよ。妻になる人には家にいて欲しいですし」

「……私は外で働きたいです…」

「子供と楽しい時間を過ごして欲しいですし」

「……たまになら良くても毎日はきついです」

「はは、私とアリーナ殿は本当に正反対の考え方ですね」

「…ですから…そう申し上げているでしょう!私とあなたでは合いません!絶対無理です」

「でも私はあなたに惚れてしまったんです。どうしたらいいです?」

「………っ…って…。そんな事を言われても…」

「アリーナ殿は私の事をどう思います?」


突如ふられて、思わず深い溜息が零れる。


「どうって……そんな事言われても…」

「私の見てくれはどう思います?嫌いですか?それとも少しはいいと思います?」

「……いえ…。あの…カッコいいですよ…。アルジャンを格好悪いなんて言ったら、世の中の男性陣全てが格好悪いになりますよ…」

「ありがとうございます。では私の性格はどう思います?」

「だからどうって言われても…。そもそも、私はあなたの事を全然知りません!穏やかそうだけれど、結構粘り強いところもあるようですし、そしてロマンチストってくらいしか」

「十分ですよ。他の細かいところは追々知ってゆけばよろしいんですから」


いや…追々って。


駄目だ。やっぱりこの人、私が断っているのを理解していない。更に強く言わなくては駄目かと思って口を開いたが…。それはアルジャンによって阻まれた。


「っ……!?」


気付けば私はキスをされていた。目の間に彼の顔が近づいて来たと思ったら、そのまま唇が重ねられたのだ。


ファーストキスだった。よく「甘い」とか「ドキドキする」なんて表現がされるが…残念ながらそんな感覚は微塵もない。ただ不思議で奇妙な感じで…。唇が離された時は「ポカーン」としてしまった…。


「全くねえ…。どうして本当に、あなたのような恋愛否定者に惚れてしまったのか…自分でも謎ですよ」

「………あなたは勝手に何をしてくれたのよ…」

「いいじゃないですか。減るもんじゃないですし」

「……確かに減りはしないけれど…。こういう事を勝手にやったら、他のお嬢さん方は騒ぐと思いますよ」

「他なんかにはしませんよ。そんな不誠実なことを」


アルジャンは楽しそうな表情で私から離れると、再び元の場所に戻って静かに口を開いた。


「ねえアリーナ殿。やっぱり私とお付き合いしましょうよ?」

「…………………私の話、聞いてました………!?」

「勿論、聞いてましたよ?それが何か?」

「いや…だからね………!私って、一人が好きで!好き勝手やっている女なんですって!仕事が第一で、もっと上に行きたい願望もある奴で!だから結婚とか出産とかに興味ないんですって言ったよね!?他の女を探した方がアルジャンの為ですよーって!」

「でもあなたを待つのは私の勝手でしょう?」


思わず絶句…。待つ?待つって…。


「あなたの気が変わってくれるのを待ってもいいでしょう?結婚とか出産とか幸せな家庭とか…そんなものこの際どうでもいいですよ」

「……どうでもって…」

「取り敢えずは、どうでもいいですよ。あなたが、私となら一緒にいてもいいかなって思ってくれることが第一ですから」


何も言い返せない私を見て、アルジャンは優しく笑った。


「世間では言葉が先走りしてしまうのですね。私もその事実に今気付きましたよ。‘女性ならば結婚して当然だ’、‘子供は産むべきだ’、‘女の幸せだ’とかね…。でもそんな事よりも、男女が一緒になるということは……‘この人とならいてもいいかな’という思うことからが始まりなんですよね」

「…………」

「私はそう思ったんですけれどね。アリーナ殿となら一緒にいてもいい、いや、むしろ一緒にいたいと。でもアリーナ殿はまだ私に対して、そのような気持ちは持ち合わせてはいませんでしょう?」

「……そりゃそうでしょう…。私からすれば、あなたは先日初めて会ったばかりの人ですよ」

「ですよね。そこは素直に謝ります。私が突っ走りました。申し訳ありませんでした。でもね…」


アルジャンはそっと私の手をとった。彼の手はほんのり温かかった。


「私の事を好きになれば、きっと私と一緒にいたいと思う日が来ますよ。その後に結婚とか子供とか考えれば良いのでは?」

「………」

「私もあなたも、そして周りも焦りすぎなんでしょうね。人生は長いのですから、のんびりいくのも悪くないかもしれませんね」


何だかこの人に乗せられているような気がして堪らないのだが…。


「それでも私が、やっぱり結婚はしたくない!って言ったらどうします?」

「その時はしなくてもいいかもしれませんね。どうせ‘結婚’というのは‘形’ですから。アリーナ殿と一緒にいられるならば、形にこだわらなくてもいいのかなあ…と」

「…子供はどうするのです?子供、欲しいんですよね?」

「欲しいことは欲しいですが、まあ養子をもらうのでもいいかなって…。私は子供ならどの子でも可愛いと思う男なので」

「……私ほど、自由な時を愛する女はいないと思いますよ?私は束縛は結構嫌いですし」

「それは初耳です。では束縛しないように気をつけます。あ、でも旅行には私も同行させて頂きたく思いますよ」

「…ああもう…!話が通じている気がしない…!ねえ、聞いていい!?どうして私みたいな女を好きなわけ?!なんかおかしくない!?」


思わず叫べば、アルジャンはにっこり笑って


「それが分かれば苦労はしませんよ」


と言いのけた。











結局、それから数年。


私は相変わらず仕事をして世界中を飛び回る、忙しくも充実した生活を送っていたが、一つだけ変わったこともある。それは子供ができたことだ。


好き勝手に仕事をしている私が子供の面倒など始終見れるわけはない。けれど家には優秀な主夫がいる。優しくも、ちょっとおかしな主夫だ。だから家計は主に私の給金から…。立場逆転してる!って友人達には笑われるが、私の好きなようにさせてくれる夫には本当に感謝の言葉しかない。


今、少し離れた港町に仕事で来ている。夫と子供たちに贈る土産物を物色している最中でもあり…。


「おやアリーナ。酒を買ったのかい?珍しいね…お前さん、酒は飲めないだろう?」


そんな時に港町のおじさんに声をかけられた。


「私じゃないよ。夫にだよ!夫は結構お酒を飲むからね」

「ああ…成程。旦那にかい!折角贈り物にするんだ、メッセージを添えてみたらどうだ?」

「…メッセージ?メッセージかあ…」

「普段言えない事を書くんだよ。きっと喜んでくれるぞ」


たまにはいいかもしれない。色々考えて、私はペンをとる。カードメッセージの欄に、インクが乗る。


‘いつも私を支えてくれてありがとう、アルジャン!あなたと出会えたことは奇跡だよ!誰よりもあなたを尊敬している’と。


改めて書くと、妙に照れくさくて顔が熱を持った。








恋愛だ、結婚だ、出産だと女のあるべき姿にこだわっていたのは、他ならぬ私自身だった。意地になっていたと言えるだろう。でもそれが気にならなくなったのは、人生を共にしてもいいと思う人に出会ったせいだからなんだろうなあ…。


若かった私に言いたい。周りのことなんて気にするなと。女のあるべき姿なんか気にするなと。気にすれば気にする程、お前の頭はガチガチに固まるぞと。きっとあなたのライフスタイルと考え方に同調して力になってくれる人はいるからと…。


そんな人が現れた時は、感謝の意を心から捧げよう。あなたもその人をどこかで支えてあげようと。


行き方もあり方も一つではない。あなた達なりの道を見つけていってね…と。エールを送りたい。


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