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約束の約束  作者: 小河 太郎
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第壱話「夕景の天気占い」


「あーした天気になぁーれ!」


春夏秋冬(ひととせ) 柚 季(ゆずき)の一歩前を歩く、(かんなぎ)(ひな)は近年では全く耳にすることすらなくなった台詞を楽しげに言うと、下駄の代わりに学校指定の革靴を右片っぽ、上に向けて蹴り捨てた。


夕日の光に一瞬行方をくらませた靴は、小さな音を立て、すぐに目の前へと転がった。

その靴を彼女は片足を上げ、ぴょんぴょんと跳ねながら取りに行く。


「明日は、晴れだってよ!」


下駄と違い平面でないために、綺麗に裏返ることなんか滅多になく、晴れか曇りくらいにしかならない天気予報占いの結果を誇らしげに彼女は告げた。


柚季はスマホを取り出して「明日は、雨だよ」と言うと、彼女は「も〜、つまらないなぁ〜と」眉間にシワを寄せた。


とても仲睦まじい二人ではあるが柚季と雛は小学校からの同級生に過ぎない。単なる仲の良き友達だ。


どちらかと言えば元気で明るく、何事にも積極性のある彼女の性格は、クラスで委員長を務めているだけはある。ただ、頭は良いにも関わらず、運動神経が壊滅的な面が彼女の弱みでもある。完璧な人間はいないと言う良い例なのかもしれない。探せば何処にでもいるような、そんな女子中学生である。


そんな彼女とは対照的とも言えるのが、春夏秋冬 柚季だ。

どちらかと言えば静かで暗く、何事にも無関心で、クラスでもこれと言って目立ちもしない幽霊のような奴だ。頭も良くも悪くもなく、運動も出来ないわけではない。特徴がないのが彼の特徴なのだ。

特徴的なことと言えば、名前くらいだろう。春夏秋冬だなんて、幽霊苗字とされているほどのレアものだ。


「柚季は、本当にノリが悪いよね〜、だから友達が少ないんだよ」と彼女は、靴をトンと履き、後ろの方で手を組みながら、一歩、また一歩と先を歩く。


「余計なお世話だ。友達は雛以外にも、いるにはいる。二人もな。」


強がりであり皮肉だった。しかし、返って自分を傷つける言葉となったことは言い終えてから実感した。


「私くらいなんだからね〜、こんなひねくれた男の子と仲良くしてあげてるのは。感謝すること!」と彼女は振り向きながら、眉間に今度は笑いジワを寄せ、言った。


柚季は押して歩く自転車のベルを彼女に向けて鳴らし、「感謝してますとも、こんな僕と仲良くしてくれてありがとうこざいます」と嫌味混じりに言い、立ち止まったままの彼女をてくてくと追い越した。


「もう!本当、愛想ないんだから」


河川敷を歩く柚季と雛の右肩を、紅く染まった夕日が照らす。それに照らされた川もまた紅く染まり、真っ赤な世界が彼らを鮮やかに包み込む。柚季と、彼女はしばらくそんな夕日に見惚れたまま、ゆっくりと歩いて行った。


柚季と雛が出会ったのは小学五年生の頃だった。

隣の席になったのをキッカケに、何も話さない柚季に耐えられなくなったのか、次々と話かけてくるようになった彼女の積極性に負け、自然と打ち解けたのだ。

第一印象としては、話し続けるさまを、泳いでいないと死んでしまうマグロに例え、柚季はマグロ委員長、と勝手に内心では呼ぶほど雛のことをお喋りな奴だとばかり思っていた。

けれども、今でこそやたらお喋りなわけでもない。当時は隣の席の柚季が無口過ぎて、余計に言葉を見つけては、ひたすら口を動かしていたのだろう。


「ねぇ、柚季?もしも、私と柚季があの時、出会っていなかったらさ。今こうして二人で歩いていることもなかったんだよね」


いきなり、意味不明なことを言い出す雛に対して「何だよ、唐突に。」彼はそう言うしかなかった。


「いや、なんでもない!」


何でもないのに口から出てくる言葉じゃないだろう。


「ほら!早くしないと日も暮れちゃうし自転車乗せて行ってよ!」


押し歩く自転車がふと重くなった。


「お、おい。倒れるだろ!いきなりまたがるなよ……」


「あら、ゴメンゴメン。そっか、ほら!先に柚子がサドルにまたがってくれなきゃね」


「そういう問題じゃないのだが。」


柚季は二人乗りが苦手だ。軟弱で針金のような細身な彼には、女の子一人として後ろに乗っけてやれるか心配なところだ。雛でさえ自転車の後ろに乗せたことはなかったのだ。


しかし、それはあくまでこの〝時間〟におけるものであるのだが。


「なんで、また二人乗りなんか?」


「だって見ての通り私、自転車ないでしょ?それに、七時から塾なんだよね。急いで帰らなきゃなんだよ」


二人乗りを予めするつもりでいたかのような軽い口ぶりだった。


彼女も自転車通学なのだが、話を聞くと昨日の塾帰りに自転車をパンクさせてしまったようで、今日は少々早起きして登校したのだと言う。面倒なので、雛が自転車に乗っていない理由なんか聞きもしなかったのだ。と、言うかそれは、ずっと前に聞いた話でもあった。


「しっかりつかまった?」


呼びかけに雛は、「ばっちりだよ!」と言って柚季の脇腹に手をがっちりと添えて、前傾姿勢をとり、柚季にひっついた。


側からみたら、普通に彼氏彼女に見えてもおかしくなさそうな光景でこそあり、柚季もまた、なんてことを不覚にも思っていた。


「それじゃぁ、漕ぐぞ。」


「おうよ!」


(なんだ、その返事。)


ペダルに右足を乗せて左足を地から話すとすぐ様、同様にペダルに足を乗せて、そのままゆっくりと漕ぎ出した。


「なんだ〜、二人乗り出来るじゃん!柚季」


「ほ、本当だ。意外と大丈夫そうだ。」


もう慣れたものだ。後ろに雛を乗せ、全く臆することなく、むしろ後ろを振り返れるほどの余裕と共に、河川敷のそばをゆっくりと走った。

ただ、その余裕に反し、足元は飲み過ぎた酔っ払いのようにおぼつかなかった。正直、かっこは付いていないだろう。もし、自分がもう一人いて、この光景を目の当たりにしたら、女の子を乗せているにも関わらず、カッコのつかないその姿を見て、とんでもなく恥ずかしく思うだろう。こればかりは相変わらずどうしようも出来ていない。


「柚季、意外とバランス感覚あるんだね〜!でも、油断して転ばないでよ〜、怪我はしたくないんだから!」


女の子の体に傷なんか付けたら慰謝料ものだよ!と言う雛はなんて自分中心的なのだろうか。

雛はとても楽しそうだった。


「はぁ……。転ばないように気をつけてます!」


何処か気分が清々しいものだった。今回こそは、乗り越えられる自身があったからでもある。


如何にも「青春とはこのことなんだろう」と染まる夕日、肌を撫でる柔らかい風と背中から伝わる雛の温もりが、彼にそう感じさせていた。


そして同時にこれが〝成功ルート〟であることを柚季はひたすらに願っていた。


だだ只、自転車を漕ぐ。河川敷を抜けて、|人気ひとけの少ない道路へと出る。脇には先程まで走っていた河川敷を塞ぐように長い壁が道路に沿って続く。堤防の前を通る橋を渡り、坂を下る。雛を乗せて、柚季は、自転車の勢いが出すぎないようにブレーキを握りながら、ペダルに足を離してバランスを取るように、ゆっくりと坂を下って行った。


坂を下り終えると、日も同時に落ち、辺りは先程までの鮮やかな紅色の世界から一転して、真っ暗な世界へと変わった。


(越えられた……。)


内心喜び、心の中でさえ静かなガッツポーズをしていた。


「今日は、月が綺麗だね」


雛は、呟いた。


「あぁ、綺麗だね。よく見えるよ」


ここまで来ると、自身の喜びで一杯なため、声色こそ抑揚が有り余ってはいたが、心がこもっていないように感じたようで「本当に思ってる〜?」なんて雛に言われてしまった。


草木の多い小道に入ると辺りからは、鈴虫やらコオロギやらの虫の音が色んな方向から聞こえ、小道を走る二人ををまるで迎えているかのようにさえ思えた。


「秋だね〜」


「まだ、九月だけどな。もう、二十日だってのに暑くてしょうがないよ」


「柚季って本当、私の言うこと何一つ肯定しないよね……!全く、何処ぞの皇帝なのだか」


「上手いこと言ったとは言えないぞ」


「はいはい」


そんな会話をしているうちに、雛の家に着く。


「ちょうど六時半か。塾には間に合いそうだわ、ありがとね!」


雛は満面の笑みでお礼を言った。


「いや、こんくらい別に」と、大層、無愛想に返していた。


「それじゃ、また明日学校でね!柚季」


雛は、そう言いながら 肩くらいの髪を揺らしながら、手を振った。


「うん、また明日」そう言い返しながら自転車にまたがり、柚季も手を振った。


「また明日、か。」


今度こそ、このまま終わってくれることを、柚季はただ願っていた。


雛が家に入るのを見届けてから、彼は再び自転車を漕ぎ出した。

さっきまでとは違い、足取りはるかに軽かった。「自転車ってこんなに楽な乗り物だったのか」勝手に口がそう呟いていた。


来た道を戻り、先程の小道にまたやって来た。


鳴いていた鈴虫やらコオロギの声はキョトンと消え、その小道は静寂に包まれていた。

自転車を漕ぐ音がやたら大きく感じ、ペダルを漕ぐたびに使い古したその自転車からは鳴るカチャカチャと言うチェーンの音がこの時ばかりは、やけに耳障りだった。


(一人だと、こうも心細いとは……)


虫の音もなくなったこの小道を一人で通ると言うことは、思っていた以上に寂しいものだった。


今日において、一人でここを通るのは初めてだった。


そして、五十メートル程で小道を抜ける所まで進んだ矢先だった。


視界が、眩む。


「ま、まずい……」


口にした時にはすでに遅かった。バランスを取れなくなり、自転車に乗ったまま倒れこんでしまう。


静寂な小道にガシャンと言う音が響く。


体中が痛む。視界は相変わらずぼやけ、自分の手の形を認識するのもやっとだった。


失敗した。

何処かで間違えた。


「嘘……だろ。雛を家まで、ようやく、無事に送れたんだ……。何でだよ……これもまた、違うって言うのか……?」


今度は、意識も朦朧とし始めて来た。



「何が、何が間違ってたんだ……よ 。」


意識は潰えた。



カーテン越しに夏にも近しい程の日差しが、目に朝を知らせた。


「おはようございます。時刻は七時。九月二十日の最新の天気予報です。」


オンタイマーで電源の入ったテレビが今日の日付を教えてくれた。


柚季はポットの電源を付け、Tバックの入ったボーダー柄のカップにお湯を注いだ。


うっすら霧がかる窓の外を眺め、降り注ぐ太陽の光を体中にたっぷりと浴びせる。


清々しい朝だ。


「今日も晴れ。」




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