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プロローグ

 それは、二月のある日。

 前日まで降り続けていた雪がようやくやみ、久しぶりに晴れ間が見えていた。日を受けて輝く白銀の世界も、雪など関係なく出勤しなければならないわたしにとっては、憂鬱の種にしかならなかった。

 交通が混乱しているため、いつも通勤に使っているバスの時刻表などないに等しい状態。バス停で待つ事二十分、ようやく来たバスに乗れば鮨詰め状態。勤務先の県立図書館に着いた頃には、身も心もぼろぼろだった。

 そしてそんな必死の思いで出勤したわたしは、職員専用の通用口に貼られた紙を呆然と見つめた。


【本日臨時休館】


 我に返って徐に携帯電話を確認すると、ほんの十五分前に職場からメールが届いていた。バスに乗っていたためマナーモードにしていたのが、完全に仇になったわけだ。と言うか、あれだ。せめてあと三十分早くメールを送れ、上司。

 ここで思わず両手の拳を握り締めたわたしの気持など、きっと誰にも分かるまい。

 やり場のない怒りを抱えながら、帰りはさらに四十分もバスを待った。駅前行きの往路とは異なり、住宅街に向かう復路は座席に座る事ができた。それが唯一の救いだったと言えよう。

 本来ならばこのまま家に帰って不貞寝でも決め込むところなのだけれど、生憎今日の我が家には、来客の予定が入っている。六年前まで隣家の住人だった家族が、遊びに来る事になっているのだ。

 わたしの客と言うわけではないが、家族ぐるみで付き合っていた事もあって、生まれた時からお世話になっていた。家にいるのに知らん顔をするわけにはいかない相手なのだ。




 雪の中を重い足を引きずるように自宅に戻ったのは、件の家族が到着して十分程経ってからの事だった。

 久しぶりに顔を見るおじさんは、記憶の中よりも年数分歳を重ねたロマンスグレーで、いわゆるナイスミドル。一方のおばさんは、髪型が変わっていたから全体の雰囲気も違っていたけれど、その年数を感じさせず若々しさを保ったままだった。

 そして残る一人。その素敵夫婦の一人息子が、わたしの中では唯一顔を見たくなかった相手。わたしよりたった三日早く生まれただけなのに、学校の成績もスポーツも腹が立つくらいにかなわなかった幼馴染がいた。東京の大学に行き、その後高校の教師になったと聞いている。

 中学・高校時代には女子生徒から結構人気があったにもかかわらず、その誰とも付き合った事がなかったはずだ。その理由を知っていたのは、母親であるおばさんとわたしくらいなものだったけれど。

 そのいけ好かない幼馴染の男が、目に入れても痛くないくらいに可愛くて仕方がないわたしの妹との結婚を決意したのは、大学進学を控えた六年前の三月の事。当時妹はたった十歳。事情を知らなければ、世に言うロリコンだと思われるだろう。けれど、生憎と言うか非常に不本意なのだが、わたしはその事情もそしてこの男の真意も知りすぎてしまっていた。

 六年間の空白の時間は、大学進学もさる事ながら、妹が法律で結婚を許される十六歳になるのを待っていたからに他ならない。そしてそのⅩデーを一ヵ月後に控えた今日、両親を従えて正式に結婚を申し込みに来たのだ。

 いくらわたしが反対しようとも、両家両親ともにこの事態を歓迎してしまっている。さらには妹本人が、幼い頃からこの年の離れた幼馴染に好意を抱いている事は、わたしの目にも明らかだったのだ。

 二月十四日。十六歳になる妹は、初恋の「おにいちゃん」の花嫁になる。そのための準備と手続きを、この一ヶ月で整えるそうだ。なぜか、妹本人にははっきりとした事を伏せたまま。

 それは理不尽ではないかと抗議してみたが、なぜか両家両親ともにこの男の言い分を全て承諾してしまっている。いけ好かない上に何を考えているのか分からず、胡散臭い事この上ない。

 こんな結婚が、果たして妹にとって幸せに結びつくのだろうか。答えが見えているからこそわたしは何も言えず、驚きにおろおろしている妹を、見守る事しかできなかった。

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