6話 宗教
「人間が信仰する宗教。ラシディーリン教は――」
先生の話に耳を傾ける。
黒い血の人間が生まれるのは、大体人間の国だ。
その黒い血を助けるには、人間の国に入らなければならない。
だから人間の国の常識を身につけなければ怪しまれる。
現在の授業は人間の国の宗教についてだ。
ラシディーリン教は女神ラシディーリンを『世界を創造した神』として崇め、悪夢に対抗するための力ある者『勇者』を授ける神でもらしい。
貸し出された書物を読みながらそれとは別に先生がわかりやすく解説してくれた。
俺たちが信仰するルーダ教との共通点は、成人の日に教会へ行き祝福を受けるところくらいか?
他にもあるかも知れないけどそこまで詳しくはない。
ラシディーリン教は将来人間の国でへまをやらかす可能性があるからよく知っているけど、ルーダ教はちょっとわかんねぇ。
どっちを信仰してんだかわかんなくなるけど。
『勇者』は簡単にいうと人間を守るために生まれてくる凄い人だ。
悪夢が現れるたびに勇者は生まれる。
勇者の見分け方は、血が白いことと成人の日の教会で女神の声が聞こえるかどうからしい。
ラシディーリン教では白い血の子供が生まれれば教会で育てて立派な神官にするから勇者発見ならずっていうのはないみたいだ。
魔人の間でもたまに白い血の子供が生まれるから大きく育ててから潜入班として教会に入ってもらうことになっている。
本人が嫌がれば村で生活することになってるから強制ではない。
強制にしたら人間側に寝返るかもしれないしな。
そしてこの村のことを話されて俺たちは皆殺し。
それは嫌だな。
ここ以外にも魔人の村があるけどここが一番大きいしなくなったらかなり困る。
「はい! それは赤い血です」
「正解です」
先生に指名された生徒が答えていた。
ちゃんと話を聞いていなかった所為でなんのことかがわからない。
えーっとどこの話だ?
教科書の文字を見ていくと確かに赤い血って文字が乗っていた。
これのことか。
赤い血の持ち主は二つに分けられるって話だ。
一つは火の魔法を扱える者。
血の色によって魔法の属性が変わるのは常識だ。
黒なら闇。白なら光。青なら水。黄色なら雷。
でも赤は火を扱う者だけじゃない。
魔法を使えない者も赤い血なんだ。
俺の家にある本で読んだけど魔法が使えるか使えないかは魔素っていうのが関係するらしい。
俺は読んでみても全然理解できなかったからよくわからん。
でも魔素ってのは血の色にも関係あるって書いてあったな。
っていうか人間の宗教についての教科書のはずなのになんで赤い血のことが書いてあるんだよ?
「授業を終わりにします」
「「「ありがとうございました」」」
授業が終わり次の授業の準備をする。
赤い血の謎は今もわからない。
別に俺たちみたいな黒い血は殺せっていうわけでもないし魔法が使えない分、魔法の使えない人は別のことに長けていて天才って言われる人もいるくらいだから宗教には関係なくないか?
昔は魔法が使えない言って差別を受けていたらしいけど今はそうでもないし。
だから黒い血も皆が皆、悪いやつじゃないのから分かり合えると思うんだがな。
「せ、セレメくんだよね?」
黒い血のことについて考えていたら知らん女子生徒に声をかけられた。
何だコイツ。
俺に気がつかれずに近寄ってきただと?
俺が戦慄していても女子生徒は気にする様子もなく余裕の笑みを浮かべている。
コイツ、俺より強いんじゃないか?
「私はメーナ。セレメくんっていつも一人でいるよね? 私もいつも一人だからお友達になりましょう?」
お・と・も・だ・ち。
突然の精神攻撃に俺は思考を停止させてしまう。
戦場で思考停止なんて笑えないぞ。
目の前には俺より強そうな女。
今ならいつでも殺せるってほど無防備な俺。
それでも俺は驚きのあまり固まってしまった。
「あっ……私なんかと友達って嫌だよね。ゴメンね。聞かなかったことにしてねっ」
涙目になり声を震わせながらメーナと名乗る生徒は立ち去ろうとする。
待った!
初の友達ゲットチャンスを見逃すか!
「よろしくな。メーナ。今日から友達だ」
なんとかそう絞り出すことが出来た。
絞り出したにしてはいい感じの言葉が出てきたと思う。
「ほ、ほんと? 今日からお友達?」
メーナの言葉に頷いて見せると、眩しいほどに綺麗な笑顔を浮かべる。
人ってこんな風に笑えるのか。
俺の周りにいる人はこんな純粋な笑顔を浮かべないぞ。
「よ、よろしくね! セレメくん!」
メーナと握手する。
友達か。
もし友達が出来たら一緒に強くなりたいって思ってたんだ。
だから一緒に鍛練とかしたいな。
メーナは強そうだし手合わせもしたい。
「早速だが今日の放課後、村の外の丘で鍛練しないか?」
「ふぇ? たんれん?」
「用があるなら別の日にでも」
「き、今日は暇だから大丈夫だよっ!」
そして放課後、メーナと鍛練した。
でもメーナがよわよわだった。
ここ三か月で何度か挑んできたロキよりも弱いだろう。
「わ、私、影が薄いだけなのっ! 槍で頑張ってるけど上手く出来なくって」
膝に手をついて大きく呼吸しながらいうメーナ。
それなら弓がいいんじゃないか?
腕の力は必要だし、狙いも正確にしないと危ないが、剣や槍より動く必要はないから影の薄いメーナに合うんじゃないか?
そう思って聞いてみると首を横に振られた。
ダメな理由があるのか?
「昔から覚えたいとは思っているんだけど、私って先生とか人に声をかけるのが苦手だから教えてくれる人もいないし、独学で身につけようとも道具もないから……」
そういうことか。
俺も弓は使えるけど得意じゃないしあまり上手くもない。
それに人に教えるのが無理だ。
過去に面白かった本の感想をアキに教えようとしたところ上手く伝えることが出来なかった。
他にもアキにコリアスに教わったことを教えようとしたが無理だった。
言葉で教えるのは俺には向いていない。
見て、真似て、動く。
俺はそうやってしか教えられない。
ここはコリアスかアキに相談するか。
「セレメ。その子は誰だ?」
丁度いいところにアキが鍛練にきた。
丁度良すぎだからどこかで見てたんじゃないかと疑いたくなる。
とりあえずメーナを紹介しよう。
「アキ。コイツはメーナって言って俺の友達だ」
「なん、だとっ……!? セレメに友達が出来たのか? あのセレメに!?」
アキが珍しく感情的だ。
暴走している感じじゃないし本当に珍しい。
でも俺の頭をくっしゃくしゃに撫でまわさないでくれ。
頭がぐわんぐわんってなって目が回る。
「アキ、メーナに弓を教えてくれないか? それか弓を教えてくれる人を紹介して」
撫でられながらもそう聞いてみた。
すると上機嫌のアキは直ぐに了承。
俺をぎゅっと抱きしめてからどこかへ走って行ってしまう。
弓を取ってくるのか人を連れてくるのか……。
「せ、セレメくん。その……ありがとう!」
メーナが俺の手を取り握手して言っている。
別に俺が教えるわけじゃないから感謝されても困る。
でも悪い気はしないかな。
でもやることがなくなった。
アキが戻るまではメーナの槍の鍛練に付き合うか。
しばらく試行錯誤しながら俺の教える練習とメーナの槍の鍛錬をしていると二つの気配を感じとった。
「セレメ! 手合わせしよう!」
「私ともだ!」
ロキとレイダだ。
いつもはバラバラでやってくるから二人同時とは珍しい。
コイツら俺ばっかりに挑んで飽きないのか?
でも俺もアキとコリアスばっかりに挑んでても飽きないから似たようなことなのか。
強いやつに挑むのは楽しいから。
「じゃあ同時に来い」
俺はそういって無手の構えをとる。
コイツら相手に真剣は使えないからな。
もっと俺が剣を上手く扱えるようになって、間違って切らないようになれば使ってもいいと思えるが、今はダメだ。
「おらあ!」
「セアア!」
「わ、私も槍で!」
三人がバラバラに攻撃してくる。
連携していないから無手でもなんとかなりそうだ。
お互いがお互いに邪魔し合っている。
でもレイダとロキに連携されたら無手は絶対無理だな。
負けるし怪我する。
メーナも今から頑張れば強くなれるだろう。
剣と槍がぶつかりその隙を俺が突く。
隙を見せたやつの足を払う。
その戦いはアキが弓を持ってくるまで続いていた。
今後長い付き合いになる三人とこうして出会うことになったのだ。
十一歳になり学び舎に通ってもうすぐ一年となるころ。
「セレメは知らないよな。疾走祭」
放課後、いつもの丘の上でロキが俺に二本の剣を向けながらいう。
ロキは二刀流というのを覚えたらしく俺もロキの真似して二刀流でやっている。
剣を交えながら話しかけてくるのは俺の気を紛らわせるという目的とただ疑問をぶつけてみたって二つの理由があるのだろう。
そんなことで俺は負けはしない。
でも気になることは気になる。
「疾走祭ってなんだ?」
「学び舎の生徒が村の外を走るんだ。速く走った人には一回魔物を倒してみる権利が与えられる」
「なっ」
なんだと?
魔物倒すのは成人してからの一年の訓練からじゃないとだめだって言われてたのに、一回でもそれが許されることがあるなんて。
これは勝ちたい。
是非とも魔物を倒したい。
魔物を倒せなかったら悪夢だって倒せないさ。
「魔法ありだから簡単には一番になれないけどなっ!」
ロキが剣で薙ぎ払い俺はその剣を一歩下がって避ける。
ロキの言葉を聞いて俺は疾走祭が少し楽しみになった。
魔法ありか。
妨害とか拘束系の魔法が使い放題だ。
今考えただけでも妨害方法が五個は思いつくぞ。
「セレメはのんびり走ってればいいと思う! ずっと鍛錬鍛錬で鍛錬尽くしだし、足でも挫いてゆっくり走れ!」
鍛錬って三回言わなくてもよくないか?
確かに朝と昼は鍛錬ばっかりだけど夜は違う。
俺は休む時は休む男だ。
「俺は毎日のんびりしてるぞ」
「嘘をつくな! 休みなく鍛錬じゃないか!」
「夜は別だ。ずっと動いていたら流石に体が持たないだろう。夜はのんびりだ」
「……それ本気で言ってる?」
斬撃が弱まった隙をつき一気に攻撃を仕掛ける。
ロキが始めた会話で紛らわせられたな。
ロキは早々負けてしまったが、別のことに気を取られたのがいけない。
「アキさん! セレメって夜は何してますか? のんびり走ってるとかじゃないんですか?」
ロキが負けたことを気にもせずメーナの弓の練習を見ているアキに聞いている。
ロキは俺をなんだと思ってんの?
確かに俺は鍛練が大好きだし、悪夢を倒したいって思ってるけど、ずっとやっているわけじゃない。
夜も鍛練ってしたら疲れすぎてぶっ倒れそうだ。
それに本を読むのも大切だろう。
戦闘しか能がない人にはなりたくない。
悪夢を倒し人間たちと和解出来たなら、戦闘能力はいらないとすら思っている。
だから俺は本を読むし、家事もするし、学び舎の授業も真面目に取り組んでいるんだ。
戦闘職以外にもなれるように。
「普段夜は本を読んでいるな。それも可愛らしく昔話や童話なんかを。たまに難しい本を読んでいるが基本的にのんびりごろごろしているぞ」
アキは真実をそのまま言ってくれた。
ただ可愛いはやめてくれ。
昔話、童話は悪夢と勇者の本だから読んでいるだけだ。
悪夢を倒す気でいるんだ。
悪夢の情報を探るのは当たり前だろう。
「セレメがのんびり。……想像できない」
ロキ。本当にお前は俺をなんだと思っているんだ?
ロキの呟きにため息を吐いてしまった。
あんまりなロキの様子ににアキがある提案をしてくれる。
「だったら家に泊まりに来るか? セレメともっと仲良くしてほしいからそういうのは歓迎する」
家に泊まる? 他人の家に?
……人と関わらな過ぎてその発想自体がなかった。
そうか。人の家に泊まることも出来るのか。
親しい人とならそれもいいかもしれない。
「そこってアキさんの家でもあるんですよね?」
アキの大ファンであるロキが言う。
「勿論そうだ。私はセレメの母親だからな。セレメは可愛いんだぞ。昔のセレメは女の子みたいで私を真似たのか自分で自分を私と言って私みたいに髪を長くしようとしていたからな」
「ちょっと待て。それいつの話?」
身に覚えのない話に俺はそう問う。
本当にいつの話だ?
記憶に全くない。
悪夢以外のことを忘れてしまう俺だから当たり前かもしれないけども。
「まだセレメが話せるようになったばかりの頃だ。流石に男の子だから私の真似ばかりじゃいけないと思って私は一時期、男みたいにしていたんんだぞ。自分のことを俺といい、髪も短くしていた」
そうなのか?
でも男っぽいアキはみたことあるような気もしないでもない。
俺の頭は黒い血関連の重要なことしか完璧に記憶してくれないから自信ないな。
思い出そうとしても全然思い出せないのでもう諦めよう。
「まあそれはいいとして、セレメ。セレメの知り合いなら私がいない時でも家に泊めていい。勿論私がいるときもな。でもあまり大人数にはするな」
「俺が別のところに泊まりに行くってのはどうなんだ?」
「……わ、私がいない時ならいいぞ? 私が任務でいないときに泊まりに行ってくれ。私はセレメと長く一緒に居たいんだ! だから私が家にいるときは一緒に居よう?」
アキが俺を抱きしめようとしてくるので避ける。
アキの言葉は正直に言って嬉しいが鬱陶しい。
親としてちゃんと愛してくれる感じがしていいんだけど、学び舎の生徒の前でとかやめてほしい。
本当にやめてほしい。
恥ずかしいったらない!
「何故避ける! まさかもう反抗期なのか!」
結局魔法を使ってでも捕らえようとしてきたアキに抱きしめられてしまった。
こうなったら逃げられない。
捕まってしまったなら大人しく抱きしめられていよう。
……まあアキに抱きしめられるのは嫌いじゃないし。
その後お泊まり会の予定について話し合うことになる。
次話は5月17日投稿予定です
次話予告、レイダ動物のリスになられる