5話 学び舎
アキとともに村の東にある大きな建物にやってきた。
俺が住む家六個分くらいあるんじゃないか?
隣りにはその建物の敷地以上に広い広場。
成人していない子供たちが、それぞれ魔法の鍛練に勤しんでいるのが見える。
今日から俺はこの建物。学び舎に通うことになるだろう。
「ここに来るまでの道は憶えたな?」
アキが確認するように聞いてきた。
「憶えたさ」
黒い血を守ることに関わることなら絶対に忘れない自信がある。
それ以外のことは直ぐに忘れてしまうのが俺の悪いところだけど。
でも学び舎までの道は大丈夫と胸を張って言える。
「そうか。今後のことは学長と話して、それから授業に出よう。私がいなくてもセレメならば大丈夫だろう」
それから大きな建物の中に入って行く。
慣れた様子でアキは廊下を歩き学長室というところに入っていった。 その部屋には優しそうな婆さんがいて、少し驚いたようにこちらを見ている。
勝手に入ってしまったから驚かせたのだろう。
その婆さんなんだが、優しそうではあるけどその側頭部に羊のような曲がった角が生えている。
それだけではなく耳の先が尖っていて、笑った口の隙間から見える歯はウルフのように鋭く、彼女の瞳は太陽の光をを存分に浴びたリンゴのように赤い。
これは魔族、だな。
今挙げたものは全て魔族の特徴。
ここは魔族の領土だからいても全く可笑しくはないけど。
「学長。この子がセレメだ」
アキが俺の肩に手を置いて婆さんに紹介してくれた。
この魔族が学長なのか。
「おお、アキにそっくりな表情のなさだのう。こんにちは。セレメくん」
「どうも」
会釈して挨拶をしてみた。
直ぐに座るように勧められたので、アキと一緒にふかふかな椅子に座る。
学長は高級感のある机の椅子から移動し俺たちの前にあるもう一つのふかふかな椅子に座った。
学長自らがお茶を俺たちに入れてくれる。
と言ってもカップなんてなく学長の魔法なのかお湯が空中に浮いていてそこに茶葉が入っているのだけど。
闇の魔法使いである俺は水の魔法使いの作り出した不思議な光景に見入ってしまう。
「セレメくんは将来、アキのように救出班に入りたいのよな? それとも潜入班? この村で働くことも出来るし魔族の国で働くこともできる」
学長が球状のお茶を口に放り込みながら俺に聞いてた。
俺はここに学びに来たんだったな。
魔人の就ける仕事は限られているからそれに特化した勉強をしたほうがいいのだろう。
救出班は、生まれた黒い血の子供や隠れて人間の国で生きている黒い血の人を助け、比較的安全な魔族の国に連れてくる任務がある。
潜入班は、黒い血の子供や隠れて生きる人がどこかにいないか人間の国に溶け込んで探す任務がある。
どちらも大切な仕事だけど潜入班は魔人じゃない方がいい。
コリアスみたいに魔人側につく人間がやった方が危険が少ない。
魔人は血を見られたらお終いだからな。
「俺は救出班に入りたい」
「やはりそうよのう。ではその為の授業を受けさせよう。救出班は人間の国に入ることになる。人間のように振る舞う演技力や偽造技術なんかも必要だからのう」
他にもいろいろあるがなんとかなる、と学長は続けた。
この学び舎は普通科と特殊科があり、俺は特殊科の授業を受けることになるらしい。
「レイダも特殊科の筈だ。仲良くしなさい」
アキが言っている。
レイダ、レイダ? ……あっ!
危ない。忘れるところだった。
アイツも黒い血の為に生きるのならちゃんと憶えておかないとな。
「では私は邪魔だろうから家で家事仕事でもしておこう。セレメ。頑張るんだぞ」
アキが家に帰り俺は学長とともに教室に向かう。
少しわくわくしながら学長に案内された教室に入った。
学び舎に通うようになって一月ほど経つ。
同じクラスになったレイダに目の敵にされてはいるものの、その他は平穏だ。
平穏である。
変わったことはなにもない。
つまり仲間とか出来ていない。
あ、焦ることはないさ。
成人までまだ五年ある。
「な、なあ君!」
恐るおそるという感じの赤髪の少年が俺に声をかけてきた。
珍しいことが起きたな。
俺が話しかけても何故か怖がられてしまって、話しかけられることもレイダを除けば一度もない。
今初めてだ。
ちょっと、いや、かなり嬉しい。
「き、君の紫色の髪の毛ってかっこいいよな!」
い、いきなり褒めんなよ。
照れるじゃねぇか。
眉を隠す程度に長い暗い紫の前髪を触ってみる。
でもこれかっこいいか?
アキの黒髪の方がかっこいいと思うんだが。
「かっこいい君の名前はなんていうのさ」
かっこいいってやっぱりいい響きだよな。
嬉しくて上機嫌になってしまう。
「俺はセレメっていう」
「セレメか。僕はロキ。救出班を目指してるんだよ」
この教室にいるんだから、皆も救出班か潜入班を目指してんだろう。
いつか一緒に仕事をするかも知れないから知っていて損はないのか。
「いつも一人でいるだろう? 寂しくないのか?」
「寂しくはない」
「そ、そうなのか。えーっと……今度遊びに行かないか? 一人では寂しくなくても人となら楽しくなるかもよ?」
遊びに、ねぇ。
アキとしか遊んだことがないからよくわからない。
それよりも鍛錬だな。
遊びより鍛錬のほうか魅力的だ。
「遊ぶんじゃなくて手合わせしたい。まだ三人としかやったことねぇから」
「わかった。今日の放課後と明日の昼休み。どっちがいい?」
「じゃあ今日で」
「よし! 友達と放課後の校庭で待ってるからな!」
約束通りに放課後、校庭にやってきた。
他の生徒もいて走り回ったり剣や槍の練習をしていたり。
今日、俺は何をしようか。
手合わせするのは決まってるけど、武器を何にするか迷う。
コリアスには槍や弓。珍しいところでは鎌とかも教わっている。
俺は剣の方がしっくりくるんだけど。
あっ、でも無手なんてのもいいかな。
武器を持っていないとき戦えないってのはかっこ悪い。
「セレメ! 待たせたか?」
俺と約束をしたやつがやってきた。
確か名前はロキだったか。
黒い血を助ける仕事を目指す者だからか名前を憶えられたな。
「そんなに待ってはない」
そう答えるとロキはホッとしたように息を吐き笑う。
「早速武器を借りにいこう! 僕の友達は先に行ってるからさ」
ロキに連れられ職員室にきた。
勝手に生徒が武器を持ち出さないよう先生がいるこの部屋で保管しているらしい。
武器と言っても木で作られていたり鉄の剣の刃を潰してあったりするものだが。
それでも危険なのは変わらない。
木や刃を潰した武器でも当たりどころが悪ければ怪我をするし最悪の場合は死ぬことになる。
それでも上手く扱えばアキやコリアスみたいに本物の剣で相手を傷つけずに戦闘不能にすることが出来るようになるだろう。
ロキと俺は木剣を借りた。
結局剣にしてしまった。
相手の方が俺より強い可能性がある。
だから全力を出せるよう剣にした。
ロキとロキの友達っていうやつらとともに校庭に戻ってきた。
で、誰と手合わせするんだ?
「セレメってどのくらい強いんだ?」
ロキが難しいことを聞いてくる。
俺ってどのくらい強いんだろう?
アキとコリアスには一日一、二勝しか出来ない。
後は全部負けだ。
レイダには負けていないがそれはレイダが弱いだけだろう。
……何か忘れてないよな?
俺、忘れっぽいから自信ない。
でもレイダが弱いのは合ってるだろう。
つまり俺はそんなに強いわけじゃない。
アキたちにほとんど勝てないからな。
「そんなに強くねぇと思うぞ?」
そういうとロキたちは少し残念そうにした。
強いやつと戦った方が勉強になるもんな。
あまり強過ぎても勉強にはならないから難しいところだ。
「そうか。一応聞くけど戦ったことのある三人って誰だい?」
「アキとコリアスとレイダ」
名前を言っても誰かわかるとは思えないけど言ってみる。
でもロキとその友達たちは知っていたようだ。
「セレメ! 凄い有名人たちと知り合いなんだな! そんな人たちに勝てるわけないよ!」
ゆうめいじん?
えっ? 有名なの?
首を傾げる俺にロキは教えてくれる。
アキとコリアスは任務を完璧にこなすエリート中のエリート救出班なんだそうだ。
知らなかった。
あの二人、凄かったのか。
レイダは年上相手でも完膚なきまで叩き潰すほど強くてヤバイ存在らしい。
忘れてたけど会ったときも俺以外の同年代に勝ったって言ってたような気がする。
そのレイダを弱いとか思ってしまってた俺は一体どうなる?
き、聞いてみるか。
「俺さ。レイダと何度か手合わせして全部勝利してんだけど」
「えっ」
ロキが固まってしまった。
相当ヤバイってことなのか?
俺は鍛錬が大好きでただ強くなろうとしただけなんだが?
ん? 強いってことは良いことだから別にヤバイって慌てる必要はないのか。
それに大切なことをまだ言っていない。
「俺の義親はアキだから俺がレイダに勝つのは当たり前の事なのかも知れない」
「はあ!? アキさんが親なのか!?」
その後質問攻めにされた。
さっきまで近づいても来なかったロキの友達にも質問されまくった。
アキは人気者なんだな。
サイン貰って来いとか言われたけど絶対嫌だ。
断ったり宥めたりしてみるが全然静かになってくれない。
……。
あーもううるせぇなあ!
「お前ら良い加減にしやがれ! そんなにアキのこと知りてぇなら俺に勝ってから聞け! サイン云々もだ!」
『おっしゃあ! 勝ってやる!』
ロキも含めた全員が同時にかかってきた。
大勢を相手には初めてだけどアキとコリアスにやり方は教わっている。
ぶっつけ本番にはなるがそれでも勝ってやるさ。
もし負けでもしたら俺は今日からもっと厳しい鍛錬をする。
人間と魔人では人間のほうが数が多い。
だから多対一というのもあり得なくはない。
しかも魔人には人を殺してはならないという掟がある。
だから殺さないよう手加減する余裕があるくらいの強さがほしい。
剣と闇魔法が俺に向かってきた。
魔法は拘束系のもの。
黒い手のようなものが伸びてきている。
俺も拘束系の魔法を使おう。
一番簡単で弱いやつだけど。
『ブラックリボン』
そう心のの中で唱えると黒いリボンが俺の足元から飛びたしてくる。
名前がそのまんまだけど便利なんだよな。
剣を避け、槍を受け流しながらリボンを操り拘束系の魔法の妨害をしておく。
ついでに近くにいた奴も縛って置こう。
拘束系の魔法と人とリボンが絡んでぐちゃぐちゃだ。
残りは四人。
手足で殴ったり木剣で叩いたりしながら戦って行く。
魔法は相手が使ってきたら使う。
攻撃魔法は来なかった。
魔法は危ないからな。
拘束、妨害、防御だけでも十分なくらい便利だからそれだけでいいと思うけど実戦はそうは行かないんだろうな。
「つ、強すぎでしょっ」
最後まで粘ってたロキが地面に膝をついて言った。
俺も結構危ない場面があったぞ。
後ろに回り込まれたときは負けたかと思った。
アキから回り込まれるなって教わったのにしくじるとは……。
もっと鍛錬だ。
「いつでも挑んできてくれ。俺の鍛錬にもなるしお前らが勝てばアキのサインを貰ってくるさ」
そう言い残して俺は木剣を返しに職員室へと向かう。
後ろから次こそは! とか聞こえるから次も期待出来るだろう。
楽しみが増えた。
俺は上機嫌で村の外の丘に向かう。
今からいつもの鍛錬だ。
アキも今頃、丘で鍛錬していることだろう。
今日は嬉しいことが沢山あった。
早くアキに伝えたくて学び舎から走る。
いつも走って帰っているけど今日は今までで一番速いかも知れない。
仲間とか作れる気が全然しなかったけどこれなら仲間も作れるかな?
まだわかんないか。
でもわかることはある。
学び舎に通うのって結構楽しいな。
次話は5月9日に投稿予定です
次話予告、おお! 神よ!