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血色の世界  作者:
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3話 題名

主人公十歳になりました

 魔法を習ってから三年、コリアスに初めて会ってから五年。

 俺は少しずつでも強くなっている。

 今日も幼い頃から使っている丘の上で、剣と魔法の練習をしていた。

 最近では槍や弓などいろいろやって見ているが。


 アキとコリアスの二人は昨日から任務に行っている。

 黒い血の赤ん坊が生まれたから、保護しに向かうらしい。

 それが自分たちの仕事だとアキは言っていた。

 俺も成人すればその仕事に就く。

 それまでは鍛錬を続けるしかないだろう。


「セレメくん」


 仮想の敵と戦うように剣と魔法を使っていると声をかけられた。

 この声はこの魔人の村の長のものだな。

 剣先を下に向けこの村で一番地位の高い族長の方をみる。


「今日も鍛錬かね」


 白い髭を顎に蓄え頭には、村人がよく着ている麻の服に似合わぬシルクハット。

 もうすぐ百歳になる族長が杖をつく事もせず、背中はピンと伸ばして立っていた。


「鍛錬は欠かさない。族長も昔から知ってんだろ」


「ふぉふぉ。そうじゃったな」


 目を細め楽しそうに俺を見つめる族長。

 一体なんの用か。

 邪魔しに来ただけならば直ぐに帰ってほしい。

 とりあえず話を聞く姿勢を取ろう。

 剣を鞘に収め族長の方に体の正面を向けてみた。

 するとそれを見計らったように要件を話し出す。


「セレメくんに相談じゃ。一人、別の魔人の村から来た子が居ってのう。ヤンチャな子じゃから少し手合わせしてやってくれんか」


「あ? なんで俺なんだ」


「ヤンチャな子に同じ年の子たちは皆敗れた。最後がセレメくんじゃよ」


 成る程。

 この村の十歳児はそのヤンチャ野郎に負けたのか。

 中々の強さだ。

 相当調子に乗っている事だろう。

 それを俺に叩き潰せってことか。

 悪くはない。

 良い鍛錬になりそうだ。

 族長も俺がそう思って引き受ける事を予想して持ちかけてきたんだろう。


「そいつ、どこに居んの?」


「教会の前じゃ。そこで踏ん反り返っておるわ」


 族長はふぉふぉふぉと独特な笑い方をしながら丘を降りて行く。

 俺もついて行くか。


 村の門をくぐり目の前にある踏み固めた土の道を歩く。

 この村に数える程しかない店がこの通りに集まり人々の行き来が盛んだ。

 この道の突き当たりまで行くと広場になっていて、その奥に教会がある。

 魔族と魔人が信仰しているルーダ教の教会だ。

 いつもは教会の前の広場で遊んでいる筈の子供たちがいない。

 教会の入口の階段に座る少女を除いては。

 そいつが調子に乗っている奴か。

 腕を胸の前で組んで王様か何かのように踏ん反り返っている。

 大人が少女に何か言っているようだけど聞く耳を持ってないのか、うるさいだのあっち行けだの言って動こうとしていない。

 そこ教会の入口なんだぞ?

 入れなくて皆が困っているじゃないか。


「レイダちゃん。君と同じ年の子を連れて来たぞい」


 族長が俺の肩に手を置いて言った。

 レイダと呼ばれた少女は近くに立てかけてあった木剣を肩に担ぐようにして持って、俺の前まで歩いてくる。

 肩に届かぬ程度に切られた銀色の髪を掻き上げ、威嚇するように髪と同じ色のその瞳に眼光を強めてきた。

 なんだろうな。

 子供が必死に大人の真似をしているかのようで滑稽だ。

 鋭い目もアキやコリアスにはずっと劣る。

 それを言ったら俺も劣るけども。


「私が同世代の中で一番強いのよ! それを証明しにここに来たの」


 少女は偉そうに腰に手を当て仁王立ちし言った。

 ……だからなんだ?

 俺は別にコイツの話を聞きたいわけじゃない。

 鍛錬をしに来たんだ。

 コイツがどこから来たのか、何故ここにいるのかなんてどうでもいい。

 それより心配なことがある。

 俺は今コリアスがくれた真剣しか持っていない。

 相手は木剣なのにこれじゃあ不公平だ。


「族長。木剣を持ってるか?」


 一応聞いてみた。


「勿論持っているぞい。」


 持ってんのかよ。

 俺を呼びに来たわけだし準備はしていたってことかな。


「その剣は預かったほうが良かろうか?」


 俺の腰にある剣を見て族長がいう。

 確かに持っていたら戦いの邪魔になりそうだ。

 でもこれはコリアスがくれたとても大切な剣。

 成人の日に別の剣を渡されるとしてもそれまではずっと持っておきたい。


「このままでいい」


 族長は俺の言葉に頷き木剣を渡してくれた。

 木剣で軽く素振りする。

 軽い、な。

 戦えなくはないから問題ない。

 

 特に相手に声をかけるでもなく俺は木剣を構えた。

 相手が強くても弱くても俺の鍛錬にはなる。

 強い奴を真似て弱い奴を教訓にすればいい。


「何よ? この私と戦うき?」


「うるせぇ。さっさと構えやがれ」


 俺の鍛錬の時間が減るだろう。

 少女は聞く耳を持たない俺が気に食わないのか乱暴に木剣を構えた。

 今にも飛びかかって来そうな感じのその様子。

 でもコイツも人の話を聞いていないからな。

 周りの人の気持ちを知りやがれ。


「後悔させてやる! そして私の忠順な(しもべ)となるがいいわ!」


 何を後悔することになるのかちょっとわからないが戦う気になってくれたようだ。

 教会に人が入れるようになり俺も鍛錬ができる。

 一石二鳥だな。

 合図もなしに俺に突進してくるのはどうかと思うけど。


「『ダークブレード』!」


 わーお。魔法使っちゃう?

 下手したら俺を殺すぞ。


 魔人は人を殺してはならない。

 殺せば魔族に悪夢だと殺され、人間には今よりももっと警戒されてしまう。


 攻撃魔法を人に向けて使うなんて、その掟を忘れているんじゃないだろうな?

 忘れているならぶん殴る。

 黒い血を持つ人間の不利益になるようなことはさせない。

 

 剣に黒の魔力を纏わせる闇魔法『ダークブレード』。

 魔力を纏った物は強力だ。

 滅多に壊れないし攻撃力がある。

 ただの木剣でも凶器になってしまうほどに。

 魔法には魔法で立ち向かわなければ負けるというのが常識だ。


 俺は木剣に少女と同じ『ダークブレード』を使い相手の剣を受け流しカウンターを仕掛ける。

 予想されていたのか避けられ少女は後ろに下がってしまった。

 まだ追うことはしない。

 もう少し少女の強さを見極めたい。


 少女は少し冷静になったらしく、真剣な表情で俺のことを見始める。

 どうやら俺の強さに気が付いたようだな。


「セァアア!」


 少女が大声を出して俺に切りかかってくる。

 何度も何度も違う角度で俺に傷を負わそうとしてきている。

 俺はそれらの攻撃を捌き、傷一つ追うことはない。

 アキの攻撃の方が怖いしコリアスの攻撃の方が鋭い。

 この程度なら目を瞑ってでも問題なさそうだ。

 やらないけど。

 幾ら相手が弱くても絶対に手は抜かない。

 それが俺の師であるアキとコリアスの教えだ。


「なんっで! 当たら、ないっの! このっ!」


 どうやらこれが少女の本気のようだ。

 しばらく剣同士で打ち合ったものの、特に状況が変わらなかったので俺は少女の剣を弾き飛ばして首に剣を突き付ける。


「勝負ありじゃ。流石セレメくんじゃのう。レイダちゃんが魔法を使ったときは焦ったがのう」


 族長が拍手をしながらいう。

 俺は剣を下ろし剣の魔法を解いた。

 普通の木剣に戻ったので、これは族長に返すとしよう。


「あんた何者よ! 何で私の剣が当たらないの!」


 苛立ちを隠そうともせず怒鳴る少女。

 もういいだろう。

 鍛練も終わったし俺は丘に戻って鍛練を続けたい。


「セレメくん。折角じゃから名乗ってはどうじゃ?」


 無視して戻ろうとしたが、族長に言われたので仕方ない。

 名乗ったらすぐ戻るぞ。


「俺はセレメ」


 名乗ったので俺は背を向けて歩き出す。

 この後はどうしようか。

 魔法の練習か剣の練習、両方同時に使う練習。

 他の武器でもいいな。

 でもさっきの続きで剣の練習にしようかな?


「ちょっと! あんた言うことそれだけなの?」


 少女が俺の肩を掴んで俺が行くのを止めてきた。

 俺の邪魔すんなよ。

 あー、邪魔と言えばコイツは邪魔者だったな。


「教会の入り口で二度と踏ん反り返んな。皆の邪魔になんぞ」


「……そうだったの。謝らないと」


 意外なことに少女はしゅんとなって落ち込んでしまった。

 そんなの知らないだとかいうかと思ったんだが?

 俺の予想とだいぶ違い、驚いた。

 強いやつには従うとかそういう感じかな。

 どうであったとしても、俺にとってはどうでもいいが。


「わ、私はレイダよ! 今度また私と模擬戦しなさい! 次は勝つわ!」


 模擬戦の相手は良いな。

 アキもコリアスも最近忙しそうだし、練習相手がいるのは良いことだ。

 名前は憶えておこう。

 えっと……なんだったか。


「もう一度名乗ってくれ。鍛練以外のことはちょっと忘れっぽくてな」


「レイダよ! レ・イ・ダ!」


 レイダ、か。

 憶えておこう。

 多分忘れないさ。多分。

 忘れたらまた聞けばいい。

 その前にレイダの存在を忘れないかが不安だ。

 まあ大丈夫だろう。

 忘れたならレイダが模擬戦を挑んでくるときに思い出させてくれるはずだ。


「じゃあなレイダ。あと相手と同意の上で魔法は使え。人を殺すぞ」


 そう注意した後、俺はまた丘の上に登った。




 その日の夜。

 いつものように本を読む。

 昔から寝る前に本を読んでいたんだ。

 アキが読んでくれていたこともあったが、今は自分で読んでいる。

 お伽話や英雄譚。神話や童話。

 昔話やもっと難しい本もある。

 黒い血に関係あるものは、出来る限り読んでおきたい。


 黒い血のことで言うと、例えば悪夢の話だ。

 悪夢は倒されても百年前後で復活する。

 その度に虐殺と破壊を繰り返し全ての人を恐怖させる存在だ。

 黒い血を持つ者の誰かが悪夢であり、その所為で俺たち魔人は人間として認められない。

 丁度今、悪夢が復活する百年前後で、世界が殺気立っていることだろう。

 もしかしたら今日、村の中ですれ違った人が悪夢かもしれない。

 悪夢を見つけるには悪夢に虐殺して貰わないとわからない。

 でもそんな方法で見つけたくないから、過去の書物を探して悪夢に共通点がないか探している。

 今のところ残虐で多くの人間を殺したってことと、黒い血ってことしか共通のところを見つけられていないが。


 それはいいとして、今日はどの本を読もうか。

 本棚にあるアキが集めてくれた本の背表紙を見ながらゆっくりと迷う。

 夜くらいしかのんびりしないから、のんびり迷うのもいいだろう。

 背表紙に目を走らせていると一つの物語を見つけた。

 昔の俺は字が読めなくて一番怖い男の人の話と呼んでいた本。

 その本の題名は、


 『絶望と恐怖』


 と書いてある。

 子供に読み聞かせる本じゃない題名だ。

 でも話の内容的に合うものである。

 人間の皇帝の子供として生まれた少年“モルゼット”が、ただただ残虐に人を殺していく話。

 自分の家族も民も勇者も等しく殺されてしまった。

 悪夢を倒すためにいる勇者さえも一瞬でただの肉に変わったそうだ。

 それが本当だとすれば、当時を生きていた人々にとって題名の通り絶望と恐怖の日々だっただろう。

 希望の勇者を失い、いつ殺されるかもわからない毎日。

 想像しただけで背筋も凍りそうだ。

 悪夢モルゼットが最終的にどうなったかは、物語の中では明かされていない。

 誰かに殺されたのか、寿命で死んだのか、それともまだ生きているのか。

 流石に百年も経って生きていては欲しくない。

 でも族長はもうすぐ百歳だから誰かがそれ以上生きていても可笑しくはなさそうだ。

 まあ死んでるだろうけど。

 そうでないならどこかで人間が虐殺されていそうだ。

 そんな話は聞かないし大丈夫だろう。


 今日は『絶望と恐怖』を読んでから寝よう。

 そう決めた俺は本を持って自室に入り魔法道具で部屋の中を明るくしてから奥のベッドに腰かけた。

 昔も今も変わらないその本。

 そして昔も今も変わらない俺の心。


 悪夢モルゼットのように強くなりたい。

 黒い血の偏見を減らしたい。

 悪夢をこの手で倒したい。

 

 その為ならばどんなことでもする。

 俺はそう心に決めている。

次話は4月21日投稿です

次話予告、シチュー美味しーい

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