1話 魔人
主人公五歳児!
これから大きくなるよ!
「セレメ。そろそろ帰ろうか」
おれの名前を呼んで、振り返ってアキは言った。
アキの後ろにまとめた長い黒髪が風になびく。
もうすぐ夜だから風が冷たくなってきたね。
あせをいっぱいかいてるから、このまま外にいたら体調をくずしてしまう。
いつも使う村の外の丘の上。
そこに寝転がっておそらをみながら剣術の練習で荒くなった呼吸をととのえる。
「今日の夕飯は何にしようか?」
呼吸がおちついて起き上がると、アキがお水の入ったコップをおれにさしだしながら聞いてた。
何がいいだろう。
いっぱい思いついてしまって、おれはお水を飲みながら考え込む。
アキの作るごはんは、ぜんぶおいしいから、まよってしまうよ。
「母さんがなんでも作ってあげるぞ」
アキは自信満々に胸を張ってニヤリと不敵に笑っている。
そう言われると余計にまようんだよな。
でも……うん。きめた。
「きょうはお魚がいいな」
「そうか。だったらあれとあれとあれをを使ってあーしてこーしてあれも使って……」
アキが一人でぶつぶついいながら考え込んでしまった。
きっとお魚料理の作り方を思い出しながら買わなくちゃいけないものを決めているんだと思う。
ぶつぶついいながらもお店に向かって歩き出すアキ。
おれは木の剣を持ってついて行く。
買い物をしているあいだおれにはやることがないので剣術の練習のことを考えた。
きょうもアキは厳しくて体のあちこちが痛い。
でも前よりもおれは上手になっているはずだ。
アキの攻撃とフェイントもわかるようになってきた。
でもそれがわかっても体が上手く動いてくれない。
アキみたいにすばやく動けないし木の剣で防ぐこともできないんだ。
これからも練習しないと!
おれはまだ五歳だから頑張ればアキみたいになれるんだ。
明日も頑張ろう。
おれは腕から黒い血がにじんでいるのを見ながら心のなかでそう決める。
でもまずは帰ったら傷口をお水であらわなくちゃ。
「夕飯を作っておくから水を浴びてきなさい」
おうちに帰ってきてすぐ、アキに言われておれは近くの井戸に向かう。
おれのおうちはみんなの住んでいる場所からは少しはなれているからまわりに人はいない。
だからここで服をぬいでもめいわくをかけないよ。
お水を汲んでタオルをひたし体をふいた。
傷口にはちょくせつお水をあててきれいにする。
痛かったけどおれは男だからへいきだ!
おうちに帰ってくるとお魚のいい匂いがしてくる。
ぐぅっとおなかがなってしまった。
はやく食べたいから走ってアキのところにいく。
「では食べようか。セレメ」
木のいすに座って腕を伸ばしごはんの上で手を組んで目をつぶる。
「女神ルーダ様に感謝を、この命に感謝を」
「かんしゃを」
いつものお祈りをしてからごはんを食べた。
きょうは小魚を塩で焼いたものとサラダと具なしのスープとパンだ。
街に住む人間みたいなぜいたくはできてないらしいけど、おれはアキの作るごはんがやっぱりいちばんだと思う。
「セレメ。明日から私は任務があるから、私の友人のコリアスが剣術を教えてくれると思うぞ。」
「そうなの?」
おれはアキの言葉にびっくりしながら聞きかえす。
任務があるのは前から知っていたけど、アキの友人が剣術を教えてくれるとは聞いてなかった。
「セレメは才能があるから毎日でも稽古をしてやりたいがそれだけに時間を割くことは出来ない。それに私だけでなく色んな人から教えを受けたほうがセレメらしい戦い方を見つけられるだろう?」
「つよくなれる?」
「ああ。セレメは強くなるさ。七歳になれば魔法も教えられる。更に強くなるだろうな」
魔法はずっと楽しみにしてるよ。
アキが見せてくれた闇の魔法はかっこよかった。
闇の矢をいっぱい作ってまとにいっぱいあててたんだ。
黒い血の人が使う闇の魔法は人間には嫌われてるけどおれはかっこいいと思う。
「剣を教えてくれるコリアスは私たちのような魔人ではないぞ。血の色は赤く炎の魔法を扱う」
「そうなの?」
「ああ。だが魔人と魔人の間に生まれた男だ。私たち黒い血の味方だから心配は無用だぞ」
「わかった」
人間は黒い血の人を人間ではなく魔人って言って悪いやつだと決めつけるけど、そんなことないのに。
おれたちのもつ黒い血が流れる人間も悪いやつばかりじゃないって教えようとアキは明日から任務につく。
一週間くらい帰ってこないらしいけどおれは一人でも大丈夫。
アキにごはんの作り方も教わったし、洗濯や掃除のしかたもわかるからね!
ごはんを食べ終えるとアキは体をきれいにするために外にある井戸に向かう。
おれはねる前に読んでもらう本を決めていた。
きょうはどれにしようかな?
始まりの話
強い女王さまの話
魔王と女勇者の話
優しい勇者の話
よくわからない悪夢の話
二人の義賊の話
綺麗な女の人の話
一番怖い男の人の話
いっはいあるなあ。
でもきょうは一番怖い男の人の話がいいな。
とっても強い男の人の話だからアキも死なずに帰ってきてくれそうだ。
「今日はそれにするのか」
アキがきれいになって帰ってきた。
さっそく読んでもらいたくて本をアキにわたしてベッドまできてもらう。
それからおれはベッドにもぐりこみアキが読んでくれるのをそわそわしながらまった。
アキはやさしい笑顔をおれに向けてくれる。
「では読むぞ」
これも悪夢と勇者の話。
始まりの話も強い女王さまの話も他の話も悪夢と勇者のお話だ。
でも同じお話じゃない。
いい話も怖い話もある。
「昔々あるところに皇帝の子供として生まれた黒い血をその身に流す男の子がおりました」
アキは静かな声音で話し出す。
何度きいても安心する声だ。
これは怖いお話だけどおれは少し憧れる。
皇帝の子供が悪夢といわれる悪いやつになってたくさんの人を殺す話。
いっぱい死んじゃうのは嫌だけど、皇帝の子供はそれだけつよいんだ。
おれもそのくらいつよくなりたい。
つよくなってアキやみんなを守るんだ。
つよくなってもまちがえないようにすればきっと人間とも仲良くなれる。
そんなふうに考えながらも眠気がおそってきてしまう。
お話、さいごまで聞きたいのに。
ていこうしてみるものの、ますます眠くなってきてしまい、気がつけばおれは夢のなかへ旅立っていた。
朝が来た。
日の光のあたたかさに目がさめたので眠たい目をこすりながらリビングにやってきた。
テーブルの上にごはんがある。
アキの姿はないから任務に行っちゃったんだね。
あくびをしながらいすに座ってごはんをたべた。
まだあったかい。
作ってからそんなに時間がたってないみたいだ。
ごはんを食べ終わると顔を洗いに井戸に行く。
ついでに水筒をもっていって、そこに水を入れよう。
そのあとは一人で体をきたえる。
まずは丘まで走ろうかな。
そう思って服を着替えたりして準備をしていく。
「おーい。セレメの坊主はいるかー?」
男の人の声がした。
慌てて玄関まで走りドアを開ける。
するとアキと同じ20歳くらいの金髪の男の人が立っていた。
目がキッとつりあがっていてちょっとこわい。
「準備出来てんじゃねぇか。俺に剣を教えて貰えんのがそんなに待ち遠しかったのか?」
「いつもこの時間から体をうごかしているからいつもどおりだよ」
「ああそうかよ」
つまらなそうにそっぽを向く男の人。
この人がアキが言っていたコリアスかな?
じっと見つめていると今度は怪訝そうにおれの顔を見てくる。
「アキに俺のこと聞いてねぇのか?」
「聞いてるよ」
「じゃあさっさと行くぞ」
「でも本当にアキの友人かわかんない。名前は?」
「あ゛? 用心深ぇガキだな。俺はコリアスだ」
「そっか。きょうはアキのかわりによろしくね」
まだ少し警戒してしまうけど、この家に来る人なんてほとんどいないから、この人がコリアスでまちがいないと思う。
この家にはきちょうなものなんてないし、ドロボウとかも来るだけムダだろう。
それにこんなにどうどうとしている悪い人もいない……たぶん。
見た目が怖いだけだよね。
いつもの村の外の丘に走ってきた。
アキがいないこととコリアスがいることをのぞけばいつもどおり。
目に見えない魔除けの結界の外はちょっとしたはらっぱになっていて、もっと遠くのところにはとても大きな森があるのが見える。
森の近くにはいろんな魔物がうごいているのがわかった。
でも結界があるよ! っていう目印の外に出なければ安全だ。
丘の上も結界の中だからだいじょうぶ。
やっぱりいつもみている景色だ。
「魔物と戦ったりはしてねぇのか?」
コリアスがおれの見ている方向と同じほうへ顔を向けていっている。
アキが許可をくれないから魔物とは戦っていない。
でもいつかは戦って勝てるようにしないといけないんだ。
アキは七歳になって魔法を覚えるまで魔物と戦わせてはくれないみたいだけど、それだけキケンなんだろう。
コリアスの言葉に答えず木の剣を両手でもった。
「まだ警戒してんのかよ? アキが行く前に挨拶でもしときゃよかったか」
コリアスが頭をぽりぽりとかきながらつぶやいている。
おれはいつもアキとやるようにすぶりをした。
準備運動だ。
型をとったりもしながら、おなかがすくまで続ける。
「おい。坊主。それいつまでやるつもりだ」
コリアスが少したってからいう。
この人なにいってんだろう。
「お昼までやるよ」
「はあ!? アキの大バカ野郎! ガキになんてこと教えてやがる!」
お昼まで準備運動してそれから剣の練習でしょ?
違うの?
「坊主! それはもうヤメだ。俺のやり方で鍛えてやる」
コリアスはそういって腰にぶらさげていた本物の剣を俺にわたしてきた。
お、重たい。大きくて重たい!
「その剣はお前にくれてやる。木よりも本物のほうが鍛錬になるだろう」
そりゃそうだろうけど、いいんだろうか。
アキは七歳になるまでは剣も木でなくちゃダメっていっていた。
でも色んな人から教えを受けたほうがいいともいっていたよな。
うーん。どっちのアキの言葉をゆうせんしようか?
……まあいっか!
おれはアキのいうとおり色んな人から教えを受ける。
おれに本物の剣を持たせたのはコリアスだから、怒られるのはコリアスだ。
この剣はもらっちゃおう。
本物の剣とかつかってみたかったし、重たい剣を使えるようになるのってなんだかかっこいい!
でもあぶないからコリアスがいいっていうまでは剣を鞘からぬかないようにしよう。
「とりあえずそれで素振りだ。といっても昼までやり続けたりすんじゃねぇぞ?」
うなずいて鞘から剣をぬかないまますぶりを始める。
「おいコラ待ちやがれ! 鞘から剣ぬいて素振りしろ!」
いわれたとおり鞘から剣ぬいた。
この剣ってなんだかいいな。
鞘からぬかない剣でも、つかいやすい気がする。
でも重いから木よりはつかいずらい。
「セレメ。もう少し大人の言うことに反抗したらどうだ? 危ねぇことはやめるべきだが、そこまで言う通りにやらなくてもいいんだぞ?」
どういうこと?
首をかしげてしまう。
「例えば昼まで素振りとかやんなくてもいいし、勝手に鞘から剣を抜いてみてもいい。たまにはサボってもいいんだぜ。そんで友達と遊んだりしろ」
「ともだち?」
「そうだ。少なくてもいるだろう? 友達」
記憶をさぐってみる。
ずっと剣の練習の記憶だ。
友達っていない。
強いて言えばアキが友達だ。
アキはおれの育ての親であり、友達であり、師匠。
うん。アキは友達でもある。
でもアキと剣の練習をサボるのはできないよな。
アキは師匠でもあるんだ。
「サボれないよ。アキはサボらないから」
「あ? だからって友達と遊ぶ時間を削るこたぁないだろ」
「だいじょうぶだよ。遊んでるもん」
「本当かよ?」
「アキは優しいから本も読んでくれる」
「……おいセレメ。友達がアキだとか言わねぇよな?」
「アキは友達でもあるよ?」
「……これは族長に相談しねぇといけねぇ案件だな」
なんで?
大人はむずかしいことばかりいう。
どうしてそこで族長のことがでてくるの?
「まあそれはいいとして素振りを始めようか」
いわれたとおり重たい剣をふるう。
うまく出来ないけどどうすればうまくふれるか摸索していく。
力がないせいか?
ぜんぜんうまくできないや。
次話は4月14日投稿予定です。
次話予告、腕立て伏せ二万回とかマジキツイ!