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箱舟列車と銀の鳥  作者: 柿の木
第一章 彼女と彼と白い海
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第六話




「……先程の。まさか、じゃあ、貴女が、『協力者』?」


 これは予想外の事態だったな。

 リウも彼女が乗っていたのは知らなかったのか、困惑した顔のまま。

 けれど不穏な空気に口を開く。

 いつも以上にゆっくりと言葉を選ぶのは、状況が悪いとわかっているからだろう。

 

「先輩。こちらは、アスティ班長の指示で動いています。任務の最中ですので」


 やんわりと関わらないで欲しいと言おうとしたリウを、セレンはきっと睨んだ。

 凛とした女性に睨まれると、結構ダメージがありそうだ。

 リウはたじろがなかったが、流石に口を閉じた。

 

「私はこの列車の警戒に当たっています。何かあれば、対応するのが私の任務です。ハーグウィル、貴方がその海上がりと一緒にこの列車に乗っているということは、この列車で何かあるということでしょう」


「先輩」


「……何を追っているのですか?」


 トルカはリウとセレンを交互に見て、そっと息を吐いた。

 多分、摘発班も色々あるのだろう。

 海上がりと手を組む。

 その決断が摩擦を起こすのは、ある意味当然とも思えた。

 

「言えないことですか? 海上がりに騙されて、貴方まで何かに加担しているなんてことはないでしょうね?」

 

「……先輩、出来れば後で。戻ったら、いくらでもお話しします」


「そういうわけには行きません。摘発班は、安全な運行のため些細なことでも見逃せない。貴方も知っているでしょう」


 現に、とセレンはトルカを見た。

 先ほどの穏やかな顔が嘘のように、鋭い視線。

 とばっちりだとは、思わない。

 彼女がここまで過剰に反応しているのは、きっとトルカが海上がりだからだ。


「現に、海上がりが乗車している。先ほどの『落とし物』は……、嘘だったんですか?」


「ごめんなさい。さっきはありがとう、お姉さん。優しく対応してもらえて、嬉しかったです」


 会ってたの、とリウが呆れたように小さく言う。

 トルカは肩を竦めた。

 不可抗力だ。

 

「海上がりと知っていたら、あの場で摘発したのに」


「やだ、ちゃんと『今日』はお金払って乗ってます」


 ころころと笑うと、彼女は険しい表情のまま、一歩踏み出す。

 慌てたように、リウが間に入った。


「先輩、彼女は『協力者』です。摘発の対象では」


「ハーグウィル、貴方は海上がりを甘く見過ぎです。『協力者』なんて言って、貴方を騙して裏切るくらい平気でやりますよ」


「そうだねぇ、そういうこともあるかも。でもさ、それでも良いから協力してくれって言ってきたのはそっちだよ?」


「トルカ、引っ掻き回さないで!」


 リウの懇願に、トルカはイヤホンを押さえてむっと口を尖らせた。

 せっかく仕掛けたのに、肝心の交渉内容は全く頭に入って来ない。

 これくらい言い返したって、きっと罰は当たらないだろう。


「ここでリウに当たっても仕方ないよ。ね、お姉さん、本社に帰って社長に直訴したら?」


 こういう時のトルカは、大体余計なことを言ってしまう。

 悪い癖だな、と思っても、なかなか治らない。

 嫌味に取られない顔を作った自覚はあった。

 まあ、どう考えたって、今の彼女には火に油。

 もちろん、わかっていて、やった。


「……犯罪集団が」


「先輩ッ!」


 トルカに掴みかかろうとしたセレンを、リウが止めた。

 その細い手首を掴んで、悟られない程度に捻り、動きを封じている。

 

「ハーグウィルっ」


「……お願いします。ここで、事を荒立てたくはないんです。彼女も、こんなですが、決して悪い子じゃない」


 セレンを押さえ込んだまま、リウは低く言った。 

 悪い子じゃない、か。

 彼女の苛烈な瞳を静かに見つめ返して、トルカはため息を隠した。

 

「貴方が海上がりを知らないだけです!」

 

 そう、その通りだ。

 なのに、リウはしんとした声で、「知っている」と答える。


「僕は半年、彼女と仕事をしてきました。だから、海上がりのことは知らなくても、彼女のことは先輩より良く知っている」


 ばっとセレンがリウを振り払った。

 いや、彼が手を離したのだろう。

 手首を押さえた彼女は、唇を震わせた。

 何か言われる、と思ったのに、セレンは躊躇うようにふらりと後退って。

 そして、一等客車の扉を開けた。 

 

「……先輩!?」


 行くつもりだ。

 トルカの落とし物が「嘘」だと知ったのだから、そこが何らかの「現場」であると踏んだのだろう。

 交渉の盗み聞きが、大事になってしまった。


「トルカは、ここにいて」


 彼女を追ってリウが動くと、イヤホンが抜けた。

 あ、と思ったがトルカが押さえる前に耳にかけていたそれが引き摺られる。


「ちゃんと反省、しておいて」

 

 きつい声で付け加えられて、「それは良いからイヤホン置いてって」と言えなかった。

 リウは気付いていないのか、一等客車へと駆け出す。


「……あー」


 自業自得、か。

 トルカは取り残されて、苦笑する。 

 車窓を流れる穏やかな海が、きらきらと光っていた。





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