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箱舟列車と銀の鳥  作者: 柿の木
第一章 彼女と彼と白い海
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第四話




「じゃあ、海が白っぽく見えるの砂潮のせいなんですか?」


「そう。エドラ大海からこの時期だけ流れ込んでくる砂で、凄く水深が浅くなる。それが砂潮」


 まだこちらに気付いていないリウは、向かいの席の少年にそう答えて、窓の外を指さした。

 そこそこ席の埋まった一般客車は、海の匂いに満ちている。

 皆窓を開けて、砂潮やココルア鳥を見るからだ。

 リウと話している少年も同様に、身を乗り出すようにして車窓を眺める。


「ココルア鳥がこの時期だけ海面を飛ぶのも、砂潮が関係してるんだ。大きな魚に襲われずに、餌を探せるから」


 ココルア鳥は今育雛期で、と続けるリウに、少年はうんうんと頷く。

 もっと簡単な言葉で説明しなきゃ、だめでしょ。


「リウ、ただいま」


 一応そう声をかけて、彼の隣に座った。

 リウは「おかえり」とだけ言って、特別反応を返さない。

 トルカが何をしていたのか、重々承知だからだろう。

 

「あ、こんにちは」


 対して乗り合わせた少年は礼儀正しく頭を下げた。

 その隣にちょこんと座っているのは、彼の妹だろうか。

 焦げ茶色の髪は、兄妹揃って少し癖がある。

 トルカは「こんにちはー」と応じて、にっこりと笑った。


「『三人』でおでかけなの?」


 恥ずかしそうに眼を伏せていた少女が、視線を上げる。

 その膝の上には、ココルア鳥のぬいぐるみ。

 誇張された丸いフォルムに、黒いガラス玉の眼。

 どこかで見たような、お土産品だ。


「……うん」


 お気に入りを頭数に入れてもらえて嬉しかったのか、彼女は小さな声で、けれど楽しそうに答える。


「もらったの」


「そっかぁ、良かったね」


 兄の方は恥ずかしいのか、ぬいぐるみを抱き締めようとする妹を止めた。

 兄は十三くらい、妹は十に届くか届かないか。

 二人だけで海上鉄道に乗るには、少し幼い気もする。


「エルッツェンドまで行くんだって。おじいちゃんおばあちゃんが住んでるんだよね?」


 トルカの聞きたかったことを先回りしてリウが答え、少年がこくりと頷く。

 エルッツェンドは東エドラ大陸にある港湾都市だ。

 一応外国にあたるが、海上鉄道が通っているためほぼ何の手続きなく立ち寄ることが出来る。

 

「僕もエルッツェンド出身だし」


 さらりと付け加えたリウの顔を、トルカはまじまじ見つめた。

 エルッツェンド出身?


「え、リウってエンドランドの人じゃなかったんだ?」


「そうだけど。あれ、言ってなかったっけ?」


「聞いてなーい」


 道理で知らないことが多いと思った。

 彼は「そっか、ごめん」と軽く流して、続ける。


「海上鉄道も初めてだって言うから、盛り上がって」


「いろいろおにいさんに聞けて、助かりました。ありがとうございます」


「いいよ。僕も楽しかったし」


 ふっと笑うと、涼しげな目元が和らぐ。

 ぱっと見とっつきにくそうに見えるからか。

 或いは、それが自分に向けられることはないだろうと知っているからか。

 リウがこんな風に笑うと、ちょっと貴重な気がする。

 男子二人がほのぼの笑みを交わす隣で、妹ちゃんがふいにお腹をさすった。

 何か言いたげに、兄を見上げる。


「お腹空いたの?」


 気が付かなかった少年に代わってそっと声をかけると、「うん」と頷く。

 何か、罪がないなぁ。


「飴、舐める? これ、お気に入りなの」


 トルカは鞄から飴を一つ取り出して、少女の小さな手に乗せた。

 船倉区のお菓子屋さんが作っている、包みがちょっとお洒落な飴だ。

 彼女はぱっと顔を綻ばせて、宝物でも扱うようにそっと飴を握った。

 

「す、すみません。ほら、スー、おねえさんに、お礼しなきゃ」


 兄に言われて、少女は「ありがとう」とトルカにお礼を言う。

 言いつつ、気になるのか手の中の飴をちらと見る。

 う、可愛い。


「まだ、お昼食べてないの?」


 リウに聞かれて、少年は恥ずかしそうに頷いた。

 食堂車で食事をするのはそれなりにお金がかかるため、一般客の多くは車内に食べ物を持ち込むが、兄妹は何も持っていないようだ。

 

「売店なら、軽食とかお腹に溜まりそうなお菓子とか、ちょっと置いてるよ」


 トルカは比較的安価なものを勧めて、ついでに付け加える。  


「何か買って、一番後ろのデッキで食べるの、おすすめだよー。今日は天気も良いし」


「デッキ?」


「うん。まだ行ってないんだ? 海上鉄道に乗ったら、見といて損はないと思うな」


 海上鉄道のデッキ車両は本当におすすめだ。

 延々後ろへ流れていく線路と海は、いつまでだって見ていられると思う。

 何より、一般の家族連れやカップルなんかが良く利用するからか、摘発班のチェックが比較的甘い。

 うん、本当におすすめ。

 興味を引かれたのか、少年は後方部を振り返る。

 彼が「行ってみる?」と問うと、妹はご機嫌な様子で頷いた。


「あの、ありがとうございました。せっかくなので、スーといろいろ見て来ます」

 

 兄より先に腰を上げた妹ちゃんが、早くとばかりに彼の袖を引っ張る。

 いってらっしゃいと手を振ると、少女は飴を握ったままの手を振り返してくれた。


「追い払うことないと思うけど」


 微笑ましい兄妹が仲良く車両を出ていくと、リウがぽつりと言った。

 責めるような、戸惑うような、声。


「良いじゃん。デッキでお昼ご飯食べるの、最高だと思うよ。あの子たちは海上鉄道を満喫出来て、私たちはこうやって『打合せ』が出来る。何がいけないの?」


「…………」  


 いけないわけじゃない、と彼は首を振る。

 何か言うかと思ったのに結局それっきり、リウは黙り込む。


 いけないわけじゃないけど、騙しているみたいで嫌。


 そんなところだろうか。

 トルカはふっと息を吐いたが、それは溜息ではなかった。

 リウの馬鹿みたいに真っ直ぐなところは、何だか懐かしくて少し切ない。

 

「……ごめん。君のそういうフォローが必要なことは、わかってるんだ。忘れてくれて、良いから」


 トルカはきょとんとして、気まずそうなリウの横顔を覗き込んだ。

 そんなことを言われるとは思っていなかった。

 そういうところが、どうも憎めない。

 

「謝らなくても、良いのに。そういう良識? 大事だと思うよ」


 こればかりはからかったわけでも、呆れて言ったわけでもなかった。

 摘発班は正義の味方みたいな顔して、実際荒事担当の汚れ役だ。

 海上がりを挙げるためなら何を利用しても、みたいな風潮すらある。

 リウはトルカの言葉をどう受け取ったのだろうか。

 よくわからないみたいな顔で、「そう」とだけ言った。





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