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箱舟列車と銀の鳥  作者: 柿の木
第一章 彼女と彼と白い海
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第二話




 待ち合わせのカフェで軽く食事をして、追加で頼んだホットチョコレートを楽しんでいたら、ようやく約束の相手が来た。

 グレーのジャケットに黒のズボン姿のリウは、何というか全体的に「暗い」。


「遅いよ、リウ」


「遅くはないよ。時間通りだ」

 

 テラス席に陣取ったトルカの肩越し。

 リウは店内の時計を見て言った。

 

「女の子待たせてる時点で遅いのー」


「横暴」

 

 至極真っ当な反論をして、彼はトルカの前の席に腰を下ろした。

 海風で乱れた暗い灰色の髪を、適当に整える。

 ガイドに連れられた観光客の数人が、カフェの脇を賑やかに通り過ぎて行った。

 

「えー、デートで相手を待たせたらまず謝んなきゃ。それで甘いものでも奢ってご機嫌とって、今日も可愛いねって褒める! 当たり前でしょ」


「デートじゃないし」


 しかももう甘いもの飲んでる、と可愛くない指摘。

 最初の頃は面白いくらい反応してくれたのに。

 つまんないの、と呟くと少し怖い顔をされた。


「お互い仕事だよね、トルカ」


 リウは鋼の色をした瞳で、じっとこちらを見た。

 その色は、結構好きだ。

 トルカはにっこりと笑う。


「ちゃんとメール、見てくれた?」


 ホットチョコレートをスプーンで掬って、トルカは何てことない調子で本題に入った。

 それはウィエルドが拾ってきた、交渉事の情報。

 『海竜』と『青牙』が、海上鉄道内で交渉の場を設けるという。

 なかなか不穏な接触だが、トルカは不安より興味が先立つ。

 それは、何が入っているかわからない箱を開ける興奮に似ている。

 面白そうと思うのは、多分自然なことだ。


 ね、楽しそうだよ。

 一緒に来る?

 

 それこそデートのお誘いみたいなメールを、リウ宛てに送った。

 彼はメールと聞いて、眉を寄せた。

 何だか情けない顔に見えるのは、気のせいだろうか。


「見たよ。見たんだけど、理解は、していない」


「?」


「……『海竜』はともかく、『青牙』がわからない。班長に聞いても、海上がりだとしか教えてもらえなくて。もう、君に聞いた方が早いかと」


「えーっ! またそれぇ!?」


「うん。またそれ」

 

 何も知らないと言われ慣れたリウは、ひょいと頭を下げて「よろしく」と言う。


「うーっ、でも私の知識で良いのかな?」


 当の本人は全く意に介した様子もなく、「何故?」と首を傾げた。


「君の方が良く知っているんだよね?」


「そーだよ。私、海上がりだもん。よーく知ってるよ」


 でも嘘を教えるかもしれないのに。

 これから彼が摘発班としてやっていくのなら、その些細な嘘が命取りになる可能性だってあるのに。

 腐っても海上がりは元海賊だ。

 敵の首を取るのに、手段は選ばない。


「トルカ」

 

 促すように、彼は少し早口で名前を呼んだ。

 あーあ、もう。


「リウはホント、何なのかな。わかってやってるんなら凄いし、それが素ならもっと凄いよ」


「何度も聞くけど、馬鹿にしてるよね?」


「馬鹿にはしてないよ。呆れてるけど」


 納得いかない表情の彼は、いつもより子どもっぽく見える。

 トルカは冷めてきたカップの中身を、スプーンでくるくるとかき混ぜた。


「『青牙』っていうのは、『海竜』と同じくらい大きな海上がりの一団だよ。でも『海竜』と違って、抗争後に人の出入りが激しかったの。昔は『海竜』と張ってたらしいけど、今は名前だけって感じかな」


「なるほど」


「元はどっちもカナルタの辺りが拠点だったから、仲は悪いよね」


 カナルタはエンドランドで二番目に大きな島。

 今はレド島という一大観光地が近いため、交通の要所としても栄えている。

 そのカナルタで、「ラケシス交易」の名で活動しているのが、『海竜』だ。

 名のある海上がりとしては唯一表の顔を手にし、最も強かに海上抗争後を生き抜いてきた。

 対して『青牙』は抗争後に内部で血みどろの争いをして、ほぼ瓦解した。

 今ある『青牙』は、不良の集まりと言っても過言ではない。


「その仲の悪いとこが、交渉?」


「仲は悪くても、共通の敵のことだったら手を組んでもおかしくないかもよ」


 エンドランド海上鉄道。

 何か言いかけた彼を無視して、トルカは続ける。


「鉄道内で交渉ってとこが、少し気になるんだよね。どっちがセッティングしたにしても、割と本気なのかも」


「……鉄道内で交渉って、随分ふざけてると思うけど」


「ちょうど良いんだよ、海上鉄道って。中に仕掛けするのは難しいし、殺しも出来ない。交渉事にはうってつけ」


「今凄く物騒なこと言った?」


 これくらいで物騒なんて。

 トルカはスプーンを置いて、頬杖をついた。

 視線を上げると、海上鉄道の高架が見える。

 

「詳細は以上です、ハーグウィル殿ー。で、どうするの? 海上線西回り、十二時半。そろそろだよ?」


 トルカが指差す先は、ハイリオンの中心。

 エンドランド海上鉄道の本社にして、一大ターミナル。

 白いタイル張りの巨大な建物が、高架の行方に聳えている。

 結局何も頼まなかったリウが腰を上げた。


「半年も追ってるのに、まだ何の手がかりもない。もちろん、行くよ」


 瞳に浮かぶのはやはりその歳相応の口惜しさと焦り。

 そりゃあエンドランド海上鉄道の摘発班に入って、ずっとこんな仕事をしているのに何の成果もなかったら、腐りたくもなるか。


「焦らないの、新入社員。お給料貰って可愛いコと密偵ごっこ出来るんだって思ってれば良いじゃん」


「ちょっと待って。色々凄く訂正したい」


「良いけど、『可愛いコ』を訂正したら泣いちゃうから」


 あ、黙った。酷い。

 じゃあ行こう、なんて下手な誤魔化し方をしたリウを追って、トルカも立ち上がった。

 ココルア鳥が海面ぎりぎりを飛ぶ季節。

 ハイリオンは概ね、平和だ。

 

「もう一回海上抗争なんて、つまんないもんね」


 リウに追いつく前に、トルカはぽつりと呟いた。

 優しくはないし、友達みたいに気安くもない。

 所詮リウも、海上鉄道側の人間だ。

 けれどその彼とこうして歩くことを決めたのは、二度目の海上抗争を防ぐため。


「今日は何事もなく終わると良いねー、リウ」


 グレーのジャケットの裾を掴んでからかうように囁くと、リウは少しだけ歩調を緩めた。

 別に速いと催促したかったわけじゃないのに。


「そうだね。君が余計なことをすると心臓に悪いからね」


「リウがもうちょっと頼りがいがあったら、『余計なこと』をしなくても済むんだけどなぁ」


 間髪入れずに答えると、リウはふっとトルカを見下ろす。

 そういえば、とばかりに首を捻る。


「他人にこんな物言いするの、初めてかもしれない。トルカも、割と変な人だよね」


「なにそれ」


「そうだな。協力者が、君みたいな『可愛いコ』で良かったって話かな」


 反撃なら十年早い。

 けれど笑顔を作ったトルカが切り返す前に、リウは遠い目をして「僕は」と続けた。


「僕は元海賊の協力者と聞いて、片手で海獣を捻り潰せそうな眼帯のマッチョなオヤジが出てくるものだとばかり思っていたから」


「そんな海上がり今時いないからっ」


 リウは至極真面目な顔をして、「それはそれで残念かな。見てみたかったのに」と冗談とも本気とも取れない発言をした。





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