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箱舟列車と銀の鳥  作者: 柿の木
第一章 彼女と彼と白い海
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第一話



  

 ベッド脇のチェストで、目覚ましが鳴った。

 閉めたはずの小窓から、少しだけ海の匂い。

 トルカは柔らかい毛布を思いきり抱き締めてから、諦めて目を開けた。

 母のお下がりの小さな目覚まし時計は、十時半を指している。

 もう、起きなきゃ。

 朝に弱いのは、きっと母の遺伝だろう。

 ふわ、とあくびをしてから、椅子の背もたれにかけておいた服に着替える。

 今日はリボンタイのついた白いブラウスに、茶色地にチェックのロングスカート。

 すぐ癖がついてしまう髪を手櫛で整えながら、トルカはぎしぎし鳴る階段を下りた。

 

「おはよー、エル」


 階段を下りるとすぐウィエルドの作業場だ。

 煌々と光る画面に向き合った彼は、返事もせず静かに情報端末を操作している。

 照明を点けても反応なし。

 茶色の硬そうな髪に、いつも眠そうな顔。

 ずんぐりと大きな身体は、おっとりとした動物を彷彿させる。


「ご飯、食べた?」


「…………」 


「昨日のシチュー残ってるから、お昼には食べちゃってね」


 この間二十歳のお祝いをしたが、彼は変わらずこんな調子だ。

 トルカは床を這うコードや機械を飛び跳ねるように避けて、てきぱきと出かける準備をする。

 キッチンの鏡で髪を編んでいると、テーブルを挟んで背中合わせのウィエルドが振り返るのが見えた。

 

「トル。『海竜』に喧嘩売るのは、駄目。売るなら、恩にしておいて」


「う、わかってるよ。ごめんってば」


 ついこの間の、『海竜』の運び屋の件だ。

 海上鉄道と協力の約束はあるが、本来手を貸す義理はない。

 海上がりの情報はある程度提供するし、場合によっては情報収集の現場に『彼』が同行することも認めた。

 けれど、海上鉄道がどう動くかまでは関知しない。

 トルカたちが情報を集めるのは、主に自分たちと『顧客』の安全のためだ。

 手を出しては、元も子もない。

 でも。

 トルカは少年の不服そうな顔を思い返して、「だって」と肩を竦めた。


「だって、リウってば失敗しちゃいそうなんだもん」


 エンドランド海上鉄道の摘発班。

 鉄道内の犯罪行為を取り締まるのが彼らの仕事だが、近年とある噂で警戒を強めていた。


 曰く、『海竜』が海上鉄道の乗っ取りを計画している、とか。


 今までいくらでもあったその類の噂に何故そこまで反応するのかわからないが、実際海上鉄道は早々に対策チームを結成した。

 最初『銀翼』に接触してきた、対策チームの班長と名乗る女性は、敵に回したくないタイプのやり手。

 しかもあの海上鉄道が海上がりに協力を求めるのだから、かなり本気であることが窺える。

 ところが、だ。

 現場に出てくるのは、基本リウ・ハーグウィルという新入社員。

 聞けば、対策チームとやらは班長と彼の二人だけだとか。

 肝心のリウは制圧術や護身はともかく、海上がりに関する知識があまりに少ない。

 トルカには関係ないはずなのに、つい口を出したくなる。

 

「相手は『海竜』なのにさ、つめが甘いんだよね」

 

「トルカ」


「わかってる。わかってるってば。もうしないよー……。私だって『海竜』に目を付けられるのはごめんだし」


 いくら海上鉄道が運び屋を拘束したとはいえ、大胆に立ち回ってしまった自覚はある。

 ウィエルドは眠そうな顔のまま、ゆっくりと頷いた。

 わざわざ話を蒸し返して念押ししたのは、今日の仕事にも関係があるからだろう。

 

「『海竜』もだけど、『青牙(あおきば)』も。あと、これ」


 そう言って彼が大きな掌で差し出したのは、白い花飾りのイヤリング。

 トルカは大きめの鞄に仕事道具を詰めながら、それを受け取って耳につけた。


「良く出来てるね。さっすがエル」


「何かあったら連絡」


 ウィエルドは椅子を鳴らしてまた端末に向き合う。

 トルカに背を向けたまま、彼は「時間」とぽつりと言った。

 最後に通信補助端末をポケットに入れて、トルカは小走りにアジトを出る。


「じゃ、いってきまーす!」


 彼は振り返らず、素っ気なく片手を挙げた。


 時刻は十一時少し前。

 きっと空はココルア鳥が綺麗に見える秋晴れだ。

 けれどトルカが踏み出す粗い石畳は、いつでも薄暗い。


 船倉区。


 エンドランド諸島連合で最も大きな島であるハイリオンは、街としての歴史も長い。

 船倉区は中でも古い一画で、白く塗られた土壁の建物が特徴の所謂下町だ。

 勘違いされやすいが、治安はハイリオンの中でも比較的良く、ご年配の住人が多い。

 そして最も早く、海上鉄道の高架建設が始まった地区でもある。

 トルカは上を見上げる。

 広がっているはずの青空は、もちろん見えない。

 初期の高架建設は技術的に色々な難題があり、安全のため地区のほぼ全域に「天井」が作られたからだ。

 この辺りが「船倉区」なんて呼ばれるようになったのも、その頃から。

 明かり取りの隙間と街灯があるとはいえ、お陰で船倉区はいつでも薄暗い。

 慣れてしまえば、なんてことはないけれど。

 降ってくる振動は、海上鉄道。

 重いその音を心地よく聴きながら、トルカは軽い足取りで船倉区を出た。

 






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