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箱舟列車と銀の鳥  作者: 柿の木
第三章 海竜
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第一話




 足早にホームへと向かう女性とすれ違った。

 彼女はヒールのある靴で、階段を駆け上がっていく。

 遅れて、もう二人。

 そろそろ発車時刻なのだろう。

 一瞬その背を見送って、ため息を吐いた。

 雨の音も聞こえない、ハイリオンの広大な駅構内。

 ラッシュ時は終わっているが、ここで人を探すのは無謀だ。

 まして、その相手と約束をしているわけでもない。

 大きめのキャスケットを目深に被り直して、トルカはゆっくりと歩き出した。

 肩にかけた小さな鞄を、掌で押さえる。

 

「こーいう日は、うろうろしてるもんなのに」


 いて欲しくない時は煩いほどいるのに、こういう時は殆ど姿を見かけない。 

 これだから、摘発犯は。

 八つ当たり気味に、心の中で文句をつける。

 売店の前を通り過ぎるのは、三度目。

 店員のお兄さんが、こちらを見る。

 流石に、そろそろ限界かもしれない。

 こんなことなら、直接連絡を取れる手段を用意しておくんだった。


「……も、帰ろっかな」

 

 そもそも何で会えると思ったのだろう。

 そもそも、何で会わなくちゃいけないと思ったのだろう。

 わざわざこんな変装までして、と思うと尚更腹立たしい。

 少し大きめのシャツに、ハーフパンツ。

 ココア色の髪をキャスケットに隠したら、外見の特徴はほぼ消える。

 きっと船倉区のご近所さんとすれ違ったって、トルカだとは気が付かれないだろう。

 全く、好みではない格好ではあるけれど。


「……?」

 

トルカは鞄を押さえたまま、足を止めた。


「……――時は、一人で動かないこと。まずは、報告。それから応援を待って下さい」

 

 芯の強そうな、凛とした声。

 緩やかな曲がり角の先は、幅の広い下り階段が改札口に続いている。

 雨の匂いが、強くなる。

 人影は、二人。


「一人で動くことは、なるべく避けて下さい。特に、貴方はまだ新人なのですから」


 言葉や口調は、やはり硬い。

 けれど突き放して聞こえないのは、結局優秀な後輩にそれなりに目をかけているからだろう。

 きりりと結んだ柔らかそうな茶色の髪は、あの時と変わらず。

 セレン先輩、とリウが呼んだ人だ。

 彼女の視線の先で、彼は静かに頷く。

 セレンと同じ制服に、赤い腕章。

 おかしくはない。

 彼は、リウ・ハーグウィルは、摘発犯の一員なのだから。

 

「巡回経路は、日によって違います。今日は、この後西口に向かいましょう」


「はい」


 すっと、セレンが先に立って歩き出す。

 リウは当然彼女の後に続いた。

 こちらに来る。

 瞬間、トルカは踵を返して走り出した。

 リウだけなら願ってもないけれど、セレンも一緒ではまたあの時のような騒ぎになりかねない。

 売店の前をぱっと駆け抜けて、一段飛ばしに階段を駆け上がる。

 その先は、ホームだ。

 トルカの後ろ姿が二人に見えたとして、乗客が焦っているようにしか見えないはず。

 そう、見えて欲しい。

 

「……はぁ」


 何をやっているんだろう、ホント。

 海上鉄道は、発車したばかりなのだろう。

 息を整えながら見渡したホームには、人の姿がない。

 階段を振り返ったが、誰かが追いかけて来る気配はなかった。

 どうやら、上手いこと危機は乗り切ったようだ。

 トルカはドーム状の天井を見上げて、それから時刻表を確認する。 

 もちろん、意味はない。

 ウィエルド特製の偽造切符は持っているが、別に海上鉄道に乗りたいわけではない。

 トルカは、リウに会いに来たのだから。


「さっすが海上鉄道。すぐ次の列車じゃん」

 

 のろのろとホームのベンチに腰掛けると、トルカは爪先に視線を落とした。

 別に、ショックだったわけではない。

 リウは海上鉄道の社員。

 先輩であるセレンに教えを乞うのは、至極当然のことだ。

 そんなことよりも。


「……リウは、ホント、関係ないんだよね」

 

 トルカが接触しなければ、リウは普通の摘発犯と変わらない。

 元々彼の出身は、エルッツェンド。

 本来エンドランドの事情には関わりがない。

 無論海上がりたちの不穏な動きばかりは、彼の助けなしには対処出来ない状況ではあるけれど。


「これは、でも……、『銀翼(わたしたち)』の問題だよね」


 トルカは鞄をぐっと押さえてから、ゆっくりと中に手を入れた。

 指先に、質の良い紙の感触。

 肺が重いような嫌な感覚を振り払うように、トルカは頭を振ってそれを取り出した。

 真っ白い葉書に綺麗な字で綴られた差出人の名は、ラケシス交易。

 『海竜』だ。

 葉書を裏返すとそこには当たり障りのない時候の挨拶に、交易関係の仕事は我が社にご用命を、と書いてある。

 ぱっと見れば、ただの丁寧な宣伝だ。

 ただそれを呑気に受け取るほど、トルカは鈍くはない。


「牽制。あーあ、最悪宣戦布告だよね、これ」

 

 あるはずの宛名はない。

 わざわざあの『海竜』が、『銀翼』のアジトに手書きの葉書を寄越す理由などそれくらいしか思いつかない。

 流石に動転して何故かリウに言わなくちゃと、慌ててここまで来たのだけれど。

 でも。

 これこそ、リウには関係のない話じゃないだろうか。

 確かに目を付けられる原因は、『海竜』の運び屋の摘発だろう。

 けれどあの一件に手を出したのはトルカの独断で、リウには怒られたくらいだ。

 それに測量士の話では、今迫っている危機に『海竜』は関わっていないらしい。

 それならこれは、『海竜』と『銀翼』の問題だ。

 トルカが言わなければ、リウを巻き込むこともない。

 

「『銀翼』が海上鉄道に手を貸してたっていうのが、多分『海竜』的に許せないんだろーけど」

 

 元々敵である摘発犯はともかく、海上がりが海上鉄道に手を貸して『海竜』を嵌めた。

 そりゃあ、怒る。

 でもその心理であれば、恐らくリウには危険はないはず。

 一応彼の上司にだけ状況を伝えておけば、大丈夫だろう。

 ただ、どこから情報が漏れたのかは確認しなければならない。


「やだなー、またエルに怒られそ」


 仕舞い込もうとした葉書に、ふっと影が落ちた。

 

 



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