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箱舟列車と銀の鳥  作者: 柿の木
第二章 船長会議
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第九話




 班室に戻ったのは、夕方だった。

 窓のない地下一階。

 まるでちょっと前にリウが出て行ったみたいに、時間が止まって見える。

 照明に照らされた班室で、アスティはのんびりとコーヒーを飲みながら端末を操作していた。

 見ているこちらの胃が痛くなりそうな、濃いブラック。

 戻りました、と声をかけると、彼女はゆっくりと振り返って「おかえり」と微笑む。


「どうだった? 船長会議、楽しかったでしょう」


 そう聞くか。

 即結果を聞かないところが、どうにも食えない。

 リウは「いろんな意味で有意義でした」と答えてから、仔細を報告する。

 流石に測量士が、ノーディスという個人として協力してくれるというのは予想外だったらしい。

 あら、と意外そうに言って、けれど笑みを堪え切れないようだ。

 

「素晴らしい成果じゃない。これなら多少のことには対応出来そうだわ」


「……情報が集まったら、トルカ経由でこちらに連絡してくれるそうです。近いうちに、動きがあるだろうとは言ってましたが」


「そう。まあ、そっちは任せるしかないわね」

 

 アスティは、ふぅと息を吐く。

 

「……あの」


「なぁに?」


「この場合、僕は、測量士についていた方が良いんですか?」


 実際に話をしたリウは、測量士と呼ばれる男の言葉を信じることが出来る。

 彼が「協力する」と言ってくれたのだから、今更裏なんてない。

 ぽいっと情報だけ渡されても、かなり信頼してそれを受け取るだろう。

 けれど、アスティは違う。


「僕は」


 出来ることなら。

 言いかけたリウに構わず、アスティはあっさりと首を振った。

 

「流石に測量士ほどの相手に、それは出来ないわ。君を送り込んだら、信じられないなら別に良いって即縁切られちゃうわよ」


 彼女は苦笑にも似た顔で言い切ると、「安心した?」と訊く。


「もうあの子にも張り付いてなくて大丈夫とは思ってるんだけど……。ちょっと、困ったことになったの」


「え?」


 アスティは少し身体をずらして、端末の画面をリウに見せる。

 表示されているのは、六班からの通達メールだった。

 

「……『海竜』の運び屋、無罪放免ですか?」


 驚き過ぎて、逆に落ち着いた声が出る。

 確か、カグ・レンスランという名だ。

 トルカと協力して、不正乗車と危険物の持ち込みで摘発した人物。

 

「『海竜』が、いえ、この場合はラケシス交易ね。彼の解放を要求してきたの」


「それで、こんなあっさりと? 不正乗車も荷物の危険物も、確認されたんじゃなかったんですか?」


「もちろん、だから摘発して拘束したんでしょ。ただ、向こうも本気だったみたいね」


 結局十一班の追っていた案件に関わってはいなかったようだが、やっていたことは十分に犯罪のはず。

 それを簡単に放免とは。


「どういう取引を持ち掛けて来たんだか……、あの六班が交渉に当たって、それでも抑え切れなかったところを見ると相当な圧力だったみたいだけど」


 アスティは長い指を頬に当てて、メールを流し見る。

 六班の雰囲気から考えれば、それがどれほどの屈辱だったのか想像に難くない。

 

「済んだことは仕方ないわ。そういうことだから、君は少し気を付けて」


「報復に来る、ということですか?」


 カグという男を捕まえた時の剣幕は、確かに凄かった。

 『海竜』を敵に回したということだろうか。

 けれどアスティは、ひらひらと手を振る。

 

「そこまではしないと思うわ。でも君は海上鉄道の人間だとバレてるわけだから、あの子と一緒にいるところを見られたら、ちょっと不味いでしょ?」


「それは、凄く、不味いですね」


 ほら、だから確認だけで良いって言ったのに。

 トルカはあの時、運び屋とばっちり会話をしている。

 その直後に運び屋はリウに拘束されたのだから、当然彼女のことも記憶に残っているだろう。


「……私たちですら、これだからね。本来海上がりに属する人間が、海上鉄道に協力しているなんて知られたら、危ないわ」


 アスティは「禍福は何とやら、ね」と肩を竦めた。


「あの子には、もうメールで知らせてある。『海竜』の出方次第だけど、しばらくは一緒に動かない方が良いでしょうね」


「了解です」


 そう言ったのに、アスティは何故か呆気にとられたような顔でリウを見る。

 そして唐突に腰を上げると、リウの頬を指で突いた。

 ぎょっとして身を引くと、彼女はにやりと笑う。

 

「不服そうな顔。君も案外、素直ね」


 よっぽどあの鳥が。

 脳裏を過ぎった測量士の言葉を、リウは首を振って追い払う。

 何でもそういう風に捉えたがるのは、大人の悪い癖だ。

 トルカは、一緒にいて気が楽な相棒。

 ただそれが、女の子だっただけのことだ。


「……若いって、良いわねぇ」


 うっとりと歌うように言って、アスティは端末の電源を落とした。







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