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箱舟列車と銀の鳥  作者: 柿の木
第二章 船長会議
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第八話

 



 弾き飛ばされて壁にぶつかった銃は、玩具のように床を転がった。

 それを、トルカが膝を折って拾い上げる。


「何、やってるのー?」


 伸びた語尾が、微妙に震えた。

 どういう顔をして良いのか、わからないのだろう。

 弱り切った顔で、辛うじて笑う。

 何、やってるって。

 リウは詰めていた息を吐き出した。

 咄嗟に銃を弾いて、測量士の背後に回った。

 そして今、自分の手は、彼の肩を押さえつけ左手を捻り上げている。

 夢中で飛び出したせいで、テーブルに足をぶつけた。

 痛い。


「リウ」


 とりあえずやめなよ、と言外に含んだ呼びかけ。

 リウは僅かに力を緩めた。

 測量士は、最初から撃つ気がなかった。

 銃を向けはしたが、その引き金に指はかかっていなかった。

 確かにそれを見たはずなのに、気付いたら動いていた。

 上体を起こした測量士は、リウを振り返る。

 

「お前、よっぽどあの鳥が好きなんだなぁ」


 リウにだけ聴こえるように、彼は囁く。

 その言葉に、身体のどこかが痺れるほど痛んだ気がした。

 

「……嫌いじゃないですよ。大事な『協力者』ですから」


 間違えてはいない。

 痛いのは、青痣になりそうな足だ。

 リウはゆっくりと測量士から離れた。

 駆け寄って来たトルカが、二人の顔を交互に見つめる。


「何だったの? ね、大丈夫?」


「平気だよ。ちょっとこいつをからかっただけだってぇ」


 彼はぐるりと肩を回して、「なあ」と同意を求める。

 からかっただけ、か。

 リウは一応頷いて、彼を睨んだ。

 それならその銃口を、最初からこちらに向けてくれれば良かったのだ。

 

「からかったって、こんなものまで使って? 流石にどうかと思うよ」


「おー、何だ。お前もそっちの味方か?」


「冗談じゃ済まないでしょ、これは」


 トルカはぴしゃりと言い放って、拾った銃をテーブルに置いた。

 「狙われた」とは、気付いていないようだ。

 

「良いじゃねぇか。こいつだって容赦なかったぞ」


 測量士は掴まれた手首をわざとらしく擦る。

 そりゃあ、思い切り力を入れたから当たり前だ。


「涼しげな顔して、意外とやるな。型に嵌まった『訓練生』かと思ったのによ。実戦積めば化けるかもなぁ」


「どうも」


「そう怒るな。いいぜ、ちょっとだけサービスして、情報提供、してやるよ」


 情報提供。

 彼は改めて二人に席を勧めると、「ただし、今回だけな」と前置きをした。

 

「測量士ってのは、あくまで傍観者。一度だけだ。ありがたく聞けよ」


 トルカと並んで腰を下ろすと、測量士はこれまでの笑みを一瞬で消した。

 

「俺んとこにもな、海上鉄道の乗っ取りって話はちらほら入って来てる。これまで何となくあった、ただの噂って感じじゃなくな」


「出所が、信頼出来る?」

 

 そこは情報屋としての側面を持つトルカが口を挟んだ。

 即頷く測量士に、彼女は少しだけ肩を落とした。

 ただの噂なら、それで良い。

 どこかでそう思いながら、この半年やってきたのだ。

 

「で、ここからが肝心だ。恐らく主体は、『海竜』の連中じゃねぇ」


「『海竜』じゃない?」


 海上がりの最大一派だ。

 ラケシス交易として十分な利益も得ているそうだし、海上鉄道に対する恨みも深い。

 潰しにかかってくるなら、恐らくそこで間違いないだろうと思っていたのに。


「『海竜』は現状、慌てて事を起こすほど困窮してねぇ。寧ろ企業として力を得て、正攻法で海上鉄道を呑み込もうってくらいには考えてるだろうな」


 それはそれで不穏な話だ。

 けれどそれなら誰にも文句を言わせない形で、海上鉄道を「潰す」ことが出来る。

 測量士はふっと息を吐いた。

 身内の恥を話すような、苦い顔。


「メインで動いてんのは、『青牙』だろうな」


「『青牙』ぁ? だって、そんな大それたことが出来るほどの力は、もうないよね?」


「メインで、って言ったろ? どうも最近『青牙』に協力してるやつらがいるらしい。そいつらが煽ったんじゃねぇかと思ってんだがな」


 海上がりの二世代目だろう、と彼は言った。

 徐に腰を上げると、測量士は窓に寄った。

 その窓から賑わう船長会議は見えないが、ほんの微かに喧噪が聞こえる。

 

「海上抗争に参加してた俺らはよ、別に良いんだ。負けた時にどうなるか、全部覚悟の上だったからな」


 船を失い、海上がりと蔑まれて、ただ海上鉄道を見上げることしか出来なくなっても。

 覚悟はしていたと、測量士は平然と笑う。 

 後悔はしていないのだと、その横顔を見れば、わかる。


「でもよぉ、海上がり二世代目は違う。親が海賊だったから。それだけで、海上鉄道から切り捨てられて、差別されてんだ。溜まってるもんは、ある意味、海上抗争直後の比じゃねぇよ」


 どこかで火がつけば、それはあっという間に燃え広がる。

 起こるべくして起こる、戦火。

 トルカの肩が、小さく跳ねる。


「抑え込めない?」


「誰が? 俺か? 船長会議なんてやってるが、解決策にもなってねぇだろ? 二世代目も数が増えて来た。ここらが限界だろう。結局『青牙』の動きも、その延長だ」


「……」


「連中がどういう手段にせよ海上鉄道に手を出せば、それに同調する海上がりはかなりの数になるだろうな。その場合はよぉ、」

 

 測量士の視線に、リウは静かに頷く。


「海上鉄道も、実力行使に出ると思います。全ての海上がりをエンドランドから排除するくらいのことはしかねない」


 海上鉄道は、エンドランドの生命線。

 そもそも推進派には、島々の代表のほとんどが名を連ねていたはずだ。

 それでは、駄目だ。


「とにかく、未遂で済ませるしかない」

 

 リウは額を押さえて、ゆっくりと続けた。

 戦端が開かれぬよう、地道に活動を潰す。

 けれど、それだけでは足りない。


「それなりの被害が出なければ、海上鉄道だって即実力行使は出来ない。阻止に僕たちが一役買ったとなれば、班長の発言も少しは重きが置かれるかもしれない」


「…………」


「実行犯には見せしめになってもらうしかないけど、同時に班長に頑張ってもらって、海上がりの乗車規制を緩和していければ、海上がりの反発もある程度は躱せるはず」


 そもそも、ばっさり海上がりは駄目なんて乱暴な切り捨て方をするのが間違っている。

 海上がりと言っても、危険性はピンからキリまで。

 例えばトルカや測量士にその辺りの見極めを任せれば、かなり精度の高い乗車審査を行うことが出来るはずだ。

 海上がりだから、海上鉄道に乗れない。

 ではなく、犯罪行為に加担した、或いはしようとしたから乗れない。

 そういう形に、変えていければ。


「……海上鉄道の意識改革には、もしかしたら良い薬になるかもしれない」


 この危機が真に迫っていればいるほど、効果が期待出来る。

 まだ、勝ち目はありそうだ。

 リウはふと顔を上げた。

 見当違いなことを言ったつもりはなかったが、反応があまりになくて焦る。

 トルカも測量士も、まじまじとリウを見ていた。


「あの人が……、リウに全部任せちゃう理由がやっとわかったかも」


「え?」

 

「はぁ、なるほどなぁ。『銀翼』を誑し込んでんのも、俺のとこまで辿り着いたのも、偶然じゃねぇってことだな」


 自分のことを言われているらしいが、いまいちピンと来ない。

 戸惑うリウに、測量士は唐突に左手を差し出す。


「しっかたねぇなぁ。リウ、お前の戯言に、付き合ってやるよ」


 思考が停止しかけたリウの腕を、トルカが小突いた。

 逃さないように、急いで彼の手を握る。


「測量士は傍観者。だからここからは、一個人として協力させてもらうぜ?」


 大きな手は、良く見るとあちこち傷が残っている。

 海上抗争も経験した、本物の海賊。

 不安定な足場を固めてくれるには、この上ない人物だ。

 

「『銀翼』の、お前も覚悟しとけ。多分、そう遠くないうちに、連中は動く」


 それは宣告だった。

 リウは揺れる感情に蓋をするために、ゆっくりと瞬く。 

 始まってしまう。








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