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箱舟列車と銀の鳥  作者: 柿の木
序章 ハイリオンより夕闇を乗せて
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第一話



   

 

 トルカは降り立った駅で大きく伸びをした。

 引っ張って来た荷物をホームの柱に寄せて、その上にひょいと乗る。

 さっきまで乗務員や駅員たちが慌ただしく行き来していたが、今はすっかり静かだ。

 列車もまるで休憩とばかりに、悠々停車している。

 ホームの天井から僅かに星空が見えた。

 あーあ、お腹空いたな。


「確認だけで良いって言ったと思うんだけど?」


 ホームに上がって来た少年は不機嫌な顔で、トルカに近付く。

 姿勢の良い、涼しげな顔立ちの彼は、少女が手を貸したことが気に食わないらしい。

 見かけに寄らず、少しばかり意地っ張りで子どもっぽい。

 トルカは彼を見上げて、首を傾げる。


「良かったの? 大事な大事な証拠を、海にぽいってされちゃっても」


「それは、困る。困るけど、多分防げた」


 思い返すように、彼はゆっくりと反論した。

 勿論トルカだって、彼の腕をそれなりに評価しているけれど。


「そぉかな? 自分の力量は弁えないと。海上がり相手にやってけないと思うなぁ」


「そうだね。そうだけど、君に言われるのは、ちょっと納得いかない」


「やだ、『お兄ちゃん』ってば。怖い顔。良いじゃん、ちゃんと捕まえられたんだもん」


 少年は眉を寄せて、目にかかった暗い灰色の髪を乱暴に払った。 

 何が不満なんだろ。

 トルカは荷物から降りると、姿勢を正して敬礼をした。


「リウ・ハーグウィル殿、任務お疲れさまでしたぁ」


「……馬鹿にされてる」


「馬鹿にはしてないよ。からかってはいるけど」


 素直に答えると、彼は疲れた顔で眉間を押さえた。


「海上がりって、みんな、君みたいな感じ? 今更だけど、不安になってきた」


 本当、今更だ。

 トルカは、「私、可愛い方だと思うよ?」と笑った。

 リウは胡散臭そうに目を細める。


「なるほど。元海賊って、納得したよ」


 トルカはきょとんとする。


 海上がり。


 それはかつてエンドランド諸島連合で、海賊として生きていたものの呼称だ。

 時を経た今は、その血筋の者も指す。

 海上鉄道の台頭により、海を捨てることを余儀なくされた人々。

 後の対立関係を考えれば、毛嫌いされるのも仕方がない。

 彼のように、良くわかっていないのは珍しいくらいだ。


「私、まだ十六だよ? 海上がり二世代目だもん。実際海に出て海賊やってたのは、親の世代だってば」


「でも軽犯罪集団の一員だ。程度の差はあるけど、『海竜』と同じだよね?」


「だーかーらー、『海竜』とうちは違うの」


 トルカが身を乗り出すと、リウは逆に身を引いた。

 良くわかっていない相手だからこそ、勘違いされては大変に困る。

 トルカは「いーい?」と、少年の鼻先に指を突きつけた。

 

「私たち『銀翼(ぎんよく)』は、元々略奪とかしてない、専守防衛がモットーの海賊だったんだから。でも『海竜』は違う。昔も今も、ヤバいことに両足突っ込んでるホンモノなんだからね。そんなのと一緒にしないでよ」


「専守防衛がモットーの海賊は、そもそも『海賊』とは言わないと」


「えーっ、そこから? も、いいよ。リウはホント、そんなんで、良く海上鉄道受かったね」

 

「……それは、正直僕も同感だけど」


 ホント、変なの。

 海上がりというだけで、この国では差別の対象だ。

 申請に申請を重ねて面接まで受けて、それでも、海上鉄道に乗れないなんてことはざらにある。

 元海賊だから、何をするかわからないから。

 長い長い海上抗争の、残り火。

 もしかしたら、海上抗争はまだ終わっていないのかもしれないと思うことすらあるのに。

 それなのに海上鉄道の新米とは言え紛れもない正社員が、これ。

 何か、気味が悪い。


「……箱舟列車が、どういうつもりなのかな」


「箱舟列車って――」


 言いかけた彼の言葉に、発車を知らせるベルの音が重なる。

 随分念入りに点検をしていたようだが、やっと出発らしい。

 トルカはリウの問いを無視して、荷物を引いて列車に乗り込んだ。

 後はゆっくり夜の旅を楽しめば、明日の夕方にはハイリオンに戻れるだろう。

 

「じゃ、またね、リウ。今度はもっとゆっくりおしゃべりしよ?」


 ばいばいと手を振ると、リウは呆気に取られた表情を一瞬で隠した。


「……僕としては『今度』がないと助かるかな」


「甘いなー、リウは。たかが運び屋でも『海竜』。簡単にゲロったりしないって」

 

 ねえ、わかってる?

 あの『海竜』が、こんなことで終わったりはしないよ。

 がこんと音を立てて、列車の扉が閉まる。

 頑なに手を振り返そうとしないリウが、磨かれた硝子窓の向こうで何か言った。


 気をつけて。


 それは随分と素っ気ない、別れの挨拶だった。

 ホームに立ったままの少年の姿は、ゆっくりと後ろへ流れて行く。

 それを眼で追ったりはしない。

 トルカは扉に背を向けて、さっさと座席に戻った。


「リウってば、ホント、変な人」


 ぽつりと呟いて、トルカは微笑む。

 心地良い音を立てて、箱舟列車は暗い海の上を走り出した。






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