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箱舟列車と銀の鳥  作者: 柿の木
第二章 船長会議
18/25

第五話




「遅い」


「……ごめん」


 リウは素直に謝った。

 暖かい陽射しの下、トルカはふいっとそっぽを向いた。

 昼時、賑わう店内の時計は十二時を十五分過ぎている。

 いや、でも君との待ち合わせの話を聞いたのは、つい二十分前なんだけど。

 テラス席の真っ白いテーブルには彼女が頼んだらしい飲み物と、食べかけのパイが残っている。

 リウはトルカの目の前の席に腰を下ろすと、少し考えて「甘いもの、食べる?」と訊く。

 彼女はちらっとこちらを見た。


「いーです。これ、二個目だもん。甘いもの、先食べちゃったし」


「そう。それ、パイじゃないんだ」


「パイだよ。ミートパイ」


 このカフェのミートパイは絶品だよ、と自慢するように言って、トルカはひょいとフォークを手にしてパイを崩した。

 そのまま、大きな塊を口に運ぶ。

 ぱくり、という表現が正しい。

 取り繕うことない、素の食事だ。


「それじゃ、『今日も可愛いね』?」


 お望み通りのご機嫌の取り方だろうに、不満らしい。

 パイを飲み込んだトルカは頬杖をついて、リウの顔を覗き込む。


「……さてはリウ、全然反省してないでしょ」

 

「そうだね。そうかもしれない」

 

 でも嘘は言っていない。

 今日は、白いセーターにショートパンツ。

 ココア色の髪は緩く一つに纏められている。

 普通に、似合う。


「そういえば、これ」


 リウはさっさと切り替えて、回収したイヤリングを差し出した。

 トルカはぱちりと瞬いて、「どしたの、これ」と首を傾げる。


「どうしたのって、君のだよ。整備班の同期に頼んで、回収してもらった」


「頼んでないのに」


 ほら、これだ。

 予想通り過ぎて、いっそ笑える。

 素直にお礼くらい、


「でもありがと」


 ころっと笑ったトルカが手を出した。

 その掌に、促されるままイヤリングを落とす。


「一回しか使ってないのになくしちゃったから、エルに、もうちょっと大事にしてって言われちゃって。戻って来て良かったー」


「……どういたしまして」


 素直にお礼を言われると、調子が狂う。

 トルカは下げていた小さなポシェットに、イヤリングを仕舞った。

 何気なく見ていただけなのに、リウの視線にトルカは笑みを深める。

 

「今日は、使わないよ」


「『今日』?」


「うん、今日ってメールしたでしょ? 急だけど、測量士に直接会うなら今しかないと思うよ」


 測量士に会う?

 どこの何方だろう。

 記憶を辿るまでもなく、知らない単語だ。

 だが、送り出すアスティの言葉が耳の奥に蘇る。

 船長会議。

 確か、そう言っていた気がする。


「リウの上司はホント、強かだよね。『銀翼(うち)』を伝手に、測量士と繋がりを作っとこうなんて、普通考えないよ」


「……」


「リウを連れてってあげても良いとは言ったけど、向こうの返事までは期待出来ないからね? あの人、変わり者だし」


「トルカ」


「んー?」


 トルカは残りのパイを口に運んで気のない返事をする。

 意識はもう目の前の食べ物に向かっているようだ。

 リウは額を押さえた。


「船長会議と、測量士について、詳しく」


 一瞬の沈黙。

 うっそぉ、とトルカが呟く。

 いや、流石に放任が過ぎる。

 リウは額を押さえたまま、「嘘だったら良かったんだけど」とため息を吐いた。


「今日の予定も、全く把握してない」


「なんか、さ、その……、私が言うのも何だけど、やっぱりあの人にちゃんと言った方が良いよ? 確かに今日っていうのは急に決まったけど、測量士と会いたいって話は結構前から貰ってたし」


「……そうだね」


 あの人は、全く。

 リウが落ち込んでいると思ったのか、トルカはそれ以上リウの無知をからかったりはしなかった。

 流石に憐れまれている。


「船長会議は、海上がりの集まりのことだよ。測量士は、その主催者ってとこかな。あの人は完全な傍観者だけど、情報だけは腐るほど持ってるの。リウのとこからしたら、『協力者』として最高の相手でしょ? だから会いに行くんだよ」


 なるほど、わかりやすい。

 頷いてしまってから、リウは慌てて首を振った。


「海上がりの集まりで、『船長会議』?」


「そう」


「その主催者に、海上鉄道に協力してくれって頼みに行く?」


「うん、多分、そういうことだと思うよ」


 それ、敵陣に乗り込むって話だ。

 

「測量士はね、元々『三つ足のロゼ』のとこにいたんだよ。海上抗争も経験してる、本物の元海賊ってとこかな」


「片手で海獣を捻り潰せそうな?」


「だから、そんな海上がりいないって。いくら測量士でも、片手では流石に無理だよ」


 どうやら両手ではいけるらしい。

 それは凄い、見たい。

 

「じゃなくて、流石に危険だよね?」

 

 トルカは丸いカップを両手で持って、「何で?」と訊き返す。

 船長会議、なんて言うくらいだ。

 円卓を囲んだ屈強な海賊たちを思い浮かべる。

 いや、どう考えても無理がある。

 

「大丈夫だよ。今は海上がりじゃない人たちも参加するし、お祭り、みたいな感じかな? 出店もあって賑やかなんだよ」


「……船長会議が?」


「そー」


 トルカはにこにこ笑う。

 恐らく、リウの勘違いを見抜いているのだろう。

 

「昔は、砂潮の時期にレド島に使者を出して、海賊たちが会議してたの。それが、船長会議」


 大型の船が出航できない砂潮の時期は、海賊たちも休業状態。

 その間に、取引や情報交換など話し合いの場が設けられていたらしい。

 潰し合い寸前の海賊団が、砂潮を一区切りに和解をしたなんてこともあったそうだ。

 送られる使者たちは船長代理。

 だから、船長会議なのか。


「今のレド島は観光地だから海上がりには厳しいでしょ? だからハイリオンの港でやってるの。海上がり二世代目のガス抜きのために、測量士が場所を用意したんだよ」


「ガス抜き」


「『船長会議』を、『砂潮の時期』にちゃんとやってる。そういう形が大切なんだって。内容なんてあってもなくても同じだよ。二世代目で、船長会議の本来の意味を知ってる人なんて少ないし」


 要は、今は名前だけで、海上がりのお祭りになっているということか。

 じゃあ。


「僕が海上鉄道の人間だってバレなければ、問題ないのか」


「うん。バレちゃっても、まあ、平気だよ」


 トルカは空になったカップとお皿を前に、手を合わせて「ごちそうさま」とお辞儀をした。

 

「リウに何かあっても、私、逃げちゃうもん」


「……それ、堂々と言うことかな?」


 頼りがいのある協力者だ。

 トルカは「それに」と、あっさり付け加える。


「測量士には、リウが海上鉄道の人間だって伝えてあるし」


「そうだ、ね。海上がりの情報提供者になってくれるよう頼みに行くわけだから、当たり前だけど」

 

 何だろう、それ。

 結局、結構ヤバい話だ。

 これまでと違い二、三歩踏み込んだ任務に、リウは知らず息を飲んだ。

 班長、これは前もって知っておきたかったのですが。


「ちょっと早いけど、行こ? 私、船長会議久しぶりなんだー。出店とか、ちょっと見たいんだよね」


 トルカは瞳をキラキラさせて楽しそうに言った。








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