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箱舟列車と銀の鳥  作者: 柿の木
第二章 船長会議
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第三話




 かつかつと高い音を立てるのは、凶器になりそうな黒のピンヒール。

 胸の下でゆったりと腕を組んだ彼女は、赤い唇に笑みを乗せる。

 

「班長」


 グレイの背後、ゆっくりと近付いて来たアスティは、リウの呼びかけには何も答えない。

 その鋭い眼は、六班班長に向けられていた。

 綺麗なウェーブを描く栗色の髪に、すぐにパーティーでも出られそうな隙のないメイク。

 胸元が少し開いたブラウスにタイトスカートは、彼女の定番スタイルだ。

 いや、武装と言うべきか。

 見慣れてもなお、凄い存在感だ。

 逆立ちしても、「摘発班の班長」には見えない。

 実際彼女はデスクワークが主だから、問題はないが。

 ふぅ、と柔らかいため息を吐いて、アスティは小首を傾げる。


「困りますわ。十一班(うち)の人員を勝手に引き抜かれては」


「ルールベル君」

 

 グレイは苦い顔をした。

 厄介なと言いたげに、彼は眉間の皺に指をやる。

 アスティは躊躇いなくその懐に踏み込むと、彼の腕に手を伸ばした。

 磨かれた爪が、赤い腕章をからかうように弾く。


「先鋭揃いの六班と違って、十一班はこれから足元を固めなくてはいけない大事な時期なんです。それに彼は、私がやっと探し出した『特別』なの」

 

 そこでようやくアスティはリウを見た。

 この人の下で、もう半年も仕事をしているのだ。

 他意がないことはすぐ理解出来る。

 そう、『特別』に都合が良い奴、という意味だ。

 がっかりもしないし、無論喜びもしない。

 エンドランドの女性は強いな、と感心するくらいだ。


「いやだわ、ホント。困ります」


 少し声を抑えるようにして、アスティは言った。

 弱り切った言葉に対して、彼女の視線は苛烈だ。

 あれだ。 

 怒った姉が啖呵を切って喧嘩を売る寸前の眼に、とても良く似ている。 

 

「……君のやり方をとやかく言う権利は私にはないが、前途有望な若者を半強制的に巻き込むのは如何なものかと思うよ」


 穏やかな口調のまま、けれどグレイも決して退かない。


「あら、私はちゃんと説明をしましたわ。その上で、彼はここにいる。半強制的なんて、人聞きの悪い」


「ほう、一歩間違えば、『協力者』に寝首を掻かれるかもしれないと、本当に説明したのか? ルールベル君」


「そういう危険は、『摘発班』には付きものではなくて?」


 二人とも、目が全く笑っていない。

 リウは口を噤んだまま、嵐が過ぎるのを待つ。

 こういう時は、なるべく存在を押し殺してじっとしているに限る。


「リウ君」


 あの砂潮だって、時期が過ぎれば跡形もない。

 潮の流れが関係しているらしいが、不思議なものだ。

 あの白い砂は、結局、最後の最後にどこに辿り着くのだろう。


「リウ・ハーグウィル」


「あ、はい」


 はたと瞬くと、グレイの視線とぶつかる。

 しまった。

 どうやら嵐は直撃したらしい。

 グレイのすぐ隣で、アスティが一瞬舌打ちしそうな表情を見せた。


「君は、どうしたい? この先どうなるかわからない十一班にいるより、六班に来ないか? 遠慮はいらない。言ってみたまえ」


「…………」


 と、言われても。

 リウは言葉を選ぶために、ゆっくりと息を吸って。

 吐く。


「グレイ班長、お誘いは、とても嬉しく思います。けれど」

 

 絶対に十一班にいたいと、思っているわけではない。

 『海竜』の企みとやらを防いで二度目の海上抗争も止めるという目的に、命まで賭けたいわけでもない。

 そう、リウの中に、確かなものはまだ何も育っていなかった。

 どちらにも転がりそうな心を押したのは、手の中のイヤリングだ。

 きっと、頼んでないのに、と可愛くないことを言うトルカに、素直にお礼くらい言ったらどうなんだと文句を言ってやらなくては。

 ああ、じゃあ、まだここにいなくてはいけない。


「自分は、十一班の班員です。この先どうなるかわからなくても、ここで、出来ることをするつもりです」


 十一班がある限りは、ここで良い。

 強い決意ではなかったが、これくらい格好つけなくては誘ってくれたグレイに悪い。

 何故かアスティが驚いたような表情をする。

 グレイはしんとした目をゆっくりと閉じて、「そうか」と一言。


「気が変わったら、いつでも言いなさい」


「ありがとうございます」


 彼は黙ったままのアスティを一瞥して、さっさと歩き出した。

 長い廊下の角に、凛とした背が消える。

 誘ってくれるくらいなら、最初に声をかけてくれれば良かったのだ。

 リウが裏側を見てしまう前に。


「……君は、本当に、色々やらかす子ね」

 

 かつん、とピンヒールが鳴る。

 アスティはどこか満足そうに、にこりと笑った。

 




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