第二話
摘発班と言えば、エンドランド海上鉄道の中では運行班に次ぐ花形だ。
現在は十一の班、そして各駅に常駐班がおり、それぞれ班長の指示で鉄道内、駅構内における犯罪の取り締まりを担う。
リウが所属するのが、十一班。
アスティ・ルールベルが率いる、この春出来たばかりの新しい班だ。
因みに構成員は班長であるとアスティとリウの二人だけ。
書類上は摘発班として登録されているが、実際は『海竜』を筆頭に海上がりが画策しているというテロ行為を未然に防ぐ対策チーム、らしい。
必要なことはわかっているのよ、頭の固い上の連中もね。
でも海上がりと手を組むなんてこと、素直に受け入れられないのよ。
これくらいの待遇は、想定内だわ。
アスティは気にもせず言っていたが、地味に、酷い。
決して小さくない音と共に、エレベーターが停まった。
本社の地下一階。
それも、ハイリオンの駅としても機能している中央棟ではなく、整備場や開発部署、倉庫が入る別棟の地下だ。
流石に通路は煌々と照らされているが、人の気配は薄い。
フロアには開発部の資料室や計測室があるが、中の人間は大丈夫なのか心配になるほど出て来ないのが常だ。
ここに班室があるのは、職務の特殊性のためというよりここにたまたま空き部屋があったからだろう。
十一班の地盤は、結構危うい。
リウは無意識に足音を忍ばせて廊下を歩く。
「……――には伝えなくても良いんですね?」
「ええ、いずれこちらから伝えておきます。これも海上鉄道の安全強化策の一環ですから、問題ありませんよ。では、また」
やけに近く聞こえた会話に、リウは足を止めた。
珍しい。
数歩先の一室から人が出て来る。
中に軽く頭を下げたその人は、次の一瞬でリウを見た。
所謂ロマンスグレーの整った髪を大きな手でそっと押さえて、彼は驚いた顔をする。
「おや、君は」
「……お疲れ様です、グレイ班長。十一班所属のリウ・ハーグウィルです」
憶えのある顔に、リウは頭を下げた。
紳士然としているが、彼は摘発班の班長だ。
知らん顔ですれ違うわけにもいかないだろう。
僅かに見下ろされると、妙な圧迫感。
彼が率いているのは、確か六班。
あのセレンは、彼の部下だ。
「ああ、噂は聞いているよ。君が、十一班の」
「……はい」
値踏みするような視線に、恐らく悪気はないのだろう。
職業病というやつかもしれない。
「いや、少々心配していたが、この短期間で素晴らしい活躍じゃないか」
グレイは深く頷いて、穏やかに笑った。
笑って、そして困ったように眉を下げる。
「……セレンが、迷惑をかけたようだね」
どきりとした。
もちろん報告は行っているだろう。
アスティは「それくらいの騒動、構わないわよ」とリウを叱責したりしなかったが、セレンはどうだろうか。
リウは急いで首を振る。
「いえ、自分が、きちんと説明をしなかったせいです」
あの時。
セレンは海上がりであるトルカと対峙して、冷静さを欠いていた。
リウは自分の仕事だからとセレンの介入を拒み、やり取りの末に激昂した彼女を説き伏せることも出来なかった。
誰が悪いか敢えて言うのなら、面白がって火に油を注ぐような真似をした誰かさんだろうか。
それも全面的に悪いとは言い切れない。
海上がりだから。
そんな理由だけで、良く知らない相手に糾弾されれば言い返したくなるのも当然だろう。
「先輩は職務を優先しただけです。非は、自分にあります。本当に、申し訳ありませんでした」
だからそう、そういうことなのだろうとリウは思う。
あの状況をどうにかしなければならなかったのも、どうにか出来たのも、リウだけだ。
だからセレンだけが責任を問われるようなことは、避けたい。
「……」
重い沈黙に、リウは自然と視線を落とした。
ふっと持ち上がった彼の手が、リウの肩を叩く。
労わるように優しい。
「君、リウ君といったか。十一班で潰れるのはもったいないな」
「は……、はい?」
語尾が裏返った。
潰れるって。
見上げたグレイは至極真剣な眼差しをしている。
「六班なら、きちんと摘発班の業務に関われるし、訓練にも参加してもらえる。どうだろう? 少なくとも、こんな時間に、こんなところをふらふらさせるような飼い殺しみたいな真似はしないよ」
ああ、それは反論出来ない。
整備班のジャンがばりばり働いているような昼休み前のこの時間に。
頼まれてもない落とし物回収をして来た、自分。
けれど朝一で広報班の手伝いで資料整理を済ませたし、お礼代わりに摘発された海上がりの調書をメールで送ってもらう約束を取り付けて来た。
ほら、ちゃんと仕事を。
「…………吃驚するほど雑用だ」
なんてことだ。
いや、わかっていたけれど。
「悪い話ではないと思うのだが」
リウの呟きは彼の耳まで届かなかったらしい。
グレイは促すように、もう一度リウの肩を叩く。
確かに悪い話ではないが。
「あら、面白いお話をしてるみたいね」