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箱舟列車と銀の鳥  作者: 柿の木
第一章 彼女と彼と白い海
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第九話



 

 レド島に着く頃には、陽射しもだいぶ陰っていた。

 夕暮れが近付くほど、肌寒く感じる。

 家族連れや高齢のご夫婦が、楽しそうに身を寄せ合ってホームを歩いていく。

 今日はホテルでのんびりして、明日遊ぶんだろう。

 良いなー。


「さっき列車停まったの、海上がりが暴れてたかららしいよ」


 どことなく華やぎの消えた一般客車。

 なんてことのない口調で、誰かが言った。

 また? と応じたのは連れだろう。

 

「ほんと、迷惑ー」


 最早驚きもなく語られるほど常習的に問題を起こす海上がりも悪いが、今回は濡れ衣だ。

 座席にもたれかかってホームを眺めながら、トルカは「あーあ」とため息を吐く。

 母から教わった情報収集の秘訣は、安全に確実に、そして労力は惜しまないこと、だ。

 今まではその教え通り、ちゃんとこそこそ活動していたのに。

 

「……またエルに怒られそ」


「誰に怒られるって?」


「……」


 戻って来たリウはわざわざトルカの目の前に座った。

 まだ鋭い気配を纏っているのは、この一件の後処理を手伝って来たからだろう。


「終わったの?」


「……彼は、レド島常駐の摘発班に引き渡した。先輩が今空室で、あの子たちから少し話を聞いてる。ただ二人は巻き込まれただけだから、このまま先輩が警護についてエルッツェンドで降りられると思うよ」


「そっか」


 それは良かった。

 ぬいぐるみのココちゃんは可哀そうなことになったけれど、兄妹が無事祖父母の待つエルッツェンドに行けるなら、それ以上のことはない。

 列車はまたゆっくりと走り出す。

 次は、兄妹の目的地だ。


「二人から、ありがとうって」


「え?」


「どうしても、トルカおねえさんに伝えてほしいって、頼まれた」

 

「……やだなぁ、巻き込んだの、こっちなのに」


 リウは何故か、じっとトルカを見る。

 

「素直に受け取れば良いのに。君があの子たちを守ろうとしたのは、事実だ」


「成り行き上、仕方なかったんだもん。そんなことより、ね、リウ。現場に踏み込んじゃったんだよね?」


 何となく居た堪れなくて、トルカは話題を変える。

 リウが少しだけ眉を下げた。

 その情けない顔を見れば、聞かなくても大体わかる。


「……きちんと取り調べをしたわけじゃないから、はっきりとは言えないけど、暴れたのは多分『青牙』の方だ。『海竜』の交渉人は聴取に応じてレド島で降りたけど」


「無理だよー、交渉人がそうとわかる証拠を持ってるわけないじゃん。不正乗車だって立件出来ずに無罪放免。賭けても良いな」


「と、いうことは」


「『海竜』ともろに接触したって、ちゃんと上に報告しとかなきゃ、駄目だからね」

 

 どういう形であれ、『海竜』の中枢には今回の件が報告されるだろう。

 リウに関しては危険が増した可能性もある。

 彼は肩を落とした。

 

「交渉も結局なんだったのかわかんないし、今日はホント、疲れちゃった」


 お互い散々だったね、とトルカが笑うと、リウはふと真面目な顔をした。

 

「僕らもう少し何とかしよう。このままだと、きっとそのうち、もっと酷い失態を犯す」


「何とかしないとって?」


「信頼関係、とか」


 トルカはぱちりと瞬く。 


「信頼関係って、必要ないよね?」


「何故?」

 

 リウは心底不思議そうに問い返した。

 何故って。


「僕は、割と君とならやっていける気がした。海上がりは極悪非道の犯罪者だって言われてるけど、君は、少なくともあの子たちを見捨てて自分だけ逃げようとは、しなかった」


「…………」


「この半年、多少腹が立つことはあったけど、心底信用出来ないと思ったことはないし」


 リウは真っ直ぐ、手を差し出す。


「だから、改めてよろしく。トルカ」


 胸を占めるはずの反感は、どうしてか湧いてこなかった。

 海上鉄道の人間だから、とか。

 海上がりだから、とか。

 結局トルカも、そんな言葉に縛られていたのかもしれない。

 その意味では、リウの方がずっと、自由だ。

 自分がやりたいように、望むことをしている。


「仕方ないなぁ、リウは」


 トルカは、リウの手をそっと握り返した。

 こんなに近くにいたのかと驚くほど、呆気ない距離。

 

「どーしてもって言うんなら、よろしくしてあげる」


 またそうやって、と眉を寄せたリウは、それでも、トルカの手を離さなかった。






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