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箱舟列車と銀の鳥  作者: 柿の木
第一章 彼女と彼と白い海
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第七話




 もうこうなったら、どうしようもない。

 どうせイヤホンはリウが持って行ってしまったし、手を貸しに行ったって余計なお世話どころか収まるものも収まらなくなりそうだ。

 心地よい揺れを車窓に押し付けた肩で感じながら、トルカはぼんやりと外を眺める。

 席に戻ろうと思ったのに、なかなか動けない。

 

「……反省、ね」


 もうちょっと大人になって、しおらしく全くの無害ですみたいな顔をしていれば良かったのかもしれない。

 今のところ一等客車からは何も聞こえてこないけれど。

 勢いに任せて乗り込んでいったセレンや、それを追っていたリウに何かあったら、ちょっとだけ困る。

 

「……?」


 き――……ぃ、と音を立てて、列車が唐突に停まった。

 

 海上鉄道はそんなにスピードを出さないけれど、どきりとする振動だった。

 まだ、レド島は見えない。

 

『――お客様にお知らせ致します。ただいまシステムトラブルにより、一時運転を停止しております。現在復旧作業を開始しておりますので、今しばらくお待ち下さい。繰り返し、お知らせ致します』


 慌ただしいアナウンスに、トルカは眉を寄せた。

 本当にただのシステムトラブルなら良いが、セレンが運行班に連絡して列車を停めてもらった可能性もある。

 整備車両を持ち出して、摘発班が乗り込んでくるか。

 或いは、レド島に人員を集めるまでの時間稼ぎか。

 そうなると、トルカも逃げようがない。

 摘発対象ではない、と彼は言ってくれたけれど。

 がた、と音を立てて、扉が開いた。

 一等客車側ではないのに、反射的に肩が跳ねる。


「……あ、おねえさん」


 食堂車から出てきたのは、あの兄妹だった。

 手を引かれた妹は、ぬいぐるみの翼部分を握っている。

 列車がシステムトラブルで停まっていても、この子たちはあまり気にしていないようだ。

 寧ろ海上鉄道に乗っていられる時間が増えたと、喜んでいそう。

 トルカは「さっきの」と微笑んで、言う。


「列車、停まっちゃったねー。急に動くかもしれないし、一緒に席、戻ろっか」


「その……、でも」


 兄は妹を見下ろして、口籠った。

 一等客車は庶民の憧れだ。

 食堂車を抜けてここまで来たのだから、当然見たいのだろう。

 今日が初めてなら、猶更だ。

 妹ちゃんは兄を見返して、「行かないの?」と首を傾げる。 


「……おねえさん、ぼくたち、もうちょっと見ていきたいので、すみません」


 子どもの好奇心って、凄い。

 でも今それは、非常に困る。

 静かだから乱闘騒ぎにはなっていないだろうけれど、今の一等客車は「安全」とは言い難い。

 二人を通したら、リウに何を言われるか。

 

「……そっかぁ。でもさっき一等客車で何かあったみたいで、乗務員さんが走ってったんだ。リウも今、ちょっと様子見に行ってるの」


 完全に嘘というわけではない。

 トルカは心配そうな顔をして、一等客車に繋がる扉を見た。

 そして、「だからリウが戻ってくるまで、一緒に待ってようよ」と誘う。

 少年はトルカの視線を追って不安そうに頷いた。

 妹の方は、わかっていないからか。

 立ち止まった兄を不思議そうに見上げてから、繋いでいた手を離してトルカの方に近寄って来た。

 

「鳥さん、見える?」

 

 この先に行かないというのはわかったのだろう。

 彼女はぬいぐるみを持ち上げて、トルカが寄りかかっていた窓に押し付けた。

 ガラス玉の黒い目が、窓に当たってこつんと軽い音を立てる。

 少年は名残惜しそうに一等客車の方を窺ってから、自分も窓に寄った。

 自然と少女を挟んでトルカと向かい合う。

 とりあえず、足止めは成功だ。


「スーちゃん、だっけ? ココルア鳥、好きなの?」


 トルカはぬいぐるみの頭を撫でてから、少女と視線を合わせた。

 自分にも小さいころ、どこにでも連れて行くお気に入りのぬいぐるみがあった。

 何の動物とも言えない不格好で特別可愛い、母手作りのぬいぐるみ。

 ずっと持ち歩いていたせいでぼろぼろになってしまって、今はベッド脇のチェストの引き出しで眠っている。

 

「ここるあ?」


「そう。銀色の鳥さんの名前」


 スーは自分も窓の外を見ようと背伸びをした。

 少年は少しだけ妹の身体を持ち上げてやる。

 トルカは落ちそうになったぬいぐるみを支えた。

 少女はせっかく持ち上げてもらったのに、車窓ではなくトルカをじっと見る。

 ちょっと苦しく感じるほど真っ直ぐな視線。

 

「鳥さんのなまえ、ココちゃんだよ」


 ココちゃん?

 トルカは笑って頷いた。

 ぬいぐるみの名前か。


「そっか。ココちゃんっていうんだ。良い名前もらったねー、君」


 手で押さえたぬいぐるみに話しかけると、スーは満足そうに笑った。

 少年がゆっくりと彼女を下ろす。


「私はね、トルカっていうんだー。ね、そういえば、お兄ちゃんはお名前なんていうの?」


「あ、ぼくは、シュウです。それで、妹はスー」


「シュウくんにスーちゃん、それとココちゃん、だね?」


 そう、とスーがにこにこして頷く。

 こんな妹欲しかったなー。

 

「……トルカおねえさん、あの、おにいさん、戻って来ないですね」


「あー、うん」


 心配そうなシュウに対して、そうだね、なんて他人事のように同意しようとした瞬間。

 押し殺したような怒号が、かすかに聴こえた。

 トルカは咄嗟にスーの肩に手をやって、それからシュウを見た。

 少年も声が聴こえたらしい。

 表情が強張る。


「やっぱり、一緒に席、戻ろっか。一等客車なら、後で見れば良いよ」


 リウってば、何してるんだろう。

 交渉人たちと交戦なんて、笑い事じゃない。

 あの運び屋のように、確実に拘束出来る証拠が揃っているわけでもないのに。

 それくらい、リウだってわかっているはず。


 だん、と大きな音がして、スーがびくりと震えた。


 荒々しい足音が近付いてくる。

 それがリウやセレンのものでないことは、音の重さから判断出来た。

 息を飲んだのは、多分シュウだ。

 扉を壊すほどの勢いで、一等客車から大柄な男が出て来る。

 染めたような不自然な赤毛に、耳を飾るいくつかのピアス。

 交渉人というよりは、手が先に出てしまいそうな印象だ。

 

「クソ! あいつ、騙しやがってッ」


 かち合ってしまったわけではない。

 トルカも兄妹も窓に寄っていて、男の進路を邪魔するものは何もなかった。

 向こうだって、いちいち一般の乗客に構うほどの余裕はないだろう。

 それなのに。


「!」


 目が、合った。





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