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アルバトロス

ユズさんは本当に良い人だった。


魔法陣を使用するとバカみたいに疲弊する俺たちのために、一緒にイロハギルドまで送り届けてくれたのだ。


なので、アルドニアに行った時よりも体力の消費は抑えられた。

少なくとも、カナハからイロハギルドに来た時よりちょっと疲れるくらいには。


まぁ元から俺より魔力が無いというサラスティーナは、結局ダウンしていたが…。


「ユズさん、ホントにありがとうございます。

夕飯もご馳走してもらって、助かりました。


今は持ち合わせが無いので、いつかお礼させていただきますので」


「大丈夫ですよ。

たまに遊びに来れるくらいになって頂ければ。


あんな山村で娯楽は少ないので」


天使か。


俺はブロックゴートの耳が入った皮袋を腰に、

タマちゃん(ヴラドスパイダー)に着けたリードを右手に握り、

左手でサラスティーナの襟首をつかんでギルドに向かった。


ユズさんが送ってくれなかったら、こんな体力は残らなかったな…。


ユズさんは軽く会釈し、ターミナルサークルからアルドニアに帰って行った。


〜〜〜


「はい、ブロックゴート26頭の討伐と、捜索依頼の出ていたヴラドスパイダーのタマちゃんで確認致しました。

お仕事お疲れ様です。


依頼2件分の報酬を専用の口座に振り込ませて頂きますので、報酬金お引き出しの際はあちらの専門窓口にギルドカードを提出して下さいね」


相変わらずエルテさんは事務的に仕事をこなすね…。


それとギルドカードは銀行のカードみたいな役割もあるのか…。

つまり最初の手続きとやらはその口座開設も兼ねてた、とかかな。

なかなか出来てる職場な気がしてきた。


出来ていないのはウチのパーティーメンバーだ…。


すっかり日も落ち、

昼間は大衆食堂の程だったギルドの半分を占める食堂は、

完全に居酒屋の様にしか見えない状態になっていた。


取り敢えず空いていた席にサラスティーナを置き、依頼達成の報告をしに来たわけだが…。


「新入りにしちゃできるヤツじゃねぇか!!」

「あのバカと組んで2つも依頼達成するたぁなぁ!」

「あのチビは足を引っ張っただろうが、よく頑張ったな!!!」


などと、出発よりもコメントに困る激励の言葉をいろんな人にかけられている状況です。

どうすっかなあ…。


聞くところによると、

彼女…サラスティーナはターミナルサークルを使用しだけでダメになるため、数々のパーティーからクビになっているのだとか。

まぁ…魔法とは無縁の世界で生きてきた俺より魔力が少ないってんだから、この世界じゃかなり致命的だろう。


さてと。

取り敢えずサラスティーナに報告終わった事言わねぇとな。


「おい、起きろ」


「…早かったわね」


ん…?

なんかテンション低くねえか?


「それで、アタシの話聞いたんでしょう」


「話…?」


やたらと深刻そうな顔をしたサラスティーナがそこには居た。

てっきり「アタシの実力がわかったかしら」的な事を、また腕組み仁王立ちで大声張り上げて言うのかと思ってたんだが。


「ターミナルサークルさえ使えないポンコツ美少女って…」


こいつサラッとうぜぇな。

まぁそれは置いといて…なんだかんだ言って、こいつは自分の魔力の低さを気にしていたわけか…。


「そんなん、隠せると思ってたのかよ?」


「それは…そうだけど…」


と、そこへ、

このギルドに来た時に声をかけてきた男が通りかかった。

サラスティーナとパーティーを組んだ後に話しかけてきた弓を背負った男だ。


「おや、さっきの新入りじゃねぇか!

ん…?


まだ、そのチビと一緒だったんだな?」


男はサラスティーナに気付くと俺に耳打ちしてきた。


「お前さんも分かったろ?

コイツ魔方陣も使えねぇクズなんだぜ?

その割にやたら上から目線の物言いで威張り散らしてなぁ〜?

大口叩くんなら魔獣の1体でも倒してから言えってんだよな。

魔獣王だかなんか知らねぇけどさ、

こんな事ならとっととギルドを辞めちまえってなぁ?

そう思わねぇか?」


コイツ途中から、サラスティーナ本人にも聞こえてる事を知った上で…と言うか聞かせるつもりで声のボリューム上げていきやがったな…。


「確かに…コイツは、魔方陣使ったら虫の息になるくらいに魔力も無くて、パーティーを組むには、とてもじゃないが面倒見切れないって思ったよ」


「だぁよなぁ?

やっぱりそうじゃねぇかなぁ〜って心配してたんだよ?

新入りで、1個目のクエストがチビと一緒だなんでなぁ〜」


「そうだな。全く持って災難だ…」


俺の言ってる事は全部本音だ。


サラスティーナは何も言わず、ただ黙って下を向き、

顔は一切こちらに向ける事無く、小刻みに小さく肩を震わせている。


俺はそれを見て少し…ほんの少しだが、胸がチクリとした。


ただ、それよりも…


それよりもずっと大きな感情はこの弓を背負ったバカみたいに嫌味な男に対する苛立ちだった。


「なぁ、アンタの名前は?」


俺はにこやかに男に聞いた。


「お、俺か?そうだったな、名乗りが遅れてすまない。

俺はこのギルドでも有数の弓の名手!!

アルバトロス・ターナーだ!

よろしくな、新入り!」


「アルバトロス…なるほど、だからそんなアホ面なんですね?」


弓の名手と自分で言ったこのアルバトロスとやらは、満面の笑みのまま硬直した。


「お、おい。今なんつった?」


「はい、だからアホ面と。

アホ面だから「アホウドリ」なんて名前なんですよね!

いやぁとても合ってる、いい名前だと思います」


「お前…何が言いたいんだ…」


こめかみに青筋を浮かべつつ、アルバトロスは口を開く。


「さっきから聞いてればクズだのチビだの。


サラスティーナが上から目線なのは認める。

アホでバカで、頭が弱い事も認める。


だけどな、

お前みたいに自分の事を「ギルド有数の弓の名手」とか言わない謙虚さがある。


それに第一、

「大口叩くなら魔獣の1体でも倒してから言え」って言ってたけどな、

今日の依頼で倒した魔獣は9割コイツが殺ったんだよ」


「9割…だと?

はっ!どうせクッソ雑魚の「ブルラット」とか「ドスフロッグ」程度だろ!」


その2種類とも知らねぇけどさ…。

まぁ多分ネズミとカエルか?

ああ…弱そうだな、確かに。


「若いブロックゴートを21頭」


「わ、若いブロックゴートだと!?そんなはずわ…!!」


この反応はちょっと意外だ。

俺は「サラスティーナでも魔獣は倒せる」って事が言いたかっただけなんだが…。


「う、嘘をつくなよ新入りぃ!!そう言って俺をビビらそうとでも思ったか知らないが、なかなか現実味のある嘘だな。

若いブロックゴートねぇ…。


お前さんはギルドなんかに入らず、詐欺師でもやってた方が良かったんじゃないか?」


おぉっと嫌味の対象が俺にシフトしやがったコイツ。


「おい!!みんな聞いてくれよ!!

この新入りときたら、スッゲェ嘘つきなんだぜ!!」


アルバトロスが急に、その場にいたギルドの人間に向けて大きな声で演説を始めやがった。


「ちょっと…!!」


さすがのサラスティーナも椅子から立ち上がろうとしたが、俺はそれを制止した。

何故なら…


「この新入りは、みんなもよく知るチビハンマーが若いブロックゴートを21頭も倒したって言うんだからなぁ!あっはっはっはっ!!!」


「アルバトロス・ターナー様」


「はっはっはっ…は?」


アホ面に声をかけたのはエルテさんだった。


「なんだ?

あぁ、もしかして大声過ぎたかな。

ごめんねぇ」


「いえ、それもございますが、1つ訂正を。


本日、ナバリ・ヤクモ様パーティーが行った「ブロックゴート討伐」ですが、

合計26頭のブロックゴート討伐を確認しております。

ナバリ・ヤクモ様がレンタルした剣は

サラスティーナ・アプリコット様のハンマーに比べて

ブロックゴートの血が付いていなかったので、

ナバリ・ヤクモ様の言う通り、

本日はサラスティーナ・アプリコット様が

20頭以上ブロックゴートを討伐しているのは事実と思われます。


加えて、偶然ではありますが、

捜索依頼が出されていた「ヴラドスパイダー」の保護も同時に依頼達成しており、

本日の内に合計2つの依頼を達成しております。


大変恐縮ながら言わせていただきますが、


受けた依頼中3件に1件達成するかどうかのテメェの方がよっぽど「とっととギルドを辞めちまえ」


…と個人的には思っております」


一瞬だけ垣間見えた、エルテさんの感情がこもった表情。

俺に言われているわけではないが、見ているだけで背筋が凍った。

今まで見ていたん表情が、どれも相違ない「営業スマイル」的な微笑み顔だったがために、このギャップはもはや怖い。


アルバトロスは脳がフリーズしたのか、口をパクパクさせているだけなわけで、

エルテさんの個人的な意見を直球どストレートで投げ込まれた事もあり、


もはや笑いの矛先はアルバトロス本人になっていた。


何事かと思いアルバトロスに注目していたギルドの人間はみんながみんな、

アルバトロスがエルテさんに「辞めろ」と言われたのを見て大爆笑だった。


アホ面のアホ具合が数段増してしまったアルバトロスは、そこからは何も言わずとぼとぼとギルドの外に出て行った。


「さっすがエルテちゃん!!」

「よ!言うことは言う女!!」

「惚れ直したぜぇ!!!」


ギルドのみんなは、エルテさんに賞賛の声をかけ、

当のエルテさんはいつもの微笑み顔に戻り、みんなに軽く会釈してその場を後にした。


エルテさんが居なくなると、


思いがけないことに次に声をかけられたのはサラスティーナの方だった。


「チビハンマー!お前も意外にやるもんだな!」

「若いブロックゴート20頭なんて、なかなか一人前じゃねぇか!」

「やっと良いパーティーメンバーが見つかったんじゃねぇのかぁ!」


「う、うるっさいわね!この有象無象!!

な、なんてったってアタシは「魔獣王」を駆逐する者になる予定なんだから!!

これくらい出来なくてどうするのよ!!!」


見ていてわかった。

コイツ…サラスティーナは、こんなに褒められたり激励されるのには慣れていないんだろう。

俺の短い人生の中で初めて見る「耳まで真っ赤」な状態の顔をしていた。


〜〜〜


数分経ち、

ギルド全体も落ち着き、居酒屋のような独特の環境音とゆう、先程に比べると全然居ごこちのいい喧騒が戻っていた。


俺とサラスティーナはと言うと、何と切り出せば良いのか分からず、お互いに沈黙していた。


さて、どうするかなぁ…。

そもそも俺がコイツとパーティーを組んだ理由は、

コイツ自身が俺に「実力を見せつける」とか何とか言ったが故だ。


ある程度実力は見せてもらった。

だからコレでパーティーは解消で問題無い。


問題無いのだが…なんと言うか、さすがにそんな雰囲気では無い。


「もし…」


先に口を開いたのはサラスティーナだった。


「もし、アタシになにか同情してパーティー解消を躊躇っているのなら、


アタシとしては何も面白く無いわ」


面白く無い…ねぇ。確かに…そうだよな。

これからパーティーを組み続けるとして、その理由が「同情」ってのは、居た堪れないだろう。


じゃあどうするか…。


俺は…今日1日どうだっただろう。


ふと思い出したのは、階段から落ちて死ぬまでに過ごしていた、つまらない退屈な日常だった。

可もなく不可もない、そんな日常。


その記憶がフラッシュバックした後に出てきた記憶は、

今日1日とゆうたったそれだけの短い記憶。


けど…面白かった。

そりゃ蜘蛛に追われた時は死ぬと思ったし焦った。

魔法陣で転移する度に疲れるのはしんどい。

そもそも目覚めた所が、死体が転がる瓦礫の上ってのがそもそも精神的に辛い。


でも、

今までに無いほどに心が躍った。


「俺がそう思ってると考えてるなら、パーティーは解消しよう」


「・・・そう、ね」


「でも、俺は今日1日いろんなことに面白味を感じた。焦った事もあったし不安だらけだった。

けど、楽しかった…と思ってる。


だから今からパーティーを解消したら、


次は俺から、アンタにパーティーを組もうと申し込む」


サラスティーナは驚きの表情を見せた。

そして、何か言おうとして口を噤んだ。

数秒のラグ。


その頃にはサラスティーナの表情は、最初に出会った時を思い出させる堂々としたものだった。


「サラス!!」


「…は?」


「これからパーティーメンバーでい続けるなら、アタシの名前は長いでしょ!

これからはサラスで良いわ!」


「ああ…それもそうだな。

なら俺の事は「ヤクモ」って呼んでくれ。

俺の名前はナバリが苗字でヤクモが名前なんだよ」


「そうだったの?

…まぁいいわ!


それじゃ、アナタを「魔獣王」討伐予定パーティーメンバーの第1号として歓迎してあげる!

喜んでアタシについて来なさい、ヤクモ!」


なんだよそのパーティー。

早くも辞退しようかとも思ったが、


まぁ、なんだ。

せっかく異世界に来たんだ。

「魔獣王」とやらの討伐か…面白そうだ。


何年かかるかは知らねぇけど、やるからにはデカイ目標があった方がいいよな!


「アンタに着いて行くのはゴメンだ。

あくまでパーティーメンバーの関係は対等に、だ。

そうじゃなきゃ、パーティーを組む話は無かったことにさせてもらう」


俺は取り敢えず大事な事を言っておく。


「ぐ…ぅぅ…。

わ、わかったわよ!その条件をのむわ!」


「それなら…これからもよろしくな、サラス」


こうして俺は、若干欠陥が目立たなくも無い…いや、それなりに欠陥の目立つ「自称・魔獣王討伐予定」の痛いヤツとパーティーを組む事となった。

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