タマ
アルドニアはイロハギルドから見て西方に位置する小さな山村で、アルドナ山の中腹にある。
民家も20軒程度で、日に2度商人が魔法陣経由でものを売りに来るのだとか。
「ありがとうございました、ユズさん」
俺とサラスティーナを家で休ませてくれたのは、町の中で1番若いユズさんだった。
1年前に父親が他界して以来、1人で生活しているとの事だ。
「いえ、さすがにあれ程疲弊してる方を見過ごせませんから」
苦笑い交じりに本音をこぼした。
ですよねぇ…。
剣やらハンマーやらを持ち、鎧まで装備した人間が、
魔法陣から出てくるなり既に虫の息とか、笑いを通り越してヤバイわ。
「確か「ブロックゴート」の討伐でいらしたんですよね?」
「まぁ一応」
未だに体力回復せずに、ソファで寝かせてもらっているサラスティーナを横目に見つつユズさんに返答する。
「そうですか。
では、依頼の遂行中はこの家で休んで頂いて大丈夫ですよ。
元より、この村に宿屋などありませんし、寂しい1人身の私では持て余していた家ですので」
なんと良い人なんだ。
現代日本じゃありえないな。
なんてことを考えていると、やっとサラスティーナのヤツが起き上がった。
「アナタ…なんで、もう元気なのよ…」
「休んだからに決まってるだろ。サラスティーナもそろそろ仕事しないと」
「この体力バカ」
「うっせえただのバカ。
俺に実力とやらを見せるんじゃなかったのか?」
俺の挑発にサラスティーナは眉尻をピクリと動かした。
「そぉの通りよ!!アナタにアタシの素晴らしいハンマー捌きを見せてやるわ!!
さぁ!何してるの!!出発するわよ!!!」
元気なのかバカなのか…いやバカなんだな。
〜〜〜〜〜
村から出て1時間ほど歩き、岩場のゴツゴツした地帯に出た。
「ブロックゴート」についてユズさんに聞いたが、
思った通りにヤギだった。
ただ、ブロックと言われる所以もやはりあるわけで…。
「取り敢えずそこらへんの岩っぽい物でも潰してみましょう!」
そう言うと、サラスティーナはそのご自慢のハンマーを振り上げ、手近な岩に盛大に振り下ろした。
ハンマーが岩を砕く強烈な破砕音がすると同時に、明らかに何かの鳴き声らしきものも聞こえた。
『ヴメェェェェアァアアア!!!』
砕け散る岩の隙間から垣間見えていたのは、灰色の毛をしたヤギ…に似ている生き物だった。
そう、このブロックゴート。
本体はヤギ的な見た目なのだが、厄介なのが「岩に擬態」する事だ。
分泌する体液が岩の様な見た目と硬さになるのだとか。
それは年輪のように大きくなっていくらしく、
長く生きているほど、大きな岩のような見た目、かつ動かない。
動けはするが、自重のせいでかなりの鈍足になる。
形状としては、ドーム状の岩を被った様になるとか。
サラスティーナの攻撃で表面の岩部分が砕け、生身の部分が垣間見えるブロックゴートに対して俺はレンタルした剣を突き立てる。
さすがに魔獣と言えど、生き物に刃を刺し込むのは何とも言えない気持ち悪さがあるが、
さすがにこの状況、そんな事は言っていられない上に、これからこんな仕事をしていくんだ。やるしかない。
「アナタもなかなかやるじゃない!少しは見直してあげてもいいわよ!」
サラスティーナがなんか言ってやがる…。
「そもそも、表面に岩の鎧を着てるんだから、アンタのハンマーで一撃で仕留めるのは難しいと思うぞ」
「だ、だったらぁぁぁあああ!!!!」
俺の言葉にムカついたのか、先ほどよりも盛大に振りかぶったハンマーを、
同じく先ほどよりも勢いよく手近の岩に振り下ろした。
岩は凄まじい音を立てて弾け飛んだが、それはただの岩だった。
「ハズレじゃねぇか」
「うっさいわね!!」
ブロックゴートか…見た目じゃさすがに分かんないな。
ただ、完全に全身を岩で包まれているから相手の視界はゼロであり、
やはりしらみ潰しに岩を破壊するしかないのかなぁ…。
取り敢えず、俺は暫くサラスティーナに片っ端から岩を破壊する様に言った。
結果、
破壊した16個の岩のうち、ブロックゴートは4頭だった。
さすがに効率が悪い。
「おい、依頼だと「大量発生したブロックゴートの討伐」で、達成認定は15頭以上の討伐だよな?」
「そうだったわね」
「大量発生っていう割に少ねぇか?」
「たしかに…」
サラスティーナもこの違和感に気付いたらしい。
ユズさんの話だと、ブロックゴートは長い年月をかけて岩と相違ない見た目になるとの事だった。
だとしたら、大量発生したって言うくらいだから、
若いブロックゴートが増えてるんじゃないのか…?
「おい、ブロックゴートの主食ってなんだ?」
「え?なんで?」
きょとんとしてやがる。
「多分大量発生してるのは若いブロックゴートだ。
それに大量って言われてるって事は「群れ」か何かが目撃されたんじゃないか?
だとしたら、餌場に固まってるのがセオリーだと思うんだが?」
「なるほど。
だとすると、成熟したブロックゴートの主食は足元の苔や藻とかだったわね…。
若い、動けるうちは…たしか普通に草を食べるんじゃなかったかしら?」
自分で言って自分でハッとしやがった。
こいつ頭いいのか悪いのか微妙に分かんねぇな…。
という事で、満場一致で俺とサラスティーナは近場の草原的なところを目指した。
そして予想は的中した。
ざっと数えても20頭以上のブロックゴートが草を食んでいる。
「いっくわよぉぉおおお!!!」
やっぱサラスティーナはバカなんだな。
ブロックゴートと知るや否や、即座に飛び出して近くの標的から一気に3頭の頭を潰していった。
やたらと血気盛んにブロックゴートを潰していくサラスティーナを眺めつつ、
俺は彼女が倒したブロックゴートの耳を切り落とし、皮の袋に入れていく。
何頭討伐したのかはコレで確認すると言った感じだ。
初回の討伐依頼は結構簡単に終わるな。
「ちょちょちょっとぉおぉおおお!!!ナバリぃぃぃ!!!!」
「なんだよ急…に…」
ブロックゴートを嬉々として倒していたサラスティーナが、半泣きで走ってきた。
その後ろには、大型犬くらいの大きさの…蜘蛛。
「なんだそいつぁぁぁああああ!!!てかこっち来んな!!!」
「な、なんか既に倒れてるブロックゴートがいたんだけど、その血を吸ってたのよコイツぅう!!」
吸血する蜘蛛だと!?
なにそれ!!??
サラスティーナがこちらに向かって走ってくるため、俺もつられて走り出す。
「おい!バカ!!なんだよあの蜘蛛!!」
「多分血を吸ってたから「ヴラドスパイダー」よ!」
「どーすんだよどう見たってお前に釣られてるだろアレ!!」
そう。
サラスティーナはブロックゴートを何匹も倒していた故に、その返り血で血みどろだった。
吸血蜘蛛からしたら、餌が歩いてるも同然だろ。
「くっそ!なんかねぇのか!!マキビシとか何か足止め出来そうなもの!!!」
「マキビシってのが何か知らないけど…ユズさんに貰ったコーヒーの残りならあるわよ」
「使えねえなホントにお前ぇぇぇ!!!・・・いや、待て、でかしたぞ!!!!そのコーヒーかせ!!」
「今コーヒーなんて飲んでる場合!!???」
「飲まねえよ!!!」
怪訝な顔をしながらもコーヒーが入ったボトルを取り出したサラスティーナから、ボトルを受け取り、背後ギリギリまで迫ってきていた蜘蛛を睨みつけた。
「飲ませるんだよぉぉ!!!」
そしてボトルの蓋を開け、勢いよく蜘蛛の顔面に向けて投げつけた。
溢れたコーヒーが蜘蛛の顔面にかかり、
蜘蛛は10秒くらいしてヨロヨロと足を止め、その場に丸くなった。
「はぁ…はぁ…なんだってんだよもう…」
蜘蛛はコーヒーなどに含まれるカフェインによって酔っ払った様になるって、昔テレビかなんかで言ってたの…覚えててよかった。
あとユズさん、グッジョブ。
足をピクピクさせているあたり、やはり死んではいないらしい。
ふと見ると、蜘蛛の腹と胸の間にタグがぶら下がっていた。
【タマ】
「お前かぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!」