アホとの遭遇
「以上がギルドのおおよその概要です。何か質問などはございますか?」
この「ギルド」と言う組織は、他地区の「ギルド」ともある程度の繋がりがあり、
それぞれに「下位ギルド」「中位ギルド」「上位ギルド」とランクがあるのだという。
ちなみにこの「イロハギルド」は「下位ギルド」。
周辺地区から依頼があった雑用系や、既にある程度探索が終了している迷宮遺跡=ダンジョンの見回り、大量発生した雑魚のモンスター駆除などが大半を占めるとの事だ。
「下位ギルド」と言うこともあり装備のレンタルも行っている上に、寝るだけの宿もあるとかなんとか。
なんともまあ…バイトのオリエンテーションの様だ。
「いえ、特にありません。
それと、加入させて貰いたいと思います」
俺は即決した。
理由としては、生活基盤を築くのに1番楽だと思った事と、なんとも面白そうだったから。
異世界ならコレは王道だろう!
俺は数枚の書類にサインをした。
その時に気付いたが、日本語の様にしっかりと意味を読み取れるものの、自分が書く字もいつの間にかこの世界のものになっていた。
サービスにしてはなかなか徹底してる…。
「それでは手続きをして参ります。1時間ほどお時間いただきますので、お待ちいただければと思います」
エルテさんはそう言って事務所でもあるのか、奥の方に消えていった。
1時間か…。
とりあえずランスさんの所に行くか。
〜〜〜〜〜
「そうか。
それじゃぁ宿もここのものを暫く使うのかな?」
「そうしようと思っています」
「なるほど!
それじゃあ、なにか困ったら僕の診療所まで来るといい。
力になれる様なら力を貸してあげるからね」
そう言うと手元の飲み物を飲み干したランスさんは席を立った。
「あれ?帰るんですか?」
「まぁね。
いくら診療所がヒマな時間だと言っても、患者は待ってくれないから」
なるほど、それもそうだ。
俺はギルドの入り口までランスさんを見送った。
さてと…どうするかな。
とりあえず、どんな依頼があるのか見てみるか。
ギルドの奥の掲示板を眺めてみると、
まぁ話には聞いていたが、なかなかにしょぼいものばかりだ…。
「娘の家庭教師求む」
「ペットの「タマちゃん」の捜索 ※タマちゃんは蜘蛛です」
「庭の手入れ」
「お金貸して下さい」
求人広告でももっとマシだよ…。
ふと見ると、同じくらいの年齢だろうか。
下位ギルドと呼ばれるイロハギルドにいる面々の中では、割とガチ装備な女子が掲示板に向かって立っていた。
空色の綺麗な瞳をし、アッシュグレーのショートヘアで、
ホットパンツから伸びる脚と、タンクトップから出た腕には鎧が装備され、
腰の両サイドから膝上まで伸びるプレート、
両手両足の鎧に比べて薄く軽そうな胸部から背中の装甲。
なんと言うか、とても強そうだった。
この世界の人から見ると珍しいらしき学生服の俺とは比べ物にならない装備の周到さだった。
ふと、少女と目があった。
「…何か用かしら」
「いや、すまん。特に理由はない」
「アナタ…見ない顔ね。それに…それどこの服?」
少女は若干眉をひそめつつ、こちらに近づいてきた。
「あぁ、ちょっとワケありでね」
「ギルドに来る人は大概そうよ」
ですよねぇ…。
「アナタ、ここに登録したのかしら?」
「あぁ、さっきね。
今案内の人が手続きしてるのを待ってるとこ」
「ふぅ〜ん」と言いつつ彼女は再び掲示板に顔を戻した。
とりあえず俺も、同じ様に掲示板へ視線を戻す。
1分もしないうちに、視線を感じ、
ゆっくりと彼女の方に目を向ける。
視線は確かに彼女からのものだった。
「アナタ…名前は?」
「隠 八雲だけど…アンタは?」
急に彼女の目がキラリと輝き、顔いっぱいに「待ってました!」と言わんばかりの表情が浮かび上がった。
「聞いて驚くことなかれ!!
アタシは将来、魔獣の頂点たる「魔獣王」を葬る予定の一匹狼!!
サラスティーナ・アプリコット様よ!!」
腕組み仁王立ち。
そのやたらと大きな態度は、なんと言うか…むしろ小物臭がスゴイ。
なんなら自分の名前を「様」付けで…。
痛いな…。
1番驚いたのはその華奢な身体のどこから出しているのか不思議に思う程の大きな声だ。
「お、おう。そうか、頑張れよ」
それしか言えないわ…。
「ちょっと!!そこは驚くところでしょう!!!」
「アンタが驚くなって言ったんだろう!」
「いや驚きなさいよ!このアタシ!サラスティーナ・アプリコ…」
「あと、別にアンタの名前もしらねぇよ!!」
「な!!このアタシを知らないですって!!??
少なくともこの場の全員はアタシの事をしっかりと記憶してるわよ!!!」
まぁなんとなくそれはわかる気がする。
何せ、さっきから横を歩いていく人々の顔が
「あ、今日はコイツが生贄か」
みたいな顔をしているからな。
「いいわ!!アタシの力をその目に焼き付けてあげる!!!!」
彼女はそう言うと、1番近くのテーブルに立てかけてあったハンマーを手にすると、その先を俺に向けた。
「ギルドに加入する様な荒くれ者!この私が成敗してあげるわ!!」
その「荒くれ者」の中に自分も含まれている事は気付いているのか…?
さすがに武器を構えた彼女に気付いたが人々は、俺たちから距離を置き、
ざわめいていたフロア全体は静寂に包まれた。
「ちょっと待て。俺はまだギルドに加入し終えてないし、第一武器がない。
丸腰の相手を打ちのめすしか出来ないヤツが、その「魔獣王」とやらに勝てるとは思えないな」
「魔獣王」の名前を出した途端、彼女は眉をピクリと動かした。
「それも…そうね…。
いいわ!
別の手段でアナタにアタシの実力を見せてあげる!」
サラスティーナと名乗った、おそらく頭の弱いこの女は、構えていたハンマーを下ろしたが、
ハンマーの先が当たった床にはヒビが走った。
この女…なんつぅ怪力なんだよ…。
「アナタ、アタシとパーティーを組んで魔獣の討伐に行きなさい!」
「え…なんて?」
「だぁかぁらぁ!アタシと一緒に魔獣討伐に行きなさい!!」
なんでそうなる…!!!
返答に困っている俺の肩を誰かが叩いた。
振り向くと案内のエルテさんだった。
「手続きが完了しました。
こちらがイロハギルドの人間である証明の「ギルドカード」です。
紛失の際は再発行料金とお時間が2週間かかりますので、気をつけてくださいね。
それと、今のお話だとサラスティーナ・アプリコット様とパーティーを組むとの事でしたが、
お互いにカードをかざして頂ければ、パーティーを組むことができ、報酬も等分にさせて頂けます。」
この状況で普通に説明が始まったぁ!!??
「窓口で装備の貸し出しも行なっております。
防具に着いては保証が付いており、破損しても問題は無いですが、
武器は破損した場合、報酬から修理費用を差し引かせて頂きますので、予めご了承下さい」
「は、はい」
「それでは、お仕事頑張って下さい」
満面の笑みのままエルテさんはお辞儀をしてその場を後にした。
慣れてると言うか…冷たいと言うか…。
首をサラスティーナの方に戻すと、
彼女は何故か自慢気に鼻の穴を膨らませて腕を組んで立っていた。
なんだよこの生き物。